『第四十二話 初めての依頼⑤』
俺は予想外の事態に目を丸くさせた。
隣国、フルフス王国の第三騎士団長がどうして気配を消して潜んでいたんだよ。
「失礼いたしました。現在、団長は出ておりますので代理がご挨拶をさせていただきます」
「ああ、構わない。申し訳ないが案内をお願いできるか?」
「もちろんでございます」
Sランク冒険者ともなると、どうしても上級の役人や貴族たちと関わることが増えてくる。
その時に培った接待術が役に立つときがくるとは思ってもいなかった。
ただ……この後どうしよう。
相手が案内を頼んできたから了承したものの、俺たちは本陣も決まっていない状態だ。
さすがに他国からの協力者と立ったまま会うというのは不敬ではないだろうか。
そんなことを考えていると、間が悪いことに団長代理のダイマスがこちらに近寄ってきた。
「ティッセ、やっと【ホーリーライト】の正体が掴めたよ。それでそっちの女騎士は誰?」
「私はフルフス王国第三騎士団長のジュリア=ラックだ」
ジュリアが無表情のまま身分を明かすと、ダイマスは目に見えて狼狽し始めた。
まあ、他国の騎士団長を“女騎士”呼ばわりしてしまったんだから慌てて当然だろう。
「僕はヘルシミ王国第三騎士団長代理のダイマス=イエールです。本当に申し訳ない!」
顔を青ざめさせながら必死に謝罪するダイマスに、ジュリアは小さく笑みを浮かべた。
この様子だと、どうやら気にしてはいなさそうだ。
俺はホッと胸を撫で下ろしたが、面倒な事態というのはそう簡単に収束しないものである。
「この私を女騎士呼ばわりとはいい度胸ですわね。ダイマス=イエール元宰相?」
ジュリアは無邪気な笑みのままダイマスに噛みついた。
これはマズイ。
俺たちだけでは魔物の氾濫は抑えられないため、ジュリアたちの力が必要なのだ。
このままでは、ジュリアたちが怒ったままフルフス王国に帰ってしまう。
しかしダイマスは関係修復に努めるのではなく、呆気に取られたような表情で問いかけた。
「どうして僕の名前と過去の肩書きを?」
「あなたの後を継いだ宰相が周辺諸国との関係を悪化させまくっているからよ」
ジュリアが面倒そうに答える。
またあの無能宰相が関わっていたのか。
ダイマスが築いてきた関係を崩しにかかるなんて、もう正気の沙汰ではない。
完全に皇帝の犬だな。
「それと僕と何の関係が?」
「お前がどこに消えたのか探そうとする勢力が現れたのよ。恐らくは反乱狙いでしょうね」
「面倒だな……」
ダイマスが周辺諸国で渦巻く陰謀を理解したのか、苦い顔で吐き捨てるように呟いた。
要するに、ダイマスを再び宰相にしようとする勢力が現れたということだろう。
彼を支持していた者の多くは商人だったからな。
リーデン帝国と商売が出来なくなると儲けが少なくなるので、彼らとしては看破できない。
しかし表立って帝国に反旗を翻すわけにもいかないため、相当苦労したはずだ。
そして出された結論が失踪したダイマスを見つけ、再び宰相になってもらおうという案か。
彼らには悪いが、極めて愚かな判断だと言わざるを得ない。
まず第一に、ダイマスは自分で志願して辞職したわけではないということだ。
少なくとも皇帝が変わるまでは、解雇されたダイマスが復職することは不可能であろう。
次に問題なのは本人にその意思がないということだ。
ダイマスが皇帝を排除してでも宰相職にしがみつくような奴なら、この国には来ていない。
帝国内であらゆる策を打っていたに決まっている。
「絶対に成功しないことをやろうとしている愚かな商人たちの集団だけど……厄介だわ」
「最悪の場合、帝国側から暗殺者のような手練れが送られてくる可能性がある」
俺が補足すると、二人は揃って驚いたような顔をした。
今回のような状況で反乱を防ぐには、相手の大義名分を破壊する方法が最も有効だ。
そして商人たちはダイマスのために戦おうとしている。
すなわちダイマスを殺せば大義名分が消えるから、そうすることが一番の近道だろう。
「ティッセ殿は何者だ?」
「元Sランク冒険者ですよ。頭も相当に切れることから“赤の賢者”とも呼ばれていました」
ダイマスが妙な説明をした。
確かに俺は元Sランク冒険者ではあるものの、そんな二つ名をつけられた覚えはない。
前に聞いたことがあるのは『緋色の魔剣士』だけだ。
「赤の賢者? そんな二つ名は聞いたことがないぞ。ダイマスが考えたのか?」
「王城の役人がティッセのことを呼ぶときに使っていたんだ。僕が考えたんじゃないよ」
「ダイマス殿が考えていれば面白かったものを……」
ジュリアが妖しく微笑んだ。
どうやら彼女は人をからかうことが好きらしく、少しでも面白そうなネタがあれば飛びつく。
「ティッセ、ジュリア殿の部隊を指揮してくれ。僕は自信がない」
「どうして俺なんだ? 言っておくが俺も大軍を指揮した経験は一度としてないぞ?」
「君の指揮能力の高さを知っているから。“ローザン峠の戦い”といえば分かるかな?」
「――っ!?」
俺は思わず歯噛みした。
その戦いで、俺はSランク級の魔物であるゴールデンボアの討伐隊を指揮したのだ。
結果としては死者なしに終わったが、それはギルドマスターが極秘で俺の参謀役となり、奇想天外の策を
俺に色々と授けてくれたからこその結果だ。
決して俺だけの力ではない。
むしろ、全てギルドマスターの力だと言ってしまっても過言ではない気がする。
「そこまで俺のことを評価しているのなら誤解の域に近い。俺に指揮能力なんてないぜ」
「前の戦いはギルドマスターのおかげでしょ? そんなの知っている」
「じゃあ何で? 知っててどうして俺に指揮を依頼した!?」
どれだけ頭を働かせてもダイマスの意図が見えてこない。
少々荒っぽいやり方で問いをぶつけると、ダイマスは酷く辛そうな表情で俺のことを見た。
「ティッセがまだギルドマスターに縛られているからだよ」
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