『第十九話 脱出への戦い(Ⅴ)』
いくら実戦に慣れている俺といえども、さすがに連戦は厳しいものがある。
今日は既にギルドマスターの軍と戦っているんだぞ。
「随分と動きが鈍いじゃないか。そんな弱々しい攻撃ではBランクパーティーは貫けん!」
「クッ……さすがに体が辛いね……」
文官タイプのダイマスは俺よりもキツイはずなのだが、やけに緻密に攻撃できている。
苦しそうな言葉とは裏腹に、まだまだ戦えそうな雰囲気を纏っているな。
「リーダー。既に十人のCランク以下がイリナ=グリードの剣術でやられています」
「大声で味方の壊滅を報告するんじゃない! 敵の士気を大きく上げるだけじゃないか!」
慌ててリーダーが伝令を押し留める。
あのリーダーは……マッデンと同じAランク冒険者のオーラン=ブラスか。
鷹の目という、戦闘時に最も効率の良い戦い方が分かる能力を保持していたはずだ。
しかし、今の報告を聞き逃す理由はないため、合図を受けたデールさんが動く。
杖の形をした魔道具を取り出して敵に発射した。
「ステッキ・ガンか。さすが王家直属の護衛隊だけあって、いいものを持っているな」
「それって魔力を圧縮して放てるっていう……」
遠距離用魔道具、ステッキ・ガンはヘルシミ王国が発祥といわれる攻撃武器の一つだ。
使用者の魔力を圧縮して発射する方法をとり、弾の強度は鉄よりも硬い。
王家に関わる者しか使用できないことでも有名である。
「ヘルシミ王国の狼か。厄介な組織が罪人ごときの護衛についてやがんな……」
「彼らは第三騎士団のメンバーだからな」
「他国に雇われたってわけか。それなら報奨金がたんまりと貰えそうだぜ!」
背後からマッデンが襲い掛かってくる。
気配察知の能力で既に予測していた俺は、軽くステップを踏んで攻撃を回避。
ついでにカウンターを仕掛ける。
しかし、俺が振るった剣はマッデンによって鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。
「さすが元Sランクといったところだな。だけど……砂糖のように甘いっ!」
「――まさか剣ごと返す気か?」
いくらカウンターを仕掛けられたといっても、俺はまだまだ十五歳の小僧である。
対して、相手は筋骨隆々としたベテラン冒険者の男だ。
腕力の差は歴然のため、俺は動揺を必死に隠しながら魔法を込める準備をしておく。
精霊使いに奪われてもマッデンを跳ね返せれば……。
「火の精霊よ、我の求めに応じて剣に宿って力を貸してくれ。【獄炎斬】」
「精霊を捕縛っ!」
予想通り、精霊使いが戦いの隙を突いて仕掛けてきたが俺は跳ね返し終えている。
何とか腕力勝負は避けられたか。
「精霊を犠牲にして腕力勝負を避けたか。裏切り行為はお手の物ってわけだな」
「まあ、そうかもしれないな」
こちらの動揺を狙ったつもりだろうが、元々俺は数々の戦場をくぐってきた冒険者だ。
その程度の発言で動揺するはずもない。
「ティッセ、もうすぐで精霊使いの男が倒れるはずだ。もうしばらく耐えてくれ」
「分かった。あんまり無茶はするなよ」
ダイマスからの吉報を聞いたマッデンは、舌打ちをすると一歩ずつ後退していく。
防御に専念するということは俺を倒すチャンスなのに、どうして自分から下がるんだ?
どんどんと自分から遠ざかる気配を感じていたとき、とある能力の存在に気づいた。
ハッとした途端に背中を痛みが突き抜ける。
「グアッ!?」
「やっぱりテメェだったのか。俺の金を横取りしようとしやがって!」
報奨金目当てで戦闘に参加していたマッデンは激昂し、背後にいた人物に襲い掛かった。
しかし、彼の攻撃は空を切る。
「一体どこに向かって剣を振っているのです? そんな速さの攻撃で僕を斬れるとでも?」
「ギルドのバケモノめ……」
マッデンは悔しそうに舌打ちすると、オーランと戦っているイリナに向かって駆け出す。
彼女だけでも捕縛しようという算段か。
「やっぱり……あんただったんだな。副ギルドマスターのマルティーク=ラーズ!」
「お久しぶりですね。我が帝国を裏切った悪の魔剣士さん」
血で濡れた視界に銀髪と眼鏡が映る。
いつも涼しい顔をしているなと思っていたが、戦場でもその顔かよ……。
「残念ですが逃避行は終了です。門の前にいるのは最終防衛用に集めた部隊ですから」
「俺たちには倒せないってか。バカバカしい」
ひとまず強がっておく。
仲間たちはそれぞれの相手と戦っているため余裕がなく、俺を助けることは出来ない。
「私のみの攻撃で地に伏した魔剣士がよく言いますよ――んっ?」
マルティークが疑問の声を上げたとき、視界の端から一人の女が歩み寄って来た。
あれは……べネック団長!?
「うちの団員に随分と手荒な真似をしているようだな。団長として見過ごせないレベルだ」
「体が動かないのは威圧の能力ですか。なぜあなたが……」
「お前たちは積極的に他の国と関わろうとしないからな。魔道具に決まっているだろう」
べネック団長は黒い笑みを浮かべる。
今の言い方だと、ヘルシミ王国には個々の能力を再現できる魔道具が存在するのか。
もしかしたらデールさんさんが使っている魔道具もそれなのかも。
旅館での一幕に絞れば、あんなに早く走れるなんて魔道具の力だとしても異常だしね。
「私がこれを発動させている限り、こいつらは動けない。早く馬車に乗れ!」
べネック団長が険しい顔で馬車を指し示す。
俺たちはお互いに顔を見合わせながらそれぞれ動き出した。
ダイマスが精霊使いの男に剣を突き立てたあと、俺の傷を光属性の魔法で癒してくれる。
回復した俺は急いで馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車が通る道を作っていたイリナ、デールさん、アリアも乗り込んで準備は完了。
御者席に座ったべネック団長の運転で開いている門へと進む。
「それでは。ごきげんよう」
「私たちリーデン帝国ギルドは、絶対に諦めませんからねっ!」
ダイマスの一礼に対し、マルティークが恐ろしい形相で怒鳴っている。
普段は無表情な奴だから、こうして取り乱している姿はレアだと言ってもいい。
冒険者の何人が彼のこういう姿を見たことがあるだろうか。
「何か怖いことを言っていましたが……これで私たちは追跡を逃れられたのですね」
「そうだね。僕たちの物語はここからだ」
アリアの興奮じみた呟きに、ダイマスが拳を突き上げながら叫ぶ。
俺たちはみんなで一斉に笑った。
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