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成り上がれ、最強の魔剣士〜失墜した冒険者は騎士としてリスタートします〜  作者: 銀雪
第六章 辛いことも、理不尽なことも乗り越えて その三 ハルック・リリー編
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『第百三十四話 母の思い、子の思い(イリナ視点)』

 厄介なことをしてくれる。

 東門に向かって堂々と歩いてくる二人に、私は顔が歪むのを止められなかった。


「おいおい……」

「かなり面倒ですね。魔法で撃ち殺すこともできますが、恐らくは王都に……」


 べネック団長が天を仰ぎ、シーマが王都に視線を向ける。

 母とマルティークを見つけたという報告を受けて飛び起きた私の目に入った光景。

 それは護衛もつけずに堂々と歩いてくる母とマルティークだった。


 しかも母は何かのスイッチを握っていり、見せつけるかのように手を上げている。

 あれは魔道具を起動させるためのスイッチか。

 母に一度だけ見せてもらったことがある、中に封じ込めた魔法を放つ魔道具の。

 この場合、封じ込められている魔法は火魔法だろう。


 つまり母は自分に向けて魔法を放たれたと分かったところでスイッチを入れる。

 母が死んだところで王都のどこかに仕掛けられた魔道具が起動し、火魔法が発動。

 王都を焼け野原にするという寸法だ。


「どうしてそんな面倒なことを……」

「こちらの準備ができていないうちに攻めようという魂胆なのでは?」


 シーマが弓を構える。

 確かにここまで早く来るとは思っていなかったので、騎士たちは寝かせた。

 今から叩き起こしたところで戦力としては期待できない。


 大人数で囲んだことで相手の逆鱗に触れてしまい、スイッチが押される危険性もあるし、まずは様子を見るしかないだろう。


 そう思って視線を戻すと、歩いてくる二人に気づいたのかジャックが叫ぶ。


「リリー様、申し訳ございません。下手を打ちました! お願いです、慈悲を!」

「……………」

「リリー様、マルティーク様。私を助けてくだされば、必ずお役に立ちます!」


 必死すぎてもはや滑稽ね。

 私たちが笑いを嚙み殺すのに必死な一方で、二人は沈黙を保ったままだ。

 このままだと殺されてしまうと思ったのか、ジャックが二人に移動し始めた。

 ただし地面を這いつくばって。


 泥だらけになりながら、服が裂けながら、それでも歯を食いしばって進む。

 しかし、そんな努力も二人には届かない。

 無情にも門の真ん前まで来た母によって蹴り飛ばされてしまった。


「慈悲をください? あなたはもう用済みよ。そのまま無様に転がっていなさい」

「そんなっ!」


 この一連の流れを見ていたシーマが苦い顔をする。

 ジャックを餌に母をおびき出す作戦を考案したのは私だが、少し罪悪感を覚える。

 私たちを殺そうとした敵でもあるから同情はしないが。


「たった二人で何の用だ? 行商人か?」


 門を塞いでいる土魔法に真顔で触れている二人に、シーマが低い声で問いかける。

 もちろん敵だと分かっての問いである。


「行商人ではない。我々は話し合いに来たのだ。王都の運命は私たちが握っている」

「だから話し合いに応じろと?」

「そういうことだ。もちろん交渉のテーブルにつかないのも手だが……」


 マルティークが蛇のような冷酷な笑みを浮かべる。

 王都が燃やされたらここまで戦ってきた意味がない。

 ここは相手の思惑に乗るしかないかな。


 私は一度、大きく頷いた。


「分かった。貴殿らの目的は何だ?」

「それを話す前に、銀髪の騎士を私の目の前に連れてきて。話はそれからよ」


 今度は母が口を開いた。

 銀髪の騎士というのはべネック団長のことだろう。

 険しい表情をしたべネック団長が櫓から飛び降り、風魔法で二人の前に着地した。


「私ならここにいるが、何の用だ?」

「あなたがべネック=シーランね。私の要求は一つ。今すぐに娘を返してください」


 思考が止まった。

 わざわざリスクを背負ってまで姿を現した理由が、私を返してほしいからだって?


「嫌だと言ったら?」

「その時は一騎打ちで戦ってもらいますよ。幸いにもそちらは準備不足でしょう?」

「たとえ負けたとしても力が及ばなかっただけのことですしね」

「……………」


 二人の答えにべネック団長が沈黙する一方で、私は怒りが抑えられなかった。

 あれだけ私を虐げていたくせに返してほしいだなんて、どれだけ勝手なのか。

 どれだけ私を傷つけたらあなたは満足するの?

 アリアも私と一緒に来たから、ストレスを発散する相手がいなくなったもんね。


 冗談じゃない。

 誰があんな地獄みたいな場所に帰るものか。

 私の問題でべネック団長に迷惑をかけるわけにはいかないと、私はその身を晒す。


「いいでしょう。総大将たる私が相手して差し上げましょう」

「ちょっと、イリナさん!?」


 私は櫓を降り、門を塞いでいる土魔法を一部だけ解除して母と相対した。

 母の反応は劇的だった。


「イリナ……何を言っているのですか? あなたは私と家に帰るんですよ!」

「少し会わないうちに随分と耳が遠くなったようで。私は相手をすると言いました」


 不思議と怖くなかった。

 アマ村では母の名前を聞いた瞬間に虐げられていた時の恐怖が蘇ってきたのに。

 今は自分でも驚くほど冷静だ。


「何ですって!? 調子に乗るのもいい加減になさい! 帰ったら鞭打ち四十回!」

「本当に話を聞かない。もう一度だけ言いますよ? 私は相手すると言ったんです」


 手に持っていた剣の切っ先を突きつける。

 母はようやく私が本気で一騎打ちをしようとしていると気づいたのだろう。

 その表情が引き攣った。


「えっと……あの?」

「あれほど威勢が良かったのに、どうしたんです? 私を気絶させたいのでは?」


 私が尋ねると、母の瞳が輝いた。

 十五年間、一度も私は母に気絶させられていない。

 しかし、ここで私を気絶させれば能力で好きなように操ることができるのだ。

 母に逆らうことのない従順な娘になってくれるのだ。


「本当にいいのね?」

「べネック団長、危ないので下がっていてください。これは私と母の問題ですので」


 あえて突き放すような言い方でべネック団長を下げさせる。

 他の人に力を借りるつもりはない。

 この問題は私自身が決着をつけなければならないのだから。


「気をつけろ」

「分かってます。負けるつもりはありません。【緑の剣姫】の力を見せてあげます」


 私の居場所はヘルシミ王国なのだ。

 それを侵害しようとする相手はもはや母でもなんでもなく、排除するべき敵だ。


「師匠として弟子の間違いは正さないとね」

「誰が師匠よ。勘違いしないで。私の剣の師匠は父であってあなたじゃない」

「それでも私はあなたの剣を知り尽くしているわ。そんな私に勝てるとでも?」


 母の言う通りだ。

 私に剣を教えてくれたのは父だが、癖などは脇で見ていた母にも知られている。

 それでも私には仲間がいるんだ。

 

 荒そうに見えて、実は繊細なティッセの剣術。

 弱々しそうに見えて、実は力強いダイマスの剣術。

 魔法を上手く併用しているアリアの剣術。

 そして最小限の動きで敵を効率よく倒していくべネック団長の剣術。

 

 私が切れるカードはたくさんあるんだよ、お母さん?


少しでも面白いと思ってくださったら。

また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!

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