『第四十七話 初めての依頼⑩』
コイツはヤバい。
最初から、俺とイルマス教の第三席が互角に戦えるとは微塵も思っていなかった。
しかし実力の差は予想以上。
俺の攻撃は聖属性のバリア、【ライトシールド】で無効化されてダメージが入らないのに。
彼女の従魔であるホワイトバード・シャドウの攻撃はことごとく俺にダメージを与えてくる。
まさに従魔と一心同体の攻撃だ。
「これならどうだ? 炎の剣よ……俺とともに舞い踊れ。火焔式の弐、【火炎演舞】」
「だから無駄だって言っているじゃない。【ライト・シールド】。からの……後ろからドーン!」
「ゴァッ!?」
俺はホワイトバード・シャドウに足を攻撃され、背中から無様に広い部屋を転がった。
ローザンはつまらなさそうに杖をしまう。
「Sランク冒険者もこの程度ですか。つまらないですわね」
「なんて奴だ……。俺の攻撃が一つも入らない相手なんて、今までの人生で初めてだぞ」
「それは光栄ね。でもあなたはもうすぐ死ぬのだけど」
感情のこもってない冷たい瞳がこちらを見つめている。
そして腰から短剣を抜いたかと思ったが、怪訝な顔をして抜いた短剣を再び腰に戻した。
一体、何だというのか。
「上からボスを放ったから撤収って指示があったわ。命拾いしたわね、ティッセさん?」
「そうか。今回ばかりは上に感謝だな。お前よりかはボスを相手にした方が楽だ」
「フッ……確かにそうかもしれないわね」
不敵な笑みを浮かべたローザンは、眩いばかりの光とともに消えていった。
こうなってしまっては【気配察知】でも追えないので、俺は戦いの終わりを感じて息を吐く。
長いようで短い戦いだった。
いや、戦いと言えるのかどうかは怪しいところだが。
俺はローザンに対して一つもダメージを与えていないし、これはいわばリンチなのでは?
「ティッセ殿、大丈夫でしたか?」
「強力な魔力が渦を巻いておりまして……。あなたが死んだのではないかと不安でした」
村長を初めとした村人たちが俺に駆け寄ってくる。
そんな中、ダイマスたちから送られたのであろう伝令がこちらに近寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「恐れながらご報告させていただきます。北部の戦線が崩壊。ロブル殿が負傷!」
「そして、ダイマス殿が胸を切り裂かれ、アリア殿は魔力切れで昏倒したとの連絡が」
もう一人伝令が入ってきたが、報告を聞いた俺は目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。
あれだけのメンバーが揃っておきながら戦線が崩壊しただと?
「ボスは何だ?」
「それが……予想ではビッグホワイトベアーでしたが、実際はビッグシャドウベアーでした」
「なるほどな。ここには窓がないから気づかなかったが、今は夜なのか」
「ええ。聖属性の魔物の性質を利用して、ロブル殿は夜に行動する作戦を決断しました」
伝令の言葉に俺は小さく頷く。
皮肉なことに、今回はその作戦が戦線の崩壊を招いてしまったということだろう。
ビッグシャドウベアーは、基本的なステータスはビッグホワイトベアーとほぼ変わらない。
しかし、夜になるとその強さは規格外となる。
『周りに光がなければないほど強くなるため、田舎に出現すると近くの村は助からない』
冒険者ギルドでは、こう評された凶悪な魔物だ。
そしてこのアマ村という場所は田舎で、当然のように明かりが少ない。
つまり、ビッグシャドウベアーは不運にも凶暴化しているということになる。
このままじゃ危険だな。
「すぐに行く。すまないが場所を教えてくれないか」
「分かっています。僕についてきてください」
伝令の案内で村長の家を出ると、すでに辺りは真っ暗になっていた。
王都と違って明かりを発する魔道具が設置されていないため、隣の家すらも見えない。
こりゃビッグブラックベアーも強くなるわ。
密かに呆れていると、とある人物のことを思い出した。
そいつがいれば、こんな事態にはなっていないのでは?
「第二王子はどうしたんだ? 確か西側でべネック団長と魔物を討伐していただろう?」
「それが……いないんです」
「いないだと?」
「ええ。べネック第三騎士団長だけはジュリア団長の軍勢とともに戻ってきましたけど」
つまり、第二王子はボスの登場を待たずしてアマ村を去ったということだ。
王子のくせに学力がないのか、あるいはべネック団長あたりの部下が帰らせたのか。
真相は分からないが、重要な戦力を失ったな。
そこからしばらく歩いていると、獣の叫び声のようなものが響いてきた。
まるで威嚇するようなこの鳴き声……まさか!?
最悪の可能性に考えが行きついた時には、俺は勢いよく走り出していた。
後ろから慌てたような伝令の声が追いかけてくる。
「突然走り出して……どうしたんですか?」
「今の鳴き声は凶暴化がワンランク上がったことを示す合図だ。このままじゃマズイ!」
「何ですって!?」
伝令の声が強張る。
三十秒ほどかけて到着した戦場は、はっきり言って地獄のような様子だった。
俺が運ばせたポーションの在庫はほとんど底を尽きており、目の前には大きな熊。
見るに、ビッグシャドウベアーは最高ランクまで凶暴化してしまったようだ。
まるで嵐のように鋭い爪を振るっている。
その時、逃げ遅れた兵士にビッグシャドウベアーの爪が無慈悲にも振り下ろされた。
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