第七十話 ダンジョン攻略戦in教会(Ⅸ)~イリナ・アリアsaid 後編~』
イリナは目の前の青年を見上げながら、恐る恐るといった感じで尋ねる。
勇者マンドは気難しい人として有名のため、この場所で気分を害されても困ってしまう。
ここは下手に出るのが賢明だ、
「失礼ですが……あなた様は勇者のマンド=リーデン様でいらっしゃいますか?」
「そうだな。ちなみに敬語はいらない。君たちは僕を召喚した、いわば主人なんだから」
マンドはニヤリと笑う。
しかしその目は笑っておらず、イリナとアリアは二人揃って顔色を悪くした。
「んっ……? どうしたんだ?」
「いえ、何でも。それより全身が骨で出来たドラゴンについて詳しく教えていただきたくて」
今度はアリアが会話の主導権を握る。
マンドはしばらく首を捻っていたが、やがて思い当たることがあったのか、大きく頷いた。
「スケルトンドラゴンか。あれは骨を持っていればすぐだぞ」
「骨……ですか?」
「ああ。スケルトンドラゴンは骨が足りなくて暴れているんだ。ゆえに骨があれば鎮まる」
スケルトンドラゴンは冒険者ギルドではS級の魔物として登録されている。
ダンジョンにしか現れず、どこかの隠し部屋に配置された骨を見つける必要があるのだ。
そして見つけた骨を、唯一欠けている部分にはめることで討伐成功。
この方法以外では倒すことができないため、冒険者には嫌われているボスの筆頭である。
「骨って……もしかしてこれ?」
アリアが太い骨を差し出す。
この骨は、隠し部屋の宝箱の中に勇者マンドを召喚した本とともに入っていたものだ。
「これだよ! もう見つけていたんじゃないか! それじゃボス部屋に乗り込もうぜ!」
「えっ……?」
「俺が手伝ってやるって言ってんだよ。お前たちには何か大きな目的があるんだろ?」
そう言ったマンドは太陽のような笑みを浮かべていた。
三百年ほど前、リーデン帝国を作り上げたカリスマ勇者の名残りが見え隠れしている。
「ありがとうございます!」
「いいから。【剣術強化】の女は俺とタンクだ。【精霊使い】の女が骨をはめろ」
チャチャッと役割分担を済ませたマンドは、勢いよく扉を開く。
扉の先には、先ほどと寸分変わらぬ態勢でスケルトンドラゴンが鎮座していた。
「行くぞ。状況開始!」
マンドの号令とともにイリナが駆けだし、先手必勝とばかりに顎を剣で突き刺す。
直後、マンドが放った雷魔法が背中にヒットした。
スケルトンドラゴンが悲鳴とも咆哮ともつかぬ声を上げる。
「まだ見つかんねぇか。今回はちっとばっかし骨が折れるな……。敵も骨だけだが」
「くだらないことを言っている暇があったら助けてくださいよ!」
イリナが叫ぶ。
スケルトンドラゴンの爪が彼女の剣に三本ほど刺さっており、さながら力比べのようだ。
マンドはため息交じりに走り出し、爪をすべて切り落とした。
かかった時間はわずか一秒。
時間すらも操ってしまうマンドは、なるほど紛れもない勇者なのだろう。
今では古代魔法と呼ばれている技を簡単に使いこなしている。
爪を斬られたスケルトンドラゴンは動揺し、今まで見せなかった尻尾を初めて見せた。
「あそこ!」
「私にも分かったわ。尻尾の根元が欠けている」
アリアが目的地を睨む。
スケルトンドラゴンの尻尾の根元が欠けており、その先端は宙に浮いてしまっていた。
さながらホラーである。
「スケルトンドラゴンも昔に亡くなったドラゴンだからな……古代魔法を使えるんだ」
マンドが険しい顔で呟いた。
恐らくは重力魔法と呼ばれる、重力を自在に操ることが出来る魔法を使ったのだろう。
しかし自分の尻尾に使えるくらいなのだから、相手に使うことも出来るわけで。
――イリナの周りが突然陥没しだした。
幸いにもイリナは潰されていないが、重力が大きくなっているゾーンに入れば命はない。
重力の檻に捕らえられたようなものである。
「やっぱりな。しかも俺の能力によるとアイツは魅了の魔法も使えるらしいな」
「魅了……」
アリアがポツリと口に出したところで、スケルトンドラゴンの目が桃色に光り出した。
言わずもがな、魅了魔法の合図である。
「アリア!?」
「ちっ……このまま敵を増やすのはマズイぞ!」
イリナの悲痛な声とマンドの険しい声が重なったところで、アリアが魅了にかかった……。
「あっ……?」
マンドが間の抜けた声を上げた。
魅了にかかったのはスケルトンドラゴンで、アリアに頬ずりをしているのだから。
アリア本人は微妙そうな顔をしているが。
「うっ……ゴツゴツしてて冷たい……」
「どうしてアリアじゃなくてスケルトンドラゴンが魅了されてんだ!?」
堪えきれないと言った感じでマンドが叫んだ。
確かにスケルトンドラゴンが瞳を桃色に光らせる瞬間を見たはずで、それは間違いない。
しかし、実際に魅了にかかっているのはアリアではないのだ。
訳が分からない。
混乱するマンドを落ち着かせたのは、一人の女性が発した言葉だった。
「魅了魔法は古代魔法では唯一精霊が残っています。ゆえに【精霊使い】ならば使える」
「リーデン帝国のヒナタ第三騎士団長?」
イリナが震える唇で女の名前を呼ぶ。
ヒナタは慈悲に満ちた笑みを浮かべながら、高級宿の女将もかくやというお辞儀をした。
「ヒナタ=パールでございます。よろしくお願いいたします」
「ヒナタさんさぁ……そっちでボーっとしている暇があったら、最初っから助けたら?」
棘がある言葉を吐いたのはアリアだ。
今はスケルトンドラゴンの骨をなぞりながら、ゆっくりと尻尾側へと向かっている。
「私は二人と違って戦っていなかったから見えちゃったんだよね。闇に紛れてあんたがこっそり立ってい
たのが。戦いがほぼ決着してから姿を見せるとかどういう了見かしら?」
久しぶりに紡がれる毒にまみれた言葉。
それは彼女の妹であるアンナ=パールのものに相違なくて。
ヒナタが会いたいと願った九年間が、ようやく実を結んだ瞬間でもあった。
「本来は助けるつもりだったんだけど……。勇者と妹がタッグを組んでいるのよ?」
「それが面白かったってことか?」
マンドが呆れたように後半を引き継ぐと、ヒナタは悪戯っ子のような笑みを見せた。
その姿はアリアに実姉を思い出させた。
「ヒナお姉ちゃん。確か昔はそう呼んでいたわね。だから、どっちだか分からなかった」
「ハリーの双子の妹もヒナノ=オスカルだものね。分からなくて当然よ」
ヒナタはまた笑う。
アリアもつられて表情を崩しかけたが、すぐに真剣な表情に戻って骨を握る。
今はスケルトンドラゴンを倒すのが先だ。
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと二日と四時間。
九年間も離れ離れになっていた姉妹が、ようやく再開を果たしたのであった。
少しでも面白いと思ってくださったら。
また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!




