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『第五十五話 グリード姉妹の素性』

 ダイマスは未だにこの状況が掴めないようだ。

 ヒナタが騎士団を追放されたというのは、クビになったということでもある。

 つまり、軍の上層部などという機密情報を担っていたヒナタは処理対象でもおかしくない。


 実際にヒナタの前の第三騎士団長は前皇帝によって秘密裏に処理されたと聞く。

 今の皇帝が同じ道を辿ったかは分からないが、その可能性が高いと見るべきだろう。

 戦において楽観視は禁物だ。

 しかしダイマスは割り切れないようで、通信石を指が白くなるほど強く握っている。


「それで……ヒナタとハリーの行方は?」

『分かりませんよ。そもそもこっちだって偵察班からの報告で知ったんですから』


 ルイザが面倒そうに言う。

 ダイマスが顔を歪めたところで、さらなる爆弾が俺たちに向けて投下された。

 きっかけは一つの通信である。


『新しい第三騎士団長の素性が割れました。リリー=グリード、三十二歳。伯爵夫人です』

「ヒッ!? 来ないで……来ないでよ!」

「どうしたのだ!? アリア、イリナを止めろ!」


 リリーの名前が出ると、イリナは頭を抱えて数歩ほど後退していった。

 その名前がよほどのトラウマなのか、普段の凛としたイリナとは打って変わって弱々しい。

 アリアがイリナの後ろに回り込んで後退を止め、首を手刀で打って気絶させる。

 それから真剣な瞳でべネック団長を見据えた。

 アリアの瞳はいつもの穏やかな雰囲気を霧消させ、険しい雰囲気へと変わっていた。


「姉も私もずっと言わなかった事情……あなたに受け止める覚悟はありますか?」

「愚問だな。私はお前たちをスカウトしたあの日から覚悟は出来ている。心配はいらない」

「そうですか……もう薄々は気づいているでしょうが、リリー=グリードは姉の母親です」


 家名が同じだし、そうじゃないかとは思っていたけど。

 やっぱり新第三騎士団長はイリナを取り戻すために騎士団に立候補したのだろう。

 そしてイリナも自分を連れ戻すつもりだと感づいてしまった。

 だから取り乱してしまったってわけか。


「ちょっと待て。さらっと言っているが、聞き捨てならない点がある。お前は誰だ?」

「そうだね。君は“姉の母親”といった。姉妹なんだから君の母親でもあるはずじゃない?」


 どうして言わなかったの、とダイマスは尋ねる。

 アリアは露骨に目を泳がせた後、全てを拒絶するような冷たい光を目に宿した。

 心なしか纏う雰囲気までも一変した気がするな。


「私のことは後です。姉は三歳になったころからリリーさんに虐待されており、その生活は凄まじいものでした。午前中はずっと剣の訓練だし、午後は耳を鍛えるための講義。両方が終わったら家の手伝いを強要されて、寝る時には幼い伯爵令嬢とは思えないほどフラフラで半分寝ているような状態だったんです」


 そこで一旦言葉を切ったアリアは、イリナの髪を撫でる。

 彼女の目には、先ほどの冷たい瞳を溶かすほどの怒りの炎が燃え上がっていた。

 一体、イリナの身に何があったんだよ。


「しかし姉は要領が良かったんでしょうね。そんな生活を二年も続けたら剣がメキメキ上達し、聴力も鋭くなって家事も上手くなりました。以前のようにフラフラすることもなくなったんです。しかし、リリーさんはそれが気に入らなかったんでしょう。まるで新人メイドを虐めるメイド長のように細かいことで罵声を浴びせ、痣が出来るまで叩くようになりました」


 イリナの腕には痣がある。

 剣で切り合ったときについたのだろうと気に留めなかったが、あれは殴打の痕か……。


「悲惨な生活を続けながらも姉は決して剣を手放さなかったし、沈んだ様子も見せなかった。そんな姉に

 苛立ったリリーは奴隷商に出向き、とある公爵家から誘拐したという娘を購入し、彼女とともに姉を徹底的に虐げました」


 今まで一人しかイリナを攻撃してこなかったのが、いきなり倍になったのだ。

 しかも増えた一人は自分よりも年下。

 イリナは心身ともにさぞかし傷ついたことであろう。


「結局、ドラゴン討伐記念パーティーの日に稽古をサボって屋敷を脱出するまで奴隷のような生活は続きましたから、相当リリーさんにトラウマを持っているんでしょう。まあ、連れ戻すよう命令された女も一緒に行方不明になったわけですが」


 そういって話を終了させたアリアは、どこか自嘲めいた笑みを浮かべて背を向けた。

 そして今も行われ続けているパーティーを眺めだした。

 いや……正確に言えば、戻ってきた両親と楽しそうに会話をしている貴族令嬢だろうか。

 アリアから失われてしまったものであり、取り戻せるかも分からないものである。


「けっ……楽しそうにしやがって……」


 やがてアリアの口から漏れたのは、丁寧なイメージにそぐわない言葉だ。

 たった一言だが、彼女が何を求めており、何に苛立っているのかが理解できてしまう。

 苛立たしげに髪を掻いたアリアは、未だに倒れているイリナを背負って歩き出す。

 その後ろ姿は脆くて、今にも壊れそうだった。


「現皇帝が即位した十年前以降で貴族令嬢が誘拐された事例は三件だけだ。しかもそのうち一件は既に解決済みだったはずだぞ」


 さすがにべネック団長もこのままではマズいと思ったのか、微妙なフォローを入れる。

 その言葉にアリアはしばらく立ち止まった。


「そんなのはとっくに分かってますよ。私だって調べましたもの。でも残りの二家はリーデン帝国十二家の一員らしくて、伯爵令嬢という地位の私ごときじゃ情報を得られなかった」


 夜空に響き渡る声はどこまでも苛立たしげで。

 本当にアリア=グリードという人間が発しているのか疑わしくなってしまう。


「知っているさ。一件はパール家。もう一件はオスカル家から出されたものだろう?」

「そうですよ! それがどうかしたんですか!?」

「ダイマスなら真実が分かるんじゃないか? 追放されたヒナタとやらはパール家の者だ」


 べネック団長は静かな口調で言い切った。

 ダイマスは苦々しい顔をしていたが、やがて全てを諦めたかのようにため息をつく。

 まさか……知っていたのに隠していたのか?


「確かに僕は分かっていますよ。パール家から誘拐された令嬢の容姿も知っていますし」

「なっ……」


 アリアは驚愕に顔を染める。

 王都が占領されるまであと三日と一時間。

 第三騎士団は一つの節目を迎えようとしていた。



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