『第四十一話 初めての依頼④』
剣についた血を虎の毛で拭いながら、シルさんが正面に視線を向けた。
「それで……西から感じる気配の正体は何だい?」
「僕が持っている【分析】の能力が弾かれたので、正確なデータは分かりませんでした。ただ、少なくとも敵意を持ってはいないようですね」
ダイマスが分析の結果を報告する。
宰相として多くの死線を潜り抜けて来たダイマスの【分析】を弾いたというのは気になるな。
よほど辛い境遇で過ごしてきたのか、はたまた所持している能力が希薄なのか……。
俺が首を傾げていると、右手の方角から血相を変えたべネック団長が駆けてきた。
その目は驚愕に彩られており、予想外の事態が起きたことを雄弁に語っている。
「べネック団長、どうしたんですか?」
「この位置からだと強い気配が感じられるだろう? 気配の正体は第二王子だったのだ」
「えっ……第二王子って【神の加護】持ちの!?」
べネック団長の報告を聞いたアリアが目を大きく見開いた。
確かに【神の加護】を持っていれば強力な気配は出せるし、【分析】も弾くことが出来る。
つまり、あれは本当に第二王子ってことか。
「でもおかしくありませんか? こんな危険な場所に第二王子を連れて来るなんて」
「ああ。普通ならばありえないことだ」
べネック団長が顔を歪めながら第二王子がいるであろう方角を睨みつける。
つまり何らかの陰謀が働いたということだ。
そしてわざわざ魔物の氾濫が起こっている地に派遣する理由は一つしか思いつかない。
「誰かが第二王子の暗殺を試みていると?」
「あまり大きな声を出さないでくれ。ほぼそれで間違いないだろうというのが私の考えだ」
声を潜めたべネック団長が頷く。
初任務だというのに、いきなり誰かの陰謀に巻き込まれるとか勘弁してくれよ。
しかも犯人は恐ろしく狡猾だぞ。
もし誰かに暗殺を疑われたとしても、『【神の加護】を持っている第二王子に魔物の討伐をしてもらおうと思った』という言い訳が使える。
せめて初任務くらいは純粋な依頼が良かったなぁ。
そんな俺たちの願いは、次に発せられたべネック団長の言葉で早くも崩れ去った。
「私はこれより第二王子の護衛に向かう。代理としてダイマスが指揮を執れ」
「僕ですか……分かりました。このダイマス=イエールの名にかけて作戦を成功させます」
「ああ、頼んだぞ」
べネック団長はそれだけ言うと、第二王子がいるであろう方角へ向けて駆けていく。
後に残された俺たちはしばらく呆けていたが、ダイマスが周囲を見回して低い声で呟いた。
「見られている……」
「誰かいるのか? 【気配察知】には引っかからないが」
俺の能力であれば村全体を察知できるはずなので、見逃しということはあり得ない。
つまり考えられるのは、相手が余程の手練れということだけだ。
「隠れているのは怪しいが、今は戦うしかない。こうしている間にも被害が酷くなっている」
「そうだね。みんな武器を用意して!」
ダイマスが声を張り上げ、俺たちが剣や精霊などそれぞれの武器を準備した。
そしてこちらに近寄って来る魔物を視認した途端、ダイマスは毅然とした口調で叫ぶ。
「まずはアリア、氷魔法を発射! 対象は前方にいるホワイトウルフ!」
「はい! 氷の精霊よ、私の求めに応じて敵を凍らせろ。【フローズン】」
アリアが放った氷魔法は敵の足元を氷で包み、徐々に凍らせる範囲を上に伸ばしていく。
ホワイトウルフの足が氷に包まれたところでダイマスは突如、撤退命令を出した。
「――っ!? 総員撤退!」
俺たちが急いで後退すると、先ほどまで俺たちがいた場所に純白の光が命中する。
あれは【ホーリーライト】!?
放った人物の味方なら無害だが、敵意を抱いている人物には地獄の痛みを与える光。
それが聖属性の上級魔法【ホーリーライト】だ。
もう一つ分かるのは、この技を放ったであろう魔物は空中にいるということだ。
しかし俺の【気配察知】には何も引っかからない。
どれだけランクが高いんだ!?
「アリアは上空を監視。ティッセが何も言わないということは能力が及ばないということだ」
「ご明察だな。この場所に来てからどうも能力が不発だ」
もちろん能力は正常に使えるが、威力や精度がいつもに比べて低い気がしてならない。
第二王子の気配を強大だと思ってしまったのも恐らくそれが原因だ。
いくらレアスキルを持っていたとしても、ギルドマスターより強いというのは考えられない。
「イリナは剣でホワイトウルフを倒して。僕とティッセは周囲を警戒。アリアを守るよ」
「ああ」
俺は短く返事をすると、能力をいつもより強めに発動させて現状把握に努めた。
すると先ほどまでは気配を感じなかった虎型の魔物、ホワイトタイガーが近づいてくる。
念のため一回転して調べてみたが、他に不審な気配はない。
「二時の方角にホワイトタイガーが一体。それ以外は近づいてくる様子はないね」
「それならティッセはホワイトタイガーの討伐に当たって。僕は引き続き奇襲を警戒する」
「了解。元Sランク冒険者の意地を見せてやる」
俺は余裕を感じさせる動きで歩いてきたホワイトタイガーに向き合う。
こちらを睨みつけてくる獰猛な瞳と目があったとき、俺は強烈な違和感に襲われた。
一見しただけでは普段と変わらないはずなのに、何かが引っかかる。
「グォォォォォ!」
「いきなり突っ込んでくるか。火の精霊よ、我の剣に宿れ。【炎剣】」
俺は低級の魔法剣で迎え撃とうとしたが、相手が突然何かに操られたかのように後退。
再び膠着状態に陥る。
その行動に違和感は増していくばかりだったが、【気配察知】が妙な気配を捉えた。
異常がなかったはずの空間からべネック団長クラスの気配が見え隠れしているのだ。
やがてその気配の主が完全に姿を現した。
「なるほど、狂獣化か。氾濫の原因は人為的な魔力溜まりだな」
「待て! 俺はヘルシミ王国第三騎士団所属のティッセ=レッバロンだ。怪しい女騎士、まずは名を名乗れ!」
「あら失礼ね。私はフルフス王国第三騎士団長、ジュリア=ラックよ」
不満げな様子でそう呟いたのは、紫色の髪を風に靡かせた妖美な女騎士だった。
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