『第百三十二話 戦闘、一旦終了』
作戦開始から一時間二十五分後。
ヒナタさんの部隊が参戦したことで、戦況は大きくこちら側に傾くこととなった。
「おいおい……」
「うわぁ……」
かつて、ヒナタさんのことをべネック団長が『彼女の強さは一人でこそ発揮できる』と評したが、その意味が今、私にもよく分かった。
「光の精霊よ、私の求めに応じて光の矢を放て! 【シャイニング・アロー】!」
「光の精霊よ、私の求めに応じて光の鎧を! 【シャイニング・アーマー】!」
敵の真ん中に突っ込んでは、光魔法を連射する姿は物語に出てくる鬼のようだ。
しかも剣で冒険者たちを葬りながらである。
それでも、味方を一人たりとも巻き込んでいない辺りはもはや笑うしかなかった。
「貴様ら、彼女は元リーデン帝国の騎士だっ! その者に負けていいのかっ!?」
「ちょっとべネック団長!?」
発破をかけようとしたのか、べネック団長が大声でとんでもないことを叫んだ。
慌てて押しとどめようとする私だが、ヒナタさんまで騎士たちを煽り始めた。
「この国の騎士は随分と貧弱ですのね。私でもこれだけの敵を倒せましてよ」
「なんでお嬢様みたいな話し方なの!?」
「奮い立て! 貴様らはたかだか途中参戦の騎士一人に負けるつもりか!?」
べネック団長が叫ぶと、まるで地鳴りのような怒号が響き渡る。
そして、それは後衛部隊も例外ではなかった。
「えっと、イリナお姉ちゃん? 王都側の部隊が突然殺気づいたんだけど……」
「べネック団長とヒナタさんが煽ったからよ」
「なるほど。ヒナタお姉ちゃんに言って。“後衛部隊をそっちで引き取って“って」
アリアが疲れたような声で言った。
作戦開始からずっと、二部隊を指揮してきたアリアの疲労は今も蓄積されていた。
そろそろ限界だと感じた私は申し出を承諾。
しかし、前衛が基本……というか前衛しかいないヒナタさんの部隊はダメだ。
そこで臨時で部隊を再編成し、王都側の後衛部隊をエルス副団長に預けた。
これからは前衛の部隊をべネック団長とヒナタさんに。
後衛部隊をエルス副団長に指揮してもらい、戦局の打開を図る。
作戦開始から一時間三十五分後。
東門側の戦場はアリア率いる後衛部隊の活躍もあり、一応の終結を迎えていた。
残っている冒険者もごくわずか。
降伏勧告には相変わらず従う姿勢を見せないため、ここで潰しておくしかない。
「イリナさん、東門はもうすぐ戦闘が終了します」
「ノートン団長、見えてますから大丈夫です。戦闘終了後に十分の休憩を認めます」
本当はすぐにでも王都側の戦場に参戦してほしいが、それは無茶だろう。
ノートン団長の部隊はずっと前線で戦い続けていたのだから。
しかし、あまり休憩を長く取られるとべネック団長が率いている部隊がもたない。
あの部隊もずっと前線で戦っているから、休憩を取らせないと士気に影響が出る。
そこで私が弾きだした休憩時間は十分。
べネック団長の部隊の疲労度を考慮すれば、これでも長い方だと思う。
それだけ王都側の戦場は激しいということだ。
ヒナタさんが参戦したことによってこちら側が有利だが、第二騎士団が厄介だ。
理由は、殺せないから。
べネック団長の部隊は第四騎士団のメンバーで構成されている。
だから第二騎士団に友人がいたり、お世話になった人がいるケースが多い。
それでも操られている状態が治らないのであれば覚悟も決まるだろうが……。
幸か不幸か、正気に戻す方法が見つかってしまった。
こうなってしまっては、指揮官として『殺せ』とは命令できない。
そんなことをすれば、第四騎士団のメンバーのほとんどが離反することになる。
たとえ私が出した指示でなくても同様だろう。
ただでさえ部隊の指揮官が他の隊の人間ということで、反対の声が上がっている。
慣れ親しんだエルス副団長に指揮を任せてほしいと。
指揮官によって部隊の方針が異なるから、慣れ親しんだ指揮官の方がいいのだが。
「ふぅ……エルス副団長、そちらの様子はどうですか?」
「問題ありません。第二騎士団も七割が正気を取り戻し、冒険者は残り三割です」
「分かりました。もう少ししたら休憩の時間を設けます。それまで耐えてください」
私は安堵のため息をつく。
あれからすぐ櫓に戻ってきた私はマッデンを王都側の戦場に派遣していた。
少しとはいえ休むことができたマッデンは、疲労で動きが鈍くなった兵を助けてくれている。
「今のところは順調ね」
「ええ。問題は冒険者を派遣したのが誰かというところでしょうが……」
シーマが苦い顔をする。
敵の指揮官がこの辺りにいるか、あるいは斥候がこの戦場のどこかに潜んでいる。
そうでなければ、あんなにタイミングよく冒険者を投入できるわけがない。
だが、外は闇夜。
明かりの少ない森の中に潜まれてしまっては、見分けがつかない。
一応は【暗視】という能力をかけてもらっているが、それでも森の中は厳しい。
それに、私は斥候に心当たりがある。
リーデン帝国の冒険者ギルドで副ギルドマスターだった男、マルティーク。
気配を消す能力はティッセが察知に苦労するほどの精度を誇っている。
斥候にこれほど適した人材もいないだろう。
ティッセが見つけるのに苦労するような人物を、一般人が見つけられるはずもないのだから。
「こちらノートン、戦闘が終了しました」
「了解です。お疲れ様でした。十分だけですが、ゆっくり休んでください」
作戦開始から一時間四十八分後のことだった。
東門側の戦闘が終了し、ノートン団長たちの手によって東門は土魔法で塞がれた。
敵将のジャックは大きな木の下に拘束された状態で転がっている。
「あとはリリーだけですね」
「母は冷酷な人ですから釣れるかは分かりませんが、この男を餌にしましょう」
私は、ジャックを示した。
東門の前に転がしておけば、母が助けに来てくれる可能性もわずかながらある。
もともと敵だった人物だし、殺されても別に構わない。
たとえ母ではなく部下の人が来ても、誰かに追ってもらえば相手の本陣を知ることができるしね。
「シーマ、彼を東門の前に転がしておいて」
「……了解しました」
ジャックの処遇を決定したところで、通信石が光っていることに気づいた。
この色はべネック団長だっけ?
ノートン団長たちとはまだ交代してないはずだが……何かあったのだろうか。
「イリナです。べネック団長、何かありましたか?」
「冒険者の殲滅を終了した。第二騎士団の方もレイアの護衛だけといったところか」
「分かりました。無理をせずに防衛に専念。後から来る部隊に任せてください」
私はそう言って、通信を切った。
第二騎士団の面々はほぼ殺すことなく味方に引き入れられているから、大丈夫。
王都を奪還するための布石になる。
「だけど……」
心残りはただ一つ。
エリーナ第一騎士団長と戦っているはずの、レイラ=モーズとオロバス枢機卿だ。
彼らとマルティークがくっついたり、あるいは母と合流したら面倒だ。
明日にも母を倒さなければ。
「みんなには無理を強いることになるけど……奴らに来られたら勝てない」
私のつぶやきは誰にも聞かれず、闇夜に溶けていった。
そして作戦開始から二時間十分後。
ヘルシミ王国第二騎士団長のレイアを保護し、長い戦いは終結を迎えたのだった。
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