『第百三十六話 激戦、母子の一騎打ち(中)』
さて、こうなってしまっては私には打つ手はないと言ってもいい。
母は【透明化】の能力の効果で姿を消せるのだ。
姿を消されてしまったら光魔法しか効かないが、私は光魔法を使えない。
実体がない人をどう攻撃しろというのだろうか。
気絶だけはさせられまいと剣を構えていると、三メートル先に母が現れた。
「リーデン式剣術の陸、【大雪を駆ける人馬】」
「――っ!? グリード式剣術の弐、【受け流しの極意・流水】!」
今度は母から仕掛けることにしたようだ。
魔法を使うのは邪道と言っていた母が魔法を使うなんて、随分と変わったものだ。
そんなことを思っていると、いきなり目の前に母の顔があった。
受け流しに特化した技で防いだが、母は細かい剣技で的確に追い詰めていく。
一方の私は受け流すので精一杯だ。
もともと私は防御型の剣術家ではないので、防御特化の技はあまり得意ではない。
母も攻撃に特化した技は苦手なはずだが、そもそも技を使っていないからな。
このままでは、こっちが先に消耗してしまう。
「水の精霊よ、私の求めに応じて敵を押し流せ。【大波】!」
やや強引に魔法で母を押し流し、今度はこちらから仕掛けていく。
しかし、このまま闇雲に攻めても先ほどと同じように受け流されて隙を晒す。
だから今回は頭で戦う。
「リーデン式剣術の漆、【霜降の天蝎】」
自身の靴に風の魔力を付与し、猛スピードで母の鎧だけを切り裂く。
切っ先がギリギリ届くくらいの場所を走り抜けたので、母は対処できなかった。
この技は斬られたものを毒で腐食させる効果を持つ。
母が姿を消したときに何も見えなかったから、鎧を着たまま透明になっている。
そして今の技の効果で鎧が腐食したら?
「そこですね!」
私の近くに鎧を着ていない母が姿を現すことになる。
剣も透明になっていて、私を斬るには姿を現さないといけないはず。
透明になっている間は実体がなくなるのだから。
あとは剣を持っている方の肩を斬っておけば、もう母は剣を振ることができない。
「くそっ……」
少し狙いが逸れてしまったが、母は腕を斬りつけられたことで剣を落とした。
これでほぼ決着はついたも同然だが、油断してはいけない。
追い詰められた獣が恐ろしい強さを発揮するように、人も死に際が一番怖いのだ。
「さて、これで私の勝利ですが……負けを認めますか?」
「そんなわけないじゃない! 私はまだ負けていないわっ!」
目を見開いて怒鳴る母だが、首元には私の剣の切っ先が突きつけられている。
これは殺すしかないかな?
逃げられても厄介だし、私を虐げてきた相手だと思えば躊躇いはない。
だが、しかし。
あの女と手を組んだ理由が分からない。
そもそも目的が分かっていない状態で考えても無駄だろうし、ここは尋ねるか。
「お母様、あなたレイラ=モーズと手を組んでいますね?」
「ええ。彼女は私の仲間よ」
「どうしてですか? どうして私を連れ戻そうとするんです?」
私が一番気になっていたことだ。
虐げている相手を連れ戻したいというだけで、この国まで来る意味が分からない。
しかも騎士団長という地位を手に入れてまで。
「それが知りたかったら私を超えてみなさい。欲しいものは実力で奪い取るのよ」
「懐かしいですね、その常套句。分かりました。今すぐ斬ってあげますよ」
「もはやこれを使うしかないわね。リーデン式剣術の捌、【大暑の巨蟹】」
「ちょっ、それって禁忌では!?」
リーデン式剣術には使っていけない、禁忌と言われている技が三つある。
母が使った【大暑の巨蟹】はその中でも二番目に強い技だ。
「ふふっ、これで終わりよ!」
「リーデン式剣術の陸、【処暑の処女】」
危険を感じた私は、母から奪った剣を女性に変化させて護衛とする。
そのまま後退していき、門に背がついたところで剣を構えた。
私が崩したところは既に埋めなおされているから、これ以上は逃げられない。
母が二本の剣を天に掲げると、剣が二つの巨大なハサミに変化した。
試しに魔法で攻撃してみるが、ビクともしない。
ハサミを籠手のように腕に装着すると、ハサミから出た光が母の全身を包んだ。
「……何あれ?」
「【大暑の巨蟹】は今まで使った者がいないからな。何が起こるのか想像がつかん」
「いざというときのため、助けに入る準備をしておきましょう」
櫓が近くなったからか、アリア、べネック団長、シーマの話し声が聞こえてきた。
誰も使ったことのない技か……。
やがて光が晴れると、戦闘態勢を整えた母が立っていた。
あの光にはどうやら回復効果があったようで、全身の傷が綺麗になくなっている。
腕の傷が治ってしまったのは厄介だな。
「【疾風】」
「うわっ!? リーデン式剣術の弐、【水牢】」
母が呟いた途端に走るスピードが速くなったが、対応ができないほどではない。
大きなハサミを振り回してきたので、受け止めようと剣を合わせる。
あわよくばハサミが斬れればいいと思っていたが、剣が当たったときに分かった。
「――っ!?」
あのハサミ、とんでもなく硬い。
鎧なんて比べ物にならないくらい防御力が高い。
ティッセの魔剣でも傷がつくか怪しいし、ハサミを壊すのは不可能だろう。
「ぐっ……」
しかも力が強く、私と【処暑の処女】が二人で対応してもなお相手が上回る。
何とかハサミに刃の部分が挟まれないようにするので精一杯だ。
押し返すこともできないくらい力が強いから、刃の部分なんて簡単に切られる。
「【加重】」
母がまた言葉を呟く。
するとハサミにさらに力が加わり、耐えることができないほど重くなった。
このままじゃ押し潰される!
「リーデン式剣術の漆、【大雪を駆ける人馬】。申し訳ないけど犠牲になって!」
私は移動速度に特化した技を放つことでハサミから逃げる。
やむを得ず、【処暑の処女】を犠牲にすることで抜け出せたが、それだけだ。
むしろ味方を一人失う結果に終わった。
この状態になった母は透明化はしないようだから、逃げることで時間を稼ぐ。
その間に何か対策を考えないと。
必死に頭を捻っていると、母がハサミの先をこちらに向けているのに気づく。
「【火球】」
「なるほど。水の精霊よ、私の求めに応じて水の弾を放て。【ウォーターボール】」
母が放った火球は、私の放ったウォーターボールとぶつかって弾けた。
私はなおも走り続ける。
相手が切れるカードは一つ見破ったが、現状では阻止する手立てがない。
ティッセみたいに魔剣が使えるわけでもないし。
ダイマスみたいに頭がいいわけでもないし。
アリアみたいに魔法が使えるわけでもない私が、戦況を打開するにはどうするか。
「そうかっ!」
私が使えるカードはもう一つあった。
剣の師匠であり、この国に行くことを許してくれた父が褒めてくれた能力が。
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