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『第百四十話 貧乏子爵家(ハル視点)』

 お父様が教会の人に殺されてから一年が経った。

 冒険者になるために出て行った兄は音沙汰がなく、何をしているのか不明。

 お母様はあの日から塞ぎ込みがちになり、ついに病に倒れてしまった。


 再婚相手もおらず、レッバロン子爵家の家計は私と複数のメイドが担っている。

 実を言うとかなり厳しい。


「ハル様、大丈夫ですか?」

「このくらい、どうってことないわよ。それよりもギルドへの問い合わせは?」


 ドレスに刺繡を施しながら、私は愛想笑いを返す。

 本当は今にも倒れそうなほど眠いけど、これが終わらないと今月の税が……。

 全く、あのバカ兄はどこにいったのか。


「駄目です。悪戯だと思われたのか、何も教えてくれませんでした」

「ちっ、ギルドって本当に面倒ね」


 こっちはお兄ちゃんがどこにいるのか知りたいだけだというのに。

 悪戯も何もないでしょうが。

 まさかギルドに居場所を尋ねたうえで、襲おうとしていると思われたとか……? 

 お兄ちゃんってそんなに弱かったっけ。


「ハル様、マルク公爵がご来訪されました。何でも魔物について話があるそうで」

「分かった。応接間に案内して差し上げて。すぐに準備するわ」


 メイドが一礼して去っていくと、私は部屋の脇に吊るされているドレスを着る。

 領地の財政には本当に余裕がない。

 少しでも支出を減らそうと、使用人の一部を紹介状を持たせて送り出した。

 そのため私の世話係みたいな人はいない。


 ちゃちゃっと支度を済ませて応接間に入ると、鬼の形相をした爺が座っていた。

 マルク公爵。

 今年で六十歳になるやり手の公爵で、私たちと領地が接している。


「レッバロン子爵代行、こうやって抗議をするのも何回目ですかな?」

「申し訳ありません。討伐隊を編成するお金もない有様でして」


 マルク公爵は挨拶もそこそこに本題を切り出した。

 抗議の内容は、「そっちから魔物が流れ込んできている」というものだ。


 そんなの分かっている。

 お金があったら、魔物の討伐隊ごとき何回でも編成してやるよ。

 

 だけどしょうがないだろ。

 こっちは父も兄もいないし、母は病気で、十三歳の私が当主代行なんだから。

 そのくらい察してくれよ。

 

 まだまだ言いたいことはたくさんあるが、それらを完璧に抑え込んで謝罪する。

 その度に心の中に巣食う邪神が反応する。


「ふん、そんなに金がないならさっさと貴族の資格を放棄すればいいものを」

「ご用件はそれだけでしょうか。現状では頑張るとしか答えようがありませんが」


 こんな失礼な爺に費やす時間がもったいない。

 嫌味しか言えないような狸に時間を消費するくらいならば、もっと内職をする。

 そしてお金を稼ぐんだ。

 幼いころからの夢を叶えるために、一秒たりとも無駄にできない。


 私はなおも喚き続けるマルク公爵を無視して、刺繍の続きをするべく自室に戻ろう

とした。


「――っ!」


 その途中、立ち眩みに似た症状を起こして近くの壁にもたれかかる。

 睡眠時間もギリギリまで切り詰めているから、弊害が出てしまったのだろうか。


「ふぅ……大丈夫」


 頬を軽く叩いて気合を入れ直し、やりかけだったドレスの刺繡を続ける。

 しかし物事とはこうも上手くいかないものなのか。

 背後から視線を感じて振り返ると、なぜかマルク公爵がこちらを見ていた。


「何ですか?」

「惨めだと思ってな。平民になればそのような苦労をせずに済むものを」

「そうですか。作業の邪魔なのでさっさとお帰りください」


 この爺はレッバロン子爵家の領地が欲しいのだ。

 だからしつこく平民になるよう進めてくるし、わざわざ皇帝に不満を訴えている。


 皇帝もしっかり調べろよな。

 爺がでっち上げた罪を完全に信じ、数々の罰を下してくるのだからたまらない。

 そのせいでこっちがどれだけ苦労していると思っているんだ。


「ちっ、本当に可愛げのない娘だ。諸侯会議のときは覚悟しておけよ」

「わざわざ田舎までご来訪くださりありがとうございます」


 皮肉げなセリフで返してやる。

 うちの領地を田舎だと揶揄しているのに、そこを手に入れようと画策するとか。

 面白過ぎて涙が出てくるよね。


「ハル様、諸侯会議への出席命令が出ていますが、どういたしますか?」

「どういたしますかも何も、皇帝から命令が出ているんだから出るしかないわ」


 正直に言えば、平民になったところで何ら問題はない。

 実質的には私の夢に身分は関係ないし、むしろ重い税や責任から逃れられる。

 だけどタイミングが悪かった。

 私の夢を叶えるには魔法大学に通うことが必須だが、この大学が曲者なのだ。


 この大学、貴族の子息子女しか通えないのである。

 現在のレッバロン子爵家は母が継いでいて、私が執務を代行しているという形だ。

 だからギリギリ条件は満たしている。

 ちなみにあのバカ兄が出奔していなければ、今頃は兄が継いでいたはずなのだが。


「分かりました」

「あの爺が余計なことをするから手間がどんどん増える。本当に厄介だわ」


 どうせ諸侯会議でも散々詰られるに違いない。

 こっちも対抗手段を用意しなければならないから、さらに手間とお金がかかる。

 最終的に内職が増えるというところに行きつく。


 私は嘆息しながら部屋を見回した。

 二年前まで綺麗に片づけられていた部屋は散らかり放題で、足の踏み場もない。

 それなのに調度品はほとんどないという矛盾。

 既にほとんどの調度品はお金に換えられており、嫌がらせの補填に使われている。


 何度でも言おう。

 隣の領地で贅沢三昧している爺が厄介なのだ。


 うちだけ税が二倍だったり、マルク公爵領を馬車で通るときに法外な金額を請求されたり、あまつさえ皇帝まで味方につけているのだから最悪だ。


 うちの領地から皇都に行くためには、必ずマルク公爵領を通らなければならない。

 そこに皇帝が登城命令を出してみろ。

 私たちは確定で法外な金額を請求されるということじゃないか。

 こうすることで、二人は定期的に私たちからお金を巻き上げているのである。


 さらに狡猾なのはここからだ。

 マルク公爵は私たちから巻き上げたお金の六割を無条件で皇帝に献上している。

 皇帝側からすれば、登城命令を出すだけでまとまったお金が入るのだ。

 味方をしない理由がないよね。


 こうして私たちは皇帝と公爵家という二勢力から嫌がらせを受けることになった。

 もちろん味方などいるはずがない。

 この国で皇帝に逆らうということは、すなわち社会的地位の放棄なのだから。


「さーて、どうしたものか」


 メイドが去って一人になった部屋で考える。

 諸侯会議ではマルク公爵だけでなく、皇帝も納得させなければならないのだ。

 それ相応のカードが求められる。


「録音水晶を使って……あとはこっちから要求してもいいかも。ふふっ、面白くなってきた」


 邪神に魅入られた少女。

 周りからそう呼ばれて敬遠されてしまった不運な伯爵令嬢の逸話がある。

 その伯爵令嬢は自分を捨てた婚約者への復讐に燃えた一生だったらしい。


「私も一緒かもね」


 今回、皇都に行く理由はなにも諸侯会議のためだけじゃないんだよ?

少しでも面白いと思ってくださったら。

また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!

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