『第五十六話 見捨てられた令嬢(アリア視点)』
まさかコイツ……私の素性が分かっていて隠していたのかしら?
本当に信じられない。
こっちはどれだけ調べても自分の正体が分からなくて……ずっとずっと苦しんだのに!
「それで私は誰なのよ?」
「パール家から誘拐されたアンナ=パールの容姿と一致している、とだけ言っておく」
ダイマスはそれだけ言って口を噤んでしまった。
言わせてから気づいたが、普通に情報漏洩に当たるよね。
本来であれば処刑も免れないが……それだけの情報でも今の私にはありがたい。
「つまり、アリア=グリードの正体は公爵令嬢のアンナ=パールってことか」
「ヒナタ=パールとは姉妹に当たるんだろうな」
べネック団長が何でもないことのようにサラッと付け加える。
ヒナタとかいう、元騎士団長で実の姉かもしれない人は私のことを知っていたのだろうか。
あるいはダイマスにも聞かされていなかったのだろうか。
どちらでもいいが、会ってみたいという思いが段々と膨らんでいるのが分かる。
でも……ヒナタは現在行方不明だ。
私たちがヘルシミ王国に入ったときみたいに手紙の一つでも寄こしてくれたらいいのに。
そこまで考えた私は内心でため息をつく。
相変わらず、平常時は自分勝手な思考しか出てこない自分に苛立ちだけが溜まっていく。
だから、いつも敬語を心がけて偽ってきたのだ。
私の本性は……アンナ=パールの本性は、令嬢の風上にも置けない女なのである。
記憶の中には使用人たちを虐げてきた記憶もたくさん残っているしな。
それがパール家の使用人なのかは思い出せないが。
自分でもムカつくこの性格が、まさか誘拐される一因になったなんて誰が信じただろう。
まあ……今さら懺悔したところで、イリナお姉ちゃんや使用人を虐めた事実は覆らない。
罪を抱えて生きて行くしかないのだろう。
「そっか……。私はちょっと空き家でも借りて休みます。姉も寝かしたいですし」
私はそれだけ言って再び歩き出す。
村長に姉の状態を話したところ、一軒の空き家を教えてくれたので、ありがたく借りる。
敷かれていた布団に姉を寝かし、私は窓をゆっくりと開けた。
爽やかな風が部屋の中に吹き込んできて、私と姉の髪をゆっくりと揺らす。
「はぁ……今日は何だか疲れたなぁ……」
ビッグシャドウベアー・ネオを倒してから、少しも寝ていないからね。
体が疲れるのも頷けるというものだ。
もう少しボーっとしたら寝るか……などと思っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「アリア、新しい情報を持ってきたんだ。入っていいか?」
この声はティッセか。
そういえば、久しぶりに会った姉と仲直りするきっかけを作ってくれたのは彼だったっけ。
あの時は普通の人だと思っていたのに。
蓋を開けてみれば、とてつもない指揮能力を持った元Sランク冒険者って。
未だに私とティッセが普通に話せているのが信じられない。
「ちょっと待って。今すぐ開けるわね」
私は窓を開け放したまま玄関へ向かい、ドアを警戒しながらゆっくりと開いた。
目の前にはいつもの赤髪が風に揺れている。
「良かった。べネック団長もダイマスもお前を心配してたぞ。壊れていないかってな」
「私はこの程度じゃ壊れないわよ。誘拐されたときは奴隷だったんだから」
幸いにも、奴隷として過ごしたのは三日だけだ。
しかし、絶対に逃げ出せない牢屋と容赦のないムチの痛みは今でも覚えている。
忘れるなんて出来るものか。
しかも私を誘拐してグリード家に売った奴隷商は、冒険者ギルドの上層部だぞ!?
信じられるかっての!
ティッセは冒険者ギルドから追放されたって聞くし、上層部に睨まれたのだろう。
「そっか。ちなみに奴隷商の奴はどんなだったんだ?」
「なんであんたがそんなことを聞くのよ」
「本当にキャラが変わってんな。俺は上の指示で違法奴隷の摘発もやっていたから」
「気になったってことね」
違法奴隷というのは、何らかの理由で奴隷になってしまった上級貴族の子供である。
もし見つけたら、法律のせいで助けてあげなければならない。
だから、グリード家に買われた後は『アリア=グリード』という名を与えられたわけだが。
「いいわ。教えてあげる。私がいたのはブルーダル商会ってところね」
「何だとっ!?」
私がいた店の名を聞くと、ティッセは目を大きく見開いた。
もしかして知り合いか?
「どうしてそんなに驚いているのよ。まさかあんたの知り合いじゃないでしょうね」
「知り合いではないが、よく知っている人間だ。まさかあいつが……」
ティッセの顔色はどこか悪く思える。
そんなにブルーダル商会という名前が衝撃的だったのだろうか。
そういえば、ブルーダルって商会以外にどこかで聞いたことがある名前なんだよな。
どこで聞いたんだっけ。
えっと……グリード家の近くに害獣が出たときに討伐してくれた冒険者は誰だっけ?
まあ、思い出せないからいいや。
姉を守るためにも、今はティッセから情報を収集する方が大事だな。
好奇心に負けて優先順位を間違えないようにしないと。
「それで……新しい情報って何よ。私も早く寝たいんだから、さっさと話してくれる?」
「すまんな。実はヒナタ=パールからダイマス宛てに手紙が来た」
「へー」
「興味がなさそうだな。しかし、ダイマスが言っていた、妹についての新情報を持って来たんだ」
「何ですって!?」
先ほどまでの態度とは違うと自分でも思うが、気になるんだから仕方がない。
私も真の家族の元に戻りたいのだ。
「随分と態度が分かりやすくなったな……。曰く、妹は特別な魔法が使えるらしい」
「特別な魔法?」
「ああ。アンナ=パ-ルの父はレッドス家の血縁者らしくてな。“合体魔法”が使えるんだと」
そんな情報、聞いたこともない。
だが、彼が嘘をつく理由もないし、もし嘘をついていたとしてもダイマスに聞けば分かる。
わざわざリスクを背負う意味もないしな。
「“合体魔法”とやらはどうやって使うの? 特別な道具が必要とかじゃないでしょうね?」
「道具は何もいらないさ。ただ、発動にはレッドス家の血縁者が必要だね」
「はぁ!? 私にレッドス家の血縁者なんていないわよ! そもそも十二家のうちの一つじゃない」
「それが目の前にいるんだなぁ……」
ティッセがどこか揶揄うような目でこちらを見ていた。
まさかレッバロンって名乗っていたけど、実際はレッドス家の血縁者なのだろうか。
「俺もお前と似ているんだ。幼い頃に分家に売られてな。今はレッドス家を名乗れない」
「本当に……レッドス家の奴なの?」
「ああ。だから使ってみようぜ。発動できたらパール家、しなかったらオスカル家の令嬢だ」
ティッセはそう言うと、いきなり私の手を握った。
悲鳴を上げる間もなく、濃密な魔力が私の薄い魔力と合体していくのを感じた。
「な、何これ」
「合体魔術……我の求めに応じてこの家にいる者を癒せ。【ゴールデン・ヒール】」
しかし技は発動しない。
訝しげにティッセを見た私に、氷魔法のように冷たい言葉がぶつけられた。
「合体魔術なんだから君も詠唱しなきゃ。ボーっとしてんじゃないよ」
「わ、悪かったわね。私の求めに応じてこの家にいる者を癒せ。【ゴールデン・ヒール】」
私が詠唱すると、今まで感じていた疲れが一気に取れていった。
反対に魔力はごっそりと抜けていく。
王都が占領されるまで、あと二日と二十三時間。
アリア=グリードは、ついに自分のルーツに繋がる手がかりを得たのであった。
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