『第百三十五話 激戦、母子の一騎打ち(前)』
私たちは門の前で、お互いに向き合った。
この戦いは自由がかかっているのだから、万が一にも負けるわけにはいかない。
私が中段に剣を構えたところで母が口を開いた。
「それでは始めましょうか?」
「ええ、始めましょう」
それ以上、会話はいらなかった。
目の前の女は打倒するべき敵以外の何者でもなく、それは向こうも同じだろう。
「…………」
お互いが睨み合ったまま動かない。
私は自分から攻めていくのを得意とする剣術家である。
細かい技を繋いで戦いの主導権を握り続け、相手に反撃の機会を与えない。
しかしリリー=グリード相手にそれは悪手だ。
なぜなら、リリー=グリードは攻撃を受け流すことを得意とする剣術家だからだ。
敵の攻撃を受け流して隙を作り出し、カウンターを仕掛けることで勝利する。
下手に攻め込もうものなら手痛い反撃を喰らうことになるのは、師匠である父が証明してくれていた。
我が家では夫婦喧嘩を速やかに終了させるため、剣で決着をつけていた。
その時に負けるのは大抵が父。
最初の攻撃を受け流され、がら空きになった胴体に剣を叩きこまれて負けたり。
技を避けられた結果、剣が地面に突き刺さって負けたこともあった。
だからこそ、別の攻め方を模索する必要がある。
まずはダイマスの剣術を模倣してみるか。
ダイマスは、正面から戦おうとせずに搦め手を使って戦う剣術家だ。
きっと相手は私が正面から来ると思っているだろうし、不意を突いてやろう。
「水遁式剣術の弐、【伏流水】」
相手は受け流しを得意とする剣術家だから、絶対に自分から動こうとはしない。
これは私から仕掛けるしかないだろう。
その場で剣を素振りのように数回振ってから、右側面から回るように斬りかかる。
模擬戦でダイマスが使った戦法だ。
正面を向いたままだと側面の攻撃にやられ、側面を向くと透明の斬撃に斬られる。
あのべネック団長をも惑わせた策である。
相手は一直線に斬りかかってこない私を不審に思ったのか、正面を向いたままだ。
だったらこの一撃で決めてやる。
「水遁式剣術の参、【波流斬】」
「やっぱり詰めが甘いですね。リーデン式剣術の陸、【春分の白羊】」
母が詠唱を終了させたとき、私はちょうど剣を振りかぶったところだった。
今から軌道を修正することもできない。
振りかぶった剣は私と母の間に生み出された羊を消滅させて、地面に刺さった。
魔力で作り出した羊を身代わりにして、自身は正面から来る斬撃に対処する。
この作戦がこんなにあっさり看破されるなんて、想像もしていなかった。
「マズい……」
しかも、剣が地面に突き刺さってしまったことで私は丸腰である。
迂闊に攻め込むと手痛い反撃を喰らう。
父が何度も悔しそうに言っていたことの意味が、初めて分かったかもしれない。
私が放った【伏流水】が斬られ、母の瞳がこちらに向けられる。
「――っ!?」
咄嗟の判断で私は抜けかけていた剣から手を放して、地面に伏せる。
今まで私の顔があったところを氷魔法が通過していった。
「もしかして今のが本気の攻撃ではないでしょうね? 模擬戦をやっているの?」
「ただの小手調べですよ。次は本気で行きます」
母がつまらなそうに剣を数回振る。
無言で数歩横にずれると、私の背後にあった背の高い草がサクッと切れた。
もう模倣してきたか。
この人の怖いところは異常な模倣能力で、一回見ただけで技を習得してしまう。
だから不可視の斬撃を使うのはある意味博打だったのだが。
相手に厄介な手札を与えただけに終わった。
私は剣に風の魔力を込め、続けて自身と母の間を仕切るように風の壁を作り出す。
次はアリアの剣術を借りさせてもらおう。
使える魔法の種類はアリアほど多くないが、そこは工夫次第でどうとでもなる。
何より母は魔法を使うことを邪道だと思っている、ティッセとは真逆の人物だ。
だから――怒れ。
冷静さを失った剣士は攻撃が雑になるため、これほど与しやすいものはない。
「リーデン式剣術の肆、【風雷斬】」
最速の一撃を叩き込む。
私は先ほど作った風の壁を先行させるように動かし、剣を刺突の形に構える。
これで相手からは風の壁が迫ってくるように見えるだろう。
もちろんこの壁にしてもただ風が吹き荒れているわけではない。
風の刃物ともよばれる【鎌鼬】をたくさん生み出し、壁のようにしているのだ。
当然、触れれば全身が斬られることになる。
相手は迎撃するしかなく、【風雷斬】の効果で猪の突進よりも早く近づいてくる。
わずか三メートルほどの距離しかなかったのに、避けられるはずもない。
「……あれ?」
母のように、風の壁を犠牲にすることで相手の隙を作り出そうとしたはずだった。
それなのに、どれだけ進んでも風の壁が消えない。
首を傾げたところで第六感が警鐘を鳴らしたので、後ろに【風雷斬】を使う。
風の壁だとか言っている場合じゃない。
このままだと死ぬ。
そんな予感は無情にも的中し、私の首を狙ったであろう一撃が防がれた。
「気絶させて操るのでは? 今の攻撃だと私は死んでしまいますよ」
「脅しのつもりよ。あなたはこの程度じゃ死なないでしょう?」
今度は本気で狩るぞと。
虐げられていたときに何度も見た母の冷たい瞳が、言葉よりも雄弁に伝えていた。
母が剣を引くと、その姿が消滅した。
「――っ!?」
まるでアンデットを相手しているかのようだった。
ゴーストと呼ばれるモンスターと戦ったことがあるが、奴らは姿を消して戦う。
姿を消している間は光魔法しか効かないから厄介なのだ。
仕組みとしては闇魔法の【透明化】という技を使っているはずだが、母がそれを?
闇魔法なんて使えるはずがなかったのに。
いや、そもそも【透明化】は取得するための難易度が馬鹿みたいに高かったはず。
レア能力である【透明化】の所持者以外で使える者はいなかったはずだ。
たとえ闇魔法が主属性であっても。
いや、一つだけあった。
リーデン帝国では禁忌とされていて、能力保持者だとバレれば即討伐対象になる。
この国の第二王子の能力である【神の加護】と対になる能力。
その名も【邪神の加護】。
全ての闇魔法を無制限に使えるという効果があるが、初使用時に酷い激痛を伴う。
最上級の闇魔法でも使えるように魔力器官を増幅させるためだと言われている。
ここまで考えたところで、私は一人の存在を思い浮かべていた。
まさか、あいつと母は手を組んでいるのか?
闇魔法には【眷属化】という、自身の能力を一部だけ使えるようにする技がある。
その代わり、生殺与奪の権利は【邪神の加護】を持つ者に渡されるが。
「悪魔に魂を売ったのか」
私は呆れるとともに、大きな疑問を抱いていた。
果たして、あの合理的で冷酷な母がストレス発散の相手を連れ戻すためだけに。
わざわざ【眷属化】を受け入れるだろうか。
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