『第五十二話 家名の秘密』
ビッグシャドウベアー・ネオ討伐記念パーティーの最中のことだった。
会場となった広場の隅っこで休んでいた俺のもとに、べネック騎士団長が訪ねてきた。
「隣に座っていいか?」
「いいですよ。それにしても、パーティー会場の隅っこで二人で座るって……」
「ああ……ティッセと私が初めて会話した時を思い出すな」
べネック団長が苦笑する。
あの時、帝国城の庭園でべネック団長の誘いを受けたからこそ今があるんだよな。
そう考えると、人生って本当に分からない。
どん底に落ちたと思ったら、一ヶ月ほどで新しい居場所を見つけられたのだから。
「早速で悪いが、聞きにくいことを聞いていいか?」
「本当に唐突ですね! まあ大抵の質問には答えられると思いますが……もしかして」
俺はそこで一度言葉を切った。
べネック団長が聞きたいことはきっと、俺が使った技についてだろう。
村人たちを助けたかったのと、イリナたちを傷つけたくなかったから最終奥義を使った。
本来であれば、俺が使えるはずのない技を。
「煉獄剣とかいう魔剣で技を放っただろ。その時に叫んだ家名の件で聞きたいことがある」
「……何ですか?」
「お前の家名は“レッバロン”だったはずだ。そんなお前がどうして“レッドス”の技を?」
どうして使えるのか知りたいということか。
俺は数秒ほど躊躇ったのち、【気配察知】で辺りに誰かがいないか確かめてから口を開く。
「俺の本名はティッセ=レッドス。もともとはリーデン帝国十二家が一柱であるレッドス家の跡取り息子として育てられてきました」
「何だと!?」
べネック団長が大きく目を見開く。
レッドス家といえば、リーデン帝国十二家の中でも魔法を得意としている家系だ。
その血を買われて、宮廷魔術師はずっとレッドス家の一族が務めている。
「しかし、俺はいつまでたっても魔法の威力が弱かった。模擬戦なんてやろうものなら全敗です。そして妹も同じく魔法が弱いままでした」
地元の魔法学校を首席で卒業し、魔法大学へ通っている妹も、幼いころは劣等生だった。
他の家の子供たちに随分とバカにされた思い出がある。
魔法を放っても、ワンランク下の魔法に相殺されて攻撃が通らなかったのだから。
「劣等生だと言われた俺たち兄妹に失望した父は、自身の弟が興したレッバロン男爵家の一人息子と僕たちを交換することで魔法に強い一家という体裁を保とうとしたんです。その時に俺はティッセ=レッドスからティッセ=レッバロンになりました」
この交換が今も続いているのだから驚きだ。
よっぽどレッバロン家の跡取り息子が優秀だったのだろう。
「しかし、俺たちの魔法が弱かったのは成長が遅かったからだったんです。べネック団長は、人間の魔法の才能が開花する時期には四パターンあるって知っていました?」
「ああ。二歳までに魔法の才能が開花する前期型、三歳から六歳までの間に開花する中期型、七歳から九歳までの間に開花する後期型、そして十歳以降に開花する晩期型だな」
「そうです。そして俺たちは揃って晩期型でした」
だから幼いころには魔力の才能が開花せず、他の家の子供たちの後塵を拝していた。
周りはみんな前期型か中期型だったから、余計に歯が立たなかったのであるが。
「まさかレッドス家の当主はそのことを知らなかったのか!?」
「そういうことです。レッバロン家の跡取り息子は早期型でしたから、父はさぞかし羨ましく思ったんでしょうね。レッバロン家に遊びに行った翌日に交換の話が持ち上がりました」
俺が八歳くらいのころ、宮廷魔術師の部下として働いていた父が休みだったので、家族でレッバロン家の屋敷に遊びに行ったのである。
父は弟に会いたいという気持ちとともに、レッバロン家の子供を確認したいという気持ちがあったのだろう。
レッバロン家の当主である弟に、『お前の息子に会わせてくれ』と頼んでいたもんな。
「なるほどな。それでティッセはいつ自分が晩期型だと気づいたんだ?」
「十歳になるまで魔法の訓練は毎日続けていましたが、やっぱり伸びませんでした。でも、十歳になって一ヶ月経ったころから、徐々に魔法が上達してきたんです」
今まで成長する素振りを見せてこなかった魔法の威力が、徐々に上がってきたのである。
その時の嬉しさは、言葉ではとても表しきれない。
思わず義父であるレッバロン家の当主や妹に抱きついてしまったのだが……。
しばらく妹から気持ち悪がられたから、一生封印しておくべき黒歴史認定である。
「それで義父に原因を尋ねたところ、晩期型だったのではないかという回答を貰いました」
「おお……レッバロン家は得をしたな」
「ですね。妹のハル=レッバロンも十歳になったころから魔法がメキメキ上達しましたし」
今となっては、俺が本気を出しても勝てるか分からない。
魔法教育の最高峰と言われる魔法大学で学んだ成果は、きっと想像を絶するものだろう。
客観的に見れば、レッバロン家は本当に得をしただろう。
まあ、実の息子はレッドス家にいるわけだから、幸運かどうかは本人たちしか知らないが。
「事情は分かった。ティッセが話す前に能力を使った理由もな。それで、あの技は何だ?」
「あれは俺が五歳くらいのころに叩きこまれた奥義です。今日、初めて使いました」
実戦で使うのは初めてだったから少し怖かったが、無事に発動できたので安心した。
未だに使ったことはないらしいが、俺が発動できたのなら妹も使えるだろう。
レッドス家の血はしっかりと流れているわけだ。
「今日初めて使った技であの威力か……ちなみにレッバロン家の実子はどこに?」
「魔法大学ですね。妹と同じ学年で次席だと聞きましたけど」
レッバロン家の息子はディール=レッドスという名前で、魔法大学で次席だと聞いた。
言うまでもないことだが、首席は妹である。
「これで全てが繋がった。言いにくいことだろうに……答えてくれたことに感謝しよう」
「いえいえ。俺も聞きたいことがあったのでちょうど良かったです」
「何だ?」
首を傾げるべネック団長だが、俺の質問を聞くと、顔色を一変させて詰め寄ってくる。
目は血走っていて、鼻息も荒い。
「べネック団長、あなたの本名はべネック=ロマナではありませんか?」
ちなみに、俺はこう聞いたのだが。
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