『第三十九話 初めての依頼②』
翌日、俺たち第三騎士団は馬車に乗ってヘルシミ王国を横断していた。
魔物の氾濫は俺たちがいた中心部ではなく、西側の国境付近で起こっているらしい。
「ちなみにティッセが考える原因は何だ?」
流れる景色をボーっと眺めていると、べネック団長から問いが飛んできた。
これは冒険者時代の知識を使って答えろということか?
それならば答えは一つ、魔力溜まりだ。
魔力が固まることで発生する魔力溜まりは、魔物を大量に召喚する装置として活動する。
迷宮の奥などの深い場所に発生することが多いため、冒険者からすれば厄介な存在だ。
俺もギルドマスターと一緒に消滅させたことがあったっけ。
風魔法をメチャクチャに発動させたときのように、規則なく強力な魔力が渦巻いていた。
あれ……低ランク冒険者は耐えられないんじゃないか?
「魔力溜まりだと思います。現地の様子を見ていないので、何とも言えないですけど」
「私も同感だ。現場を見てみないと分からないな」
べネック団長が顔を歪めた。
そもそも、今回の事件の異常さが今のセリフから分かるというものだ。
普通は魔物の氾濫などという事態が起こった段階で、詳しい原因究明が行われるはず。
しかし、“現場を見てみないと分からない”というように、今回は原因すら分かっていない。
被害状況なども当然のように入ってきていない。
こんなに不透明な状態での作戦は極めて危険だと思うのだが……どうなのだろうか。
「もうすぐ東と西と繋ぐ街、ミディに到着しますよ」
「分かった。明日は何時に出発だ?」
「七時には出たいですね。その時刻よりも遅くなってしまうと、指定時刻に間に合いません」
御者さんが銀色に輝く時計を見ながら言う。
べネック団長も、騎士団に無償で支給される共用の時計を見ながら頷いた。
「七時だな。場所は……面倒だから宿の前でいいか」
「ええ。それでお願いします」
二人の会話を聞きながら景色を眺めていると、馬車は門をノーチェックで通り過ぎていく。
この御者さん、信用あるベテランとかかな?
「もうすぐ宿に到着いたしますので、降りる準備をしておいてくださいね」
「魔法を使う者は杖を忘れないようにな。他の騎士団でも忘れていく者が多くいるそうだ」
べネック団長の注意勧告を聞き、アリアが慌てて杖を腰に差していた。
出発の前に新調したんだな。
やがて馬車がとある建物の前でピタッと止まった。
外見だけならばギルトとそんなに変わりはないが、明らかに漂う雰囲気が違っている。
ギルドには筋骨隆々とした冒険者たちが集まるからな。
絶えず一定数の殺気を感じていたが、この建物からは温かい雰囲気が伝わってくる。
「それでは、明日の七時にお会いしましょう」
「ああ。わざわざ依頼を引き受けてくれてありがとうな。やっぱりシルの運転は上手い」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
突然二人の口調が砕けたものになった。
御者のシルさんとべネック団長が知り合いだと察した俺たちは、無言で宿に引っ込む。
知り合い同士の時間を邪魔するのは躊躇われるからね。
宿に入って受付に行くと、女将さんらしき人物がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「いらっしゃい。何人だい?」
「五人です。一人は外で話しているので、先に部屋を取っておこうと思いまして」
俺が答えると、女将さんは難しい顔をして黙ってしまった。
まさか部屋が空いてないとかじゃないだろうな。
ダイマスたちと顔を見合わせていると、女将さんが申し訳なさそうに漏らす。
「ゴメンね。今は二部屋しか空いてなくて……。三人と二人に分かれてくれないかい?」
「分かりました。しばらく考えさせてください」
ダイマスがそう言うと、受付から離れて壁際に向かう。
俺たちが壁際に集まったのを見計らって、彼が口火を切った。
「僕たちの中の誰かがべネック団長と二人になるのがいいと思うんだよね」
「確かに。団長さんを三人部屋に入れるというのは抵抗があるわ」
アリアが頷く。
俺たちの初任務だからかなり気を配っているみたいだし、ゆっくり休んでもらいたい。
さらに、べネック団長が三人部屋にいると二人部屋の方の戦力が弱くなってしまう。
それだけは絶対に避けなければならない事態だ。
「問題は誰がべネック団長と寝るかなんだけど……」
「やっぱりアリアじゃないかしら。魔法が使えるし、近接戦闘の団長には相性がいいわ」
「何でよ。お姉ちゃんが行けばいいじゃない。剣の極意とか聞けるかもよ」
「どうして二人はわざわざ争っているんだよ……」
周りの客に配慮をしているのか、静かに言い合う二人を見つめながらため息をつく。
俺が行ってもいいのだが、べネック団長と別れていたほうが安全だろう。
冒険者時代の名残りで睡眠時間は少なくていいし、そこそこ戦えると自負しているからな。
そんなことを考えていると、べネック団長が宿に入ってきた。
「んっ? みんなで固まって何をしているのだ?」
「部屋が二つしか空いてなくて、三人と二人に別れないといけません。それで、誰がべネック団長と一緒になるかで揉めているところです」
簡潔に今の状況を説明すると、べネック団長は大きなため息をついて項垂れる。
そして、手を叩いてイリナたちを黙らせた。
「私の答えはアリアだ。そうすれば両方の部屋に剣士と魔法使いを配置できるからな」
「えっ!?」
べネック団長から指名されたアリアが驚きの声を上げてダイマスを見やる。
しかし、納得したようなダイマスを見て諦めたように承諾。
部屋割り騒動はべネック団長の一言であっけなく決着がつくことになった。
「それよりも夕食の方が重要だ。今のうちにしっかりと食べておけ」
「宿に泊まれるのは今日だけですからね。確かに食べておいた方がいいかもしれません」
イリナが酒場を見やる。
多くの冒険者らしき人物が食事をしていたが、その中で異彩を放つ怪しい人影がいた。
あれは……教会の服装?
ダイマスの能力を見に行った教会のシスターが来ていた服装に似ている気がする。
「警戒だけはしておくか……」
俺は誰にも聞こえないような声で呟き、酒場に向かうメンバーの背中を追うのだった。
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