『第六十八話 ダンジョン攻略戦in教会(Ⅶ)~べネックsaid 中編~』
セイレーンは飛び散った麻痺毒に気づくと、再び手に持ったハープを激しく鳴らす。
すると風が吹き荒れ、麻痺毒をすべて散らしてしまった。
武器を持っていないべネックにとっては、最悪の手を打たれたといってもいいだろう。
「ちっ……どこまでも頭の回る……」
「私はSSSランクに指定されているそうじゃないですか。戦いには自信がありますわ」
そう言ってお辞儀をする姿はまさに淑女の鏡。
黒歴史を刺激される立ち振る舞いを目の前でされたことにより、べネックは少し苛立つ。
しかし苛立ったところでべネックに打てる手はない。
目の前のセイレーンはべネックよりも強力で、べネックよりも圧倒的に大人の女性だった。
「それにしても……セイレーンがここまで強いとはな」
「これでも地上ですので……海にいる同族よりは二段階ほど落ちるんですよ?」
つまりS級というわけだ。
危険度S級といえば、Sランクの冒険者が四人いれば倒せる相手と言われている。
冒険者でいえばSS級のべネックであれば、一人で倒せてもおかしくないはずなのに。
なぜ勝てないのだ。
私は第三騎士団の団長という肩書きに満足していたのだろうか。
べネックの中を様々な疑問が渦巻く。
そんなべネックを見たセイレーンは、面白いものを見つけたとでも言いたげに笑った。
「べネックさん? 何をそんなに悩んでいるんです?」
「お前に話すことではないが……どうしてお前を倒せないかが一番気になると言ったら?」
べネックが自嘲気味に問いかける。
普段の佇まいからは想像もつかないほど儚げで、今にも消えてしまいそうに脆い。
『社交界のチェリー』と呼ばれたべネック=ロマック公爵令嬢の姿がそこにはあった。
チェリーというのは、ヘルシミ王国の言葉だと桜に当たる。
風が吹くと消えてしまいそうな、儚い笑みを浮かべるということで付けられた呼び名である。
ちなみに、チェリーは風が吹くとすぐに散ってしまうことで有名であった。
「それはねぇ……べネックちゃんが仲間というものに慣れちゃったからじゃないかなぁ」
「何だと?」
「昔と違って自分だけで決める必要がない。つまり多くのダメージを与えればいい」
だから最速で致命傷を与えることが出来なくなっている。
このように続いたセイレーンの指摘は、べネックを大いに動揺させた。
確かにセイレーンに向かったとき、一人で倒し切ろうとは思っていなかったかもしれない。
本当に仲間に慣れてしまったのだろう。
「だからぁ……今のべネックちゃんはぁ……冒険者でいればAランクじゃない?」
「おいおい……Aランクはないだろう」
ティッセには言っていないが、べネックは現役のSSランク冒険者でもある。
ヘルシミ王国でSSランク冒険者は彼女とデールだけだ。
ちなみにSSSランクの冒険者はヘルシミ王国にはいないため、彼女たちが最強だ。
ゆえにべネックは自分の強さに自信を持っていた。
それがAランクだと?
バカにするのもいい加減にしてほしいと思って言ったのだが、セイレーンは薄く笑うだけ。
「……何がおかしい?」
「べネックちゃんは恐ろしく強いみたいだから……ちょーっと自信過剰になってないかなぁ」
「……っ!?」
今の言葉とともに、セイレーンの柔らかい雰囲気が霧消した。
険しい顔をしたセイレーンがハープを投げ捨てて、空いた手に煌びやかな杖を持った。
「ここからは真剣勝負だよっ! 第二ラウンドの始まりだぁ!」
「ちょっと待っ……ゴフッ!?」
戦闘態勢に入ったセイレーンは、べネックが止める間もなく突っ込んできた。
取り出した当初は杖だと思っていたものは、よく見てみれば一本の薙刀である。
セイレーンはその薙刀に水の魔力を込めているのだ。
魔剣士であるティッセの戦い方に近い。
「まさか……」
「大サービスだよっ! ここからは仲間たちの戦い方を再現してあげるねっ!」
セイレーンは可愛らしい笑顔でそんなことを言う。
水の魔力が込められている薙刀を振り回しながらなので、可憐さの欠片も感じないが。
「ティッセにはこれだな。【ダーク・アロー・レイン】」
模擬戦の際には、優位に戦いを進めていたティッセを一発で沈めた奥の手である。
風の精霊を行使できるイリナやアリアには使えないが、ティッセなら通用するだろう。
しかし、そんな甘い見通しは無残にも破壊された。
セイレーンは、薙刀を振り回すことによって出現した水に黒い矢を包んでいく。
これでは麻痺毒は使えない。
ティッセは火魔法を主体として戦うタイプなので通用したが、水には通用しないのか。
べネックは水魔法を使える人と戦った回数が少なく、経験値が不足していた。
そのため、思わぬ悪手を打ってしまったのだろう。
小さく舌打ちしたべネックは一旦下がり、足元に落ちていた剣を拾い上げる。
「あらっ……回収されちゃったのね。それならこれでっ!」
セイレーンが小さく叫ぶと、手に持っていた薙刀がべネックの剣と似た形に変化した。
イリナの戦い方を模倣するつもりなのだろう。
「次から次へと……というか、どうして私たちの戦い方を知っているのだ!」
「あっ……」
このとき、今まで堂々としていたセイレーンが初めて動揺を見せた。
もちろんこの隙を見逃すようなべネックではない。
わずか一秒ほどで距離を縮めると、闇の魔力を込めた剣を勢いよく横に一閃する。
剣に魔力を込めるくらいは誰にもできる。
さすがのセイレーンも、精霊そのものを剣に付与するという芸当は出来なかったようだ。
先ほどのティッセは、だから厳密にいえば本人の模倣に過ぎない。
本来の魔剣はあれ以上の性能を発揮するのだから。
「くっ……油断したぁ!」
「お前は誰なんだ? いや……教会で私のことをよく知る人間なんて一人しかいないか」
そこで言葉を切ったべネックは、セイレーンを強く睨みつけた。
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと二日と四時間。
べネックはセイレーンの正体を掴んだのだった。
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