『第百四十一話 諸侯会議①(ハル視点)』
諸侯会議が始まった。
貴族の当主たちが一堂に会すると、それなりに迫力があるな。
表面上は真面目に皇帝の話を聞いているふりをしながら、私はそんなことを思う。
そもそも諸侯会議は貴族同士の争いを決着するために開催されるのだ。
他国では裁判所なるものがあるらしいが、リーデン帝国ではこれが裁判にあたる。
それぞれの家の利害が重なり、なかなか判決が出ないという欠陥会議なのだが。
平等性なんてあったものではない。
「それでは最初の議題は?」
「皇帝陛下、恐れながら私めに提案させていただきたく存じます」
「マルク公爵か。いいだろう」
手を挙げたのは、私たちレッバロン子爵家の宿敵であるマルク公爵である。
おいおい、最初からあいつと対決しなきゃいけないのか。
寝不足で上手く働かない頭を無理やり回転させて、事前にたてた作戦を思い出す。
「議題というのは他でもない、レッバロン子爵家についてだ」
「ほう、我が家についてですか」
ここは余裕を見せておくに限る。
堂々としていれば、相手が難癖をつけているだけという方向に持っていきやすい。
「皇帝陛下にも幾度か申し上げていますが、まず魔物を討伐しません」
「討伐隊を組むお金がありませんからね」
「そのせいで我が領に魔物が流れ込んできて、多数の領民が負傷しています」
いかにも深刻そうに言うマルク公爵。
しかし、自分が通行料として法外なお金を巻き上げていることは隠している。
相変わらず卑怯な奴だな。
「税を納めるのも一番最後なのでしょう?」
「ああ、そうだな」
「しかも後継ぎになるはずだった男児は蒸発し、家督を継いだ母親は病に倒れた」
それがどうしたというのか。
ティッセに関しては、諸侯会議が終わったら冒険者ギルドに突撃してみますが。
本当にやるべきことが多すぎるな。
「果たしてこんな状態にあるレッバロン家が貴族にふさわしいのでしょうか?」
「ふさわしくないな」
「魔物の討伐隊も組めないほどお金がないのならば、権利を放棄するべきだ!」
あちらこちらから声が上がる。
マルク公爵は満足そうに頷いているが、同意しているのは自分の派閥の奴だけな。
敵派閥の奴らは私の方を心配そうに見ているぞ。
「なるほど。レッバロン子爵代行、何か弁明があるか?」
「ええ、大いにありますわ」
毅然とした態度で立ち上がり、机の上に置いておいた資料を配りながら喋る。
さあ、ここからは私のターンだ。
「そもそも、我が領にお金がないのはマルク公爵に原因があるといってもいい……」
「お前は何を言っているんだ!?」
「私が喋っている最中なんですけど。マルク公爵は少し黙っていてください」
あの爺、本当にイラつくわ。
能力が【邪神の加護】だと分かったあの日から、少し怒りっぽくなった気がする。
顔を真っ赤にして震えるマルク公爵を横目で見ながら、資料を配り終えた。
「さて、資料の一ページ目を見てください」
「これは何ですかな? 日付けと数字がたくさん書かれていますが……?」
「アロン男爵。あなたはレスト伯爵領を通るときに通行料を払っていますか?」
爺を倒すための作戦その一。
わざわざアロン男爵に尋ねることで通行料を取るのがおかしいと印象づける。
レスト伯爵は通行料を取っていないことはもちろん調査済みだ。
「いいえ、払っていませんが」
「その資料は、私たちがマルク公爵家に払った通行料の金額を記したものです」
会場がざわつく。
先ほどまでマルク公爵に完全同意していた貴族たちの笑顔が凍り付いた。
「ご存じの通り、私たちはマルク公爵の領地を通らなければ王都に来ることができません。それをいいことに、彼は法外な通行料を要求しているのです」
気分は舞台女優である。
あえて弱々しく話して、マルク公爵と対立している派閥の協力を得やすくする。
これが爺を倒すための作戦その二だ。
「そ、そんなの出鱈目だ!」
「証拠がないではないか。私たちが法外な金額を要求したという証拠はどこだ?」
「ロバン公爵、あれを」
私はマルク公爵の隣に座っているロバン公爵に合図を出した。
ロバン公爵は我が家と仲が良い上級貴族であり、マルク公爵と対立している。
悪い笑みを浮かべたロバン公爵が出したのは、録音水晶。
水晶のような形をした魔道具で、魔力を流すと周囲の音を録音できる優れものだ。
今回は特別に貸してもらっていたのだ。
「それは……」
「皇帝陛下もご存じだとは思いますが、周囲の音を録音できる魔道具でございます」
「ああ、分かっている」
ロバン公爵がスイッチを入れると、四時間ほど前の音声が流れてくる手筈だ。
つまり私が乗った馬車がマルス公爵領に入るところである。
『止まれ、レッバロン子爵の馬車だな?』
『そうだが』
『通行料、金貨百六十枚をもらおうじゃないか』
『はっ?』
『払わないと通さないぞ。まさか諸侯会議を欠席するわけにはいかないよなぁ?』
これで録音した音声は全てだ。
声が流れなくなっても、全員がしばらく硬直したまま無言の時間が流れた。
「そ……」
「そ?」
「その音声は自作自演に違いない! それか門番が勝手に言ったことだ!」
まあ予定通りだな。
この爺が素直に罪を認めるわけがない。
「そうだ!」
「マルク公爵がそのようなことをするはずがない!」
「偽装するとは卑怯なっ!」
同じ派閥に所属している貴族も勢いを取り戻し、ここぞとばかりに責め立てる。
もともとこいつらは眼中にないし、どうとでも言ってくれて構わない。
だけどマルク公爵たちよ、私が用意している作戦がこれだけと思っているのかな?
そんなわけないだろ?
お前はこの諸侯会議で完膚なきまでに叩きのめしてやるよ。
そうしないと私の夢が叶えられないからな。
「この手は使いたくありませんでしたが……こうなっては仕方がありませんね」
「皇帝陛下、少しよろしいでしょうか」
手を挙げたのはロバン公爵だ。
皇帝と公爵を相手取るのに子爵では役不足のため、助けを求めるつもりだった。
これで完全にロバン公爵の派閥を味方に取り込めたな。
さあ、最終決戦と行こうじゃないか。
「ロバン公爵か、いいだろう。発言を許す」
「ありがとうございます」
ロバン公爵はゆっくり立ち上がり、私と同じように資料を配り始めた。
さすがにこれがあればマルク公爵を倒せるだろう。
だけど、何なのだろう。
私の目の前でニヤリと笑うマルク公爵から感じる、嫌な予感は。
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