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『第四十八話 初めての依頼⑪』

 鋭い爪が逃げ遅れた兵士に迫っていく。

 今から走り出しても絶対に間に合わない距離だったが、俺は無意識に動き出していた。

 すると視界の端で勢いよく動きだした影が一つ。


 影は鮮やかな剣技で爪を弾くと、その勢いのままビッグシャドウベアーに一撃を入れる。

 巨体がわずかに傾いたところで影は声を張り上げた。


「今だ!」

「よくやってくれたわね! 総員、攻撃開始! とりあえず手数で勝負しなさい!」


 指示を出したのはジュリアだ。

 彼女の指示に応じた騎士たちが、一斉にビッグシャドウベアーに攻撃を叩きこむ。

 火魔法や水魔法など、多数の魔法がまるで雨のように降り注いでいる。


 しかし、結果としてはビッグシャドウベアーの毛皮がわずかに傷ついただけであった。

 凶暴化による悪影響は留まるところを知らない。

 指示を出したジュリアもこの結果は予想できなかったのか、悲痛な声を上げていた。


「ありえないくらい硬いっ……」

「マズいな。今の攻撃でもほとんどダメージを与えられないとなると、打つ手がない」


 チャンスを作った影ことべネック団長が呻く。

 確かにべネック団長たちも剣技を使って攻撃していたのに、あれだけのダメージなのだ。

 普通に考えれば打つ手など残されていないだろう。


 しかし、まだ可能性はある。

 そのために俺がわざわざここまで来ているのだから。


「皆さん、もう一度チャンスを作って下さい! 今度は俺の魔剣で攻撃してみます!」

「ティッセ……お前なら出来るのか?」

「それは分かりません。ここに到着したばかりなので、毛皮の強さとか……」


 俺の言葉は途中で強制的に止められた。

 やや遅れて、自分が頬を張られたということに気づく。

 複雑な思いを抱きながら視線を移動させていくと、手を振り上げたイリナの姿があった。


 何でイリナが俺の頬を!?


 そんな疑問を抱かなかったわけではないが、イリナの顔を見た俺は黙らざるをえない。

 なぜなら、彼女の目には涙が浮かんでいたからである。

 どうしてイリナが泣いているのかも、どうして俺の頬を張ったのかも分からない。

 俺はどうすればいいのだろうか。

 しばらく無言の時間が続くと、イリナが今にも消えそうな声で小さく呟いた。


「ティッセまで同じことを言わないでよ……自分一人だけで傷つこうとしないでよ……」

「どういうことだ?」

「ダイマスもアリアも、今のティッセみたいに一人で立ち向かってやられたのよ」


 その時の光景は簡単に想像できる。

 指示を出すことに慣れているダイマスや、負けず嫌いのアリアは絶対にそうしただろう。


「でも、私は何も出来なかった。ただ目の前で二人が傷つくのを見ているしかなかった」

「二人に止められたんだろ?」


 俺は尋ねる。

 イリナは王城の模擬戦で負傷し、治癒魔法がなければ剣も握れないような状態だった。

 だからダイマスとアリアは同じ道を辿らせたくなかったのだろう。


「ええ。でも……私は見ているだけなんて耐えられないの!」

「そうか。だったら俺を援護してくれ」


 俺はそれだけ言うと、ビッグシャドウベアーに正対した。

 リーデン帝国では月と呼ばれていた惑星の光を受けて、毛皮が冷ややかに光っている。

 赤い目はどこを見ているのかすら分からないほど虚ろだ。

 それでも逃げ遅れた兵士を攻撃できるほどには知性が残っているのだから厄介だな。


「具体的な作戦は?」

「あいつを転ばせたいな。狙うべきは毛皮に覆われていない顔だ。毛皮は貫通できない」


 先ほどの一斉攻撃でも毛皮にはほとんどダメージがなかった。

 ゆえに俺の魔剣でも致命傷を与えることは出来ないだろう。


 しかし顔は違う。

 非常に残酷だが目を潰せば視界を遮ることが出来るし、鼻を潰せば嗅覚を封じれる。


 “相手が使えるカードを減らしていく”。


 強力な相手、格上の相手と戦う際には定石ともいわれる戦法だ。

 ギルドマスターがよく使っていた戦法でもある。


「私も提案しようと思っていた戦法だわ。でも相手はなかなか転んでくれなさそうね」

「そうだな」


 俺たちは目の前で仁王立ちをしているビッグシャドウベアーを見つめた。

 先ほどよりも警戒度が上がっているのが分かる。

 平常時のように、むやみに突っ込んでこないのがその証拠と言えるだろう。


 そうなると安易に近づくことが出来ないため、前衛タイプ一筋のイリナは特にキツイ。

 俺も魔剣士という立場上、どちらかというと剣を主体として戦うタイプだからな。

 厳しい戦いになることが予想される。


「今度は私の方から作戦を提案するわ。まずは魔法攻撃で後衛職にヘイトを向けさせる」

「なるほど。それで?」

「あいつの移動速度は遅い部類に入るから、攻撃される前に急いで前衛職が割り込む」

「べネック団長の攻撃の再現をするってことか?」


 逃げ遅れた兵士を助けたべネック団長の動きが、確かそのようなものだったはずだ。

 しかしイリナは嘆かわしいとでも言いたげに肩を竦めた。


「そんなわけないでしょう。ティッセが来たんだから、もっと効率的な作戦を展開するのよ」

「了解。詳しい話を……ダイマスとアリアのそばで聞こうか」


 俺の言葉にイリナは一瞬固まった後、魔力が足りない魔道具のような動きで頷いた。

 この反応は……。


「おいおい、まさか今まで忘れていたのか?」

「そんなわけないでしょう!」


 イリナは拗ねたように呟くと、ビックシャドウベアーの後方にある森を指で示した。

 そこを示すってことはまさか……。

 俺の嫌な予感は、次のイリナの言葉によって図らずも的中してしまうこととなる。


少しでも面白いと思ってくださったら。

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