『第六十七話 ダンジョン攻略戦in教会(Ⅵ)~イリナ・アリアsaid 中編~』
目の前に鎮座していたのは一体のドラゴンだった。
しかし筋肉はついておらず、全身が骨でできているスケルトンのようなドラゴンだったが。
「な、何これ……」
「今の私たちだけで勝てる相手じゃないわね。ひとまず扉の外に出ましょう」
目を大きく見開くアリアと、冷静に相手の戦力を分析するイリナ。
二人はゆっくりと部屋を辞した。
「しかし面倒ね。このままじゃスケルトンドラゴンは倒せない。どうすればいいのかしら」
「本があるじゃない。読んでみましょうよ」
アリアが杖を落としたことにより発見できた隠し通路。
その先にあった宝箱の中に入っていた本は、現在もアリアが丁寧に抱えている。
「題名は……マンドの冒険書?」
表紙に書かれていた言葉を読んだアリアは首を傾げるが、イリナはその目を輝かせた。
マンドというのは、リーデン帝国を作ったと言われている勇者の名だ。
昔、この辺りは魔王と呼ばれる存在によって統治されており、その魔王を倒したのが当時十八歳だった勇者、マンド=リーデンである。
伝承によると、マンドは魔王と二日間に及ぶ死闘を繰り広げ、ついには魔王打倒に成功。
魔王領をそのまま受け継ぎ、リーデン帝国を建国したという。
しかし、マンドの行動には反対派も多かった。
特に、勇者マンドの祖国であるゾンズ王国の筆頭公爵であったロッゾ=ヘルシミの反対が強力で、彼に賛成する多数の貴族たちがゾンズ国王を説得して戦を起こそうと画策したのだが、ことごとく失敗に終わる。
祖国に失望したロッゾは自分と同じく反対する者たちを集めて独立を宣言。
ヘルシミ王国を作り上げたかと思うと、わずか二年で国土を完璧に建て直してしまった。
当時のヘルシミ王国の国土は勇者と魔王の戦で荒れ果てており、復興に五年はかかるだろうと言われていた中での偉業である。
賢王と称えられたロッゾは、独立してから三年後にゾンズ王国に対して宣戦布告。
一ヶ月ほどでゾンズ王国を撃ち滅ぼして、国土を大きく伸ばした。
すると面白くないのはリーデン帝国である。
建国した日はほぼ同じなのに、自国の国土は未だに荒れ放題で民は困窮状態。
戦など出来ようはずもない。
初代皇帝のマンドは怒り、ヘルシミ王国打倒に熱意を燃やすようになったのだ。
今日まで続くリーデン帝国とヘルシミ王国の対立の歴史もこれらの出来事に所以する。
リーデン帝国の貴族は、ほぼ全員知っているはずなのだが。
誘拐されたアリアは教えてもらう機会を失っており、マンドの名すら知らなかった。
「なるほど。その勇者が記した書物ということですか……」
「もしそうだったとしたら、とてつもなく価値のあるものよ。リーデン帝国に狙われるわね」
イリナから説明を受けたアリアは本をジッと見つめる。
正直、今でもリーデン帝国軍に狙われてる存在だし、その理由が少し増えるだけだ。
アリアはこう考えていた。
そしてしばらく本を見つめていたアリアは、おもむろに一ページ目を捲ってみる。
途端に奇怪な魔法陣が目に飛び込んできた。
「何よ……この魔法陣」
「召喚系統の魔法陣に似ているわね。母の能力を見ている私なら多分だけど使えるわ」
魔法陣を触っていたイリナが呟く。
イリナの母、リリー=グリードは【石像召喚】というゴーレムを呼べる能力を持つ。
この本に描かれている魔法陣は、リリーがゴーレムを呼び出すときに出てくる魔法陣によく似ている。
ゆえに、幼いころから母の能力を見ていたイリナは魔法陣を使える自信があった。
「やってみましょう」
「分かったわ。風の精霊よ、私の求めに応じて魔力を注げ。【魔力挿入】」
イリナが凛とした声で詠唱すると、魔法陣が徐々に光を発していく。
そして三分ほど魔力を注ぎ続けても、まだ全体の三割くらいしか光っていない。
「アリア、手伝ってくれない? 精霊を介せば魔力を挿入できるから!」
「分かった。氷の精霊よ、私の求めに応じて魔力を注げ。【魔力挿入】」
イリナとアリアで協力して魔力を注ぐこと十五分あまり。
二人の魔力もそろそろ尽きると思われたことに、ようやく魔法陣がクルクルと回りだした。
これが、召喚する際に使用する魔法陣が使えるようになった合図である。
思わずイリナとアリアは顔を見合わせて魔法陣を凝視するが、何かが起こる様子はない。
「何も起こらないじゃない!」
「ずっと見ていると目が回ってくるわね。何か間違っているのかしら?」
首を傾げながらも、イリナはリリーを思い出していた。
正直に言ってしまうと、あまり思い出したくない相手ではあるものの、今は仕方がない。
本の魔法陣についての手がかりを得るには、彼女のことを思い出すしかないのだから。
「あっ……呪文!」
「わっ!? 突然大きな声を出さないでよ! モンスターが来たらどうするの!」
アリアにしてみれば、魔力はほとんど底をついている。
このままでは魔法を五発も放てば、魔力切れでしばらくは動けなくなるだろう。
それゆえ、モンスターを引き寄せる可能性がある叫び声は、遠慮してもらいたかったのだ。
「それで……最終段階は呪文なのね」
「うん。魔力を注いだ人が全員で、同じ呪文を唱えないと召喚されないんだった」
イリナがペロっと舌を出す。
この行為に限りなくイラついたアリアであったが、表情には出さずに魔法陣を見つめた。
「呪文を教えて」
「別に難しいものじゃないよ。【召喚魔法陣、発動】って言えばいいだけだから」
「分かったわ」
イリナとアリアは再び顔を見合わせ、三度ほど頷きあった後に、力を振り絞って叫んだ。
すると魔法陣の回転が止まり、本はパタリと閉じた。
召喚は成功したのだろうが、イリナたちの視界の中では目立った変化はなかった。
「あれ……?」
「まさか失敗したわけじゃないでしょうね……」
どちらからともなく弱音を吐く二人の背後から、呆れたような声が響き渡る。
「何をそんなに悲観しているんだ? 召喚なら成功しているぞ?」
「「うわっ?」」
二人でほぼ同時に背後を振り返ると、そこには高価そうな鎧を着た男が立っていた。
銀髪に赤いメッシュが入った髪をしており、瞳はダイマスのような蜂蜜色。
銀色に輝く鎧を着ており、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「えっ……?」
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと二日と四時間。
小さく呟いたのはイリナだったが、彼女が悲鳴を上げたのも無理はない。
二人の目の前に立っていたのは、リーデン帝国の初代皇帝、マンド=リーデンの肖像画にそっくりな男だったのだから。
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