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『第五十九話 教会の闇(Ⅰ)』

 ヘルシミ王国第三騎士団というのは、どれだけ素性を隠した人間が多いのだろう。

 今の技と言葉からして、ダイマスは明らかに“敵側”の人間だ。


 俺を冤罪で追放し、せっかく見つけた居場所さえも奪おうとしているリーデン帝国。

 その国の皇族がどうして第三騎士団に……。


 いや、リーデン帝国を出発した日に彼は涙を流していたではないか。

 もしダイマスが敵側のスパイだった場合、流していた涙についての説明がつかない。

 俺たちは混乱の渦に叩き込まれていた。


「さて……僕の本当の名前はダイマス=リーデン。リーデン帝国の第二皇子です」

「第二皇子?」

「僕は皇太子こと第一皇子を補佐するために、宰相に就任していたんです」


 ダイマスの口調はいつも通り穏やかだったが、俺はなぜか不気味に感じる。

 どこか飄々とした雰囲気が出ているから、それのせいかもしれないが。


「本来は前代の宰相の傀儡だったんですけどね。僕があまりにも有効な政策を出すので」

「“傀儡ではなく、本当に仕事を任せてしまおう”となったわけか」


 べネック団長が言う。

 ダイマスは小さく頷くと、目の前にそびえたつ教会を見上げた。


「そろそろ行きませんか? 偽装結界が壊されたことに気づかれたようですよ」

「こちらとしては聞きたいことだらけだがな。再び結界を張られても面倒だ。とっとと入るぞ」


 べネック団長がため息をつきつつ、ドアを開ける。

 教会の内部は、皇帝との謁見場かと思うほどには豪華だった。


 太陽の光を受けて輝くステンドグラスがあちらこちらに散りばめられており、かなり明るい。

 眼前にはイルマス教のシンボルマークにもなっている神樹を模したオブジェなんかもある。

 王都にあった教会は神樹を枯らしかけていたのに、神樹がシンボルマークとは。

 信仰心の欠片も感じないな。


「失礼します。ヘルシミ王国第三騎士団長のべネックですが。マスナン司教はいるか?」

「マスナン司教は外出中です。何の御用でしょうか?」


 オブジェを磨いていたシスターが訝しげにこちらを振り向き、呆然としたように固まった。

 これは……何だ?

 違和感がある反応に首を傾げていると、シスターは小さな杖を取り出して光の弾を放つ。

 無詠唱で放たれたそれを、べネックが剣で相殺した。


「なるほど。既にリーデン帝国の支配下ってわけか。ならば、帰るわけにはいかないな」

「くっ……目的は何ですか!」

「自分だけでは勝てないと悟って降伏するか。賢明だ。目的は彼女の治療ただ一つ!」


 べネック団長が声を張り上げて叫ぶ。

 シスターは、目の焦点が定まっていないイリナを見やると、がら空きの椅子を指で示した。


「どうぞ、座ってお待ちください。あと十分ほどで帰ると思います」

「分かった。待たせていただこう」


 俺たちはべネック団長の一言を皮切りに、それぞれ椅子に座っていく。

 すると、俺たちのもとに、もう一人のシスターから温かいお茶が届けられた。


「何だ、もう一人いたのか」

「二人でも勝てませんよ。私も彼女も冒険者ギルドでAランクとして認められています」

「ですが、そちらにいらっしゃる[緋色の魔剣士]さんには、どう頑張っても勝てません!」


 お茶を運んできたシスターが勢いよく首を横に振った。

 確かに俺ならば、一分もあれば二人を倒せるだろうから、その予想は間違っていない。

 相手の強さを冷静に見極められるのは、強者の証だ。


 シスターたちの強さに驚嘆したところで、ドアがゆっくりと開かれる音がした。

 戸口に視線を向けると、四十代くらいの腹が突き出た男性が立ち竦んでいる。

 それにしても……オークのような人物だな。

 背が低く、服がはち切れそうなほど太っている姿は豚の魔物であるオークにそっくり。


 この人がマスナン司教か。


 マスナン司教は俺たちにゆったりとした足取りで近づいてくると、べネック団長の顔を見る。

 二人の視線が交差した瞬間、マスナン司教が二歩ほど後退した。


「あなたがマスナン司教ですか。ヘルシミ王国第三騎士団長のべネックです」

「ははっ、お勤めご苦労さまです。当教会の司教をしているマスナンでございます」


 マスナン司教はしきりに汗を拭っていた。

 心なしか顔も青ざめている気がする。

 べネック団長も、マスナン司教の様子には違和感を抱いたようだが、無視して話を進めた。


「一つお願いがあるのだが」

「な、何でしょうか……。出来る範囲でよろしくお願いしますね……」


 マスナン司教はかなり怯えている様子だ。

 どうしてこんなに怯えているのか……と訝しんでいると、カツンという音が教会に響く。

 全員の視線が戸口に集中する。

 俺も視線を向けると、一人の美女が堂々とした足取りでこちらに向かってきていた。


 腰まで伸びた黒髪に、少々キツい印象を与える吊り上がった目。

 顔立ちだけ見れば美人の類に入るのだろうが、彼女の全身を包んでいるのは殺気だ。

 それも生半可なものではなく、二、三人は殺したことのある雰囲気が漂っていた。


「あら、マスナン=ロッグ司教? いつヘルシミの虫に成り下がってしまったんでしょう?」

「皇妃殿下、申し訳ありません。しかし結界を突破して、なおかつ殺られてないなど……」

「よほどの強者だ、と言いたいのかしら?」


 マスナン司教に皇妃殿下と呼ばれた美女は、妖しげに唇を歪めてみせる。

 それからジロリとべネック団長を睨みつけた。


「ふーん……なるほどね。いいわ、応接室に案内して差し上げなさい」

「はっ!」


 第十五代皇帝の正妃であるマース=リーデンは、凄腕の傭兵だったらしい。

 とある戦で、当時の皇太子に捕縛され、一度は死を覚悟したのだが。

 なんと皇太子は彼女に一目惚れしてしまった。


 そこから四年ほど経過し、皇太子が第十五代皇帝として即位した日に結ばれたのだとか。

 今でも吟遊詩人のネタになる成り上がりストーリーを持つ女である。


『どうして不満が出なかったんだろうな。皇帝ならば政略結婚が普通だと思うんだが』


 これが二人が結婚した際の、ギルドマスターの言葉だそうだ。

 確かに一見してみるとそうだが、彼女と結婚すれば、傭兵との太いパイプが出来る。

 実際、リーデン帝国の常備兵二万は彼女の指示で集まった元傭兵だ。


 彼らが現在、ヘルシミ王国を攻めているのだが。

 そんなヤバい皇妃の指示とあれば断るわけにもいかず、マスナン司教は深く一礼した。


「どうぞ。応接室にご案内します」

「ちょっと待て。我々は交渉をしたいわけではない。治療の申し込みにきたのだぞ」


 べネック団長が慌てたように皇妃の前に立つ。

 皇妃はわずかに微笑んだかと思うと、次の瞬間にはアリアの首筋に短剣を添えていた。


「――っ!? いつの間に!?」

「いいから応接室に向かいなさい。話はそれからです。マスナン、案内を続けて」


 底冷えのするような冷たい声に、俺たちの背筋が凍る。

 ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと二日と十時間。

 敵側の重要人物に脅された第三騎士団は、そのまま教会に留まることになってしまった。


少しでも面白いと思ってくださったら。

また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!

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