『第十三話 イリナの家族』
宿に着いた俺たちは部屋に入って寛いでいた。
ギルドにいた時はゆっくり休めたことなんて数えられるほどしかなかったからな。
何だか落ち着かない。
「イリナって剣士の娘だったんだ。名前を聞いた時からもしかしてと思ってたんだけど」
「そうね。母と妹は立派な剣士への道を歩いているわ」
どこか皮肉めいたセリフに首を傾げた時、先ほどイリナが発したセリフが思い出される。
彼女にとって母と妹は好ましい存在ではないようだ。
「ちなみに能力は何だ? ライト・ソードが作られた速さが尋常ではなかったが」
「剣術強化です。だから剣の師匠でもあるお父様はかなり喜んでくれたんですが……」
母と妹からは嫌われていたと。
剣術の家系で剣術強化の能力が出たのだから、さぞ喜ばれたことだろう。
それが二人の嫉妬心に火を付けたってところか。
「父親が成果なしで帰っていったわけだからな。家族の息がかかった追っ手が来るかも」
「あり得るわ。あの二人は本当に執念深いから」
イリナが据わった目をしながら呟く。
どんな嫌がらせを受けたかは分からないが、執念深いというのは厄介だな。
ほぼ追っ手が来ることが確定してしまった。
「とりあえず明日は門に行くんですよね。能力を比べるとやっぱり精霊使いが厄介です」
「でも相手は大軍ですから魔法を使うしかないでしょう……」
「相手に奪われると面倒だから、魔法を使う前に倒す必要があるだろうな」
裏切った冒険者が精霊使いの能力を持っていたから、他の人よりは詳しい自信がある。
対処法は倒してしまうことだ。
魔法を使おうとすると、精霊が俺たちに代わって魔力を込めだす。
相手はその魔力を感知して精霊の位置を特定。
特殊な技をかけて自我を失わせたら、自分の思い通りの技を放ってもらうだけ。
精霊使いの能力は魔剣士ほどではないが貴重なので、大規模な囲い込みが発生する。
ゆえに無所属の精霊使いはレアだ。
「無所属の精霊使いに頼むという手もあるが……この街にいるのかは分からないな」
「私の実家には精霊使いがいますよ。まあ私の妹なんですけど」
イリナが呟くと、それまで唸っていたダイマスが軽快な音を響かせて立ち上がった。
手を叩いていたから何かを考えついたのか?
「どうにかして彼女を連れてくればいいんじゃないかな。精霊の奪い合いをしてもらうんだ」
「イリナの妹を追っ手の精霊使いにぶつけるということか?」
べネック団長が驚いたように尋ねると、ダイマスは大きく頷いた。
しかし非現実的な案だな。
父親が帰ってしまった以上、イリナの家族と接触するには自宅に帰らないといけない。
さらに、彼女の妹が協力というか戦ってくれる可能性もほぼゼロだ。
「厳しいんじゃないか? どうやってイリナさんの妹を戦場まで引っ張るんだ」
「精霊使いだって魔法が使えないわけじゃないだろう?」
「まさか……追っ手と契約している精霊を報酬にして誘うってことかい?」
デールさんさんが瞠目した。
同系列の精霊ならば、複数人と契約することで魔法の出力が上がる。
つまり言い換えると“魔法の出力を上げさせてあげるよ”という契約だということだ。
ダイマスは頷き、部屋のドアを何の前触れもなく開ける。
すると黄金色の髪をしている少女が、声にならない悲鳴を上げながら転ぶ。
「わっ……!」
「僕たちの話は聞いてたね? 追っ手が契約している精霊を君に報酬としてあげるよ」
彼女がイリナの妹か。
言われてみれば似ている気がしなくもない。
やや吊り上がった水色の瞳は、色こそ違えどイリナとの血の繋がりを感じさせる。
「アリア……どうしてここに……」
「お父様からの指示よ。帝国を抜けるまでは精霊使いのお前がサポートしてやりなってね」
イリナの妹――アリア=グリードは面倒そうに言う。
そんな彼女に向けて、ダイマスがもう一度問いを投げかけた。
「報酬はあげるから僕たちと一緒に来てくれないか? 誘うのは愚問かもしれないけど」
「いいわよ。剣術強化のお姉ちゃんとか魔剣士さんも戦ってくれるんでしょうし」
「ああ、厄介な精霊使いは君に任せたぞ」
「精霊使い同士だったら時間を稼ぐくらいしか出来ないけど……父の指示でもあるので」
不安げにアリアが瞳を揺らす。
頼るようなセリフを言ってはみたものの、目の前にいる妹に不信感を抱く。
イリナの言葉から推測っされる人物像と噛み合わない。
彼女の中では、妹は母親とともに虐げてくる邪魔な存在だったはずだ。
「アリア……どうしたのよ。頼み事を承諾するなんて珍しいじゃない。私は夢の中かしら?」
「失礼ね。私だって人助けくらいするわよ。それにお父さんの指示だって言ってるじゃない」
頬を膨らませて拗ねるイリナの妹――アリアに不審な点は見当たらない。
俺の考え過ぎか……?
内心で警戒しながら過ごしていくものの、彼女は拍子抜けするほど何もしてこなかった。
美形のダイマスには積極的に近づいていたが。
ここは探りを入れてみようと考えた俺は、夕食後のちょっとした隙を見計らって話しかける。
「ねえ、アリアちゃんは何の精霊と契約しているの?」
「アリアでいいですよ。子供に見えるかもしれませんけど、もう十三なので。答えは氷です」
まさかの一つだった。
このチャンスを利用して、他の精霊との接触を図るつもりか。
「私は剣術強化に嫉妬していたんです。だからお姉ちゃんをお母様と一緒に虐げてしまった」
「えっ……?」
「でも今は後悔しているんですよ。お姉ちゃんは凄い能力には甘えていなかったって」
アリアの顔が歪み、私ってば本当にバカですよね、と自嘲気味に呟いた。
彼女の視線の先には、傷だらけの木剣を一心不乱に振るイリナの姿がある。
「お姉ちゃんが強いのは能力のせいだと思っていました。努力もしていないくせにって恨みました」
「でも違ったってことか?」
俺が尋ねるとアリアは小さく頷き、イリナが握る木剣を指さした。
小さいころから使っていたのであろうその剣には、傷がたくさんついていた。
「木剣があんなになるまで……虐げられていた時も振っていたのよ。尊敬に値しますよ」
アリアはそこで言葉を切った。
何かを噛み締めるかのように唇を固く結び、目からは滝のように涙が溢れていく。
そして先ほどと同じ言葉を二度繰り返した。
「私ったらバカですよね。どうしてもっと早く気づけなかったんだろう」
「だったらその気持ちを伝えてみたらどうだ? じゃないとアイツは恨みだけを増やすぞ」
「えっ……私はお姉ちゃんに恨まれてるんですか!?」
素っ頓狂な声を上げたアリアに気づいたのか、イリナがゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
彼女の目は真っすぐに妹を見つめている。
「ねえ、お姉ちゃん……私のことを恨んでいるの?」
「……」
随分とド直球な質問であった。
額に浮かぶ汗を拭ったイリナはしばし無言を貫く。
その間、彼女の瞳が段々と憎しみの色に染まっていくのを俺は見た。
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