『第百三十話 戦闘開始』
完全に日が暮れると、さっそく門を叩くための部隊が出動したのが確認できた。
彼らは【天空防御】を持っているので、反撃したところで無駄だ。
今日はとことん無視することにする。
「アリア、後衛を二手に。べネック団長は前方、ノートン団長は後方に展開して」
「分かったー」
「了解だ」
「分かりました」
三者三様の返事が聞こえてきて、後衛を挟むように前衛が展開していく。
今回の戦闘は挟み撃ちになった状態で行われるからね。
背後から強襲されるのを防ぐために、部隊を半分に分けて対応することになる。
「報告通りだ、門を突破するぞ!」
「しっかし風が強いな……。魔法使いはできるだけ近くで撃つか、広範囲用な」
敵の兵士がそう言うと、敵の本陣から魔法使いが次々と出てきた。
ちなみに風が強いのは、私が風魔法で敵の声を盗み聞きしているからである。
聖都イルマから帰ってきたとき、演説を王都に広めていたのと同じ仕組みだ。
作戦開始から十分後、東門が魔法によって崩壊。
奇襲を狙っていた敵が見たのは、戦闘の準備を十分にした第四騎士団だった。
「前衛部隊、突撃! 後衛部隊は敵の魔法使いどもを抑え込め!」
ノートン団長の指示で前衛部隊が突撃を開始し、空中では魔法合戦が始まった。
指示が曖昧で、撤退すらできない敵軍は次々とその数を減らしていく。
すると後衛部隊を指揮しているアリアから報告が入った。
「こちらアリア、王都側から軍勢が近づいてくるわ」
「こちらイリナ、それはイルマス教国の僧兵? それとも別の軍勢なのかしら」
「恐らく別の軍勢だと思う。多分だけどこっちの第二騎士団よ」
私は思わず歯噛みした。
ヘルシミ王国の第二騎士団は母に操られていて、王都を崩壊に追い込んだ部隊だ。
僧兵たちと組まれたら厄介だ。
すぐに潰さなければ、兵数の面でも食料の面でも劣っている私たちは勝てない。
「こちらイリナ、べネック団長はすぐに第二騎士団を迎撃してください!」
「こちらべネック、側面から僧兵が奇襲を仕掛けてきている。迎撃は厳しい状態だ」
「何ですって!?」
作戦開始から十五分後、べネック団長の部隊が三方面作戦を強いられた。
放置しておくと戦線が瓦解すると判断して、援軍の投入を決定する。
不測の事態が起きたときのために、遊撃隊をいくつか用意しておいたのだ。
「エルス副団長、べネック団長の救援を僧兵討伐優先でお願いします」
「了解いたしました」
こうなってしまった以上、人数が少ない僧兵たちを先に撃破。
そのまま返す刀で第二騎士団の迎撃に向かった方が効率がいいだろう。
べネック団長の部隊には防御に専念して、無理に攻撃しようとしないよう言った。
作戦開始から十八分後にエルス副団長の部隊が前線に到着して、戦闘を開始。
二十三分後には僧兵を残り二割ほどまで減らすことに成功した。
しかし、またも誤算が起こる。
「こちらエルス、僧兵の後方より敵部隊接近。敵の第一騎士団だと思われます」
「……了解しました。私が出ましょう」
幸いにも、第四騎士団が担当している東門からは援軍が現れない。
ここは一度離れても大丈夫だと判断した私は、部隊を率いて前線へ向かった。
作戦開始から二十八分後、私たちの部隊が前線に到着。
時を同じくして、第四騎士団が敵将のジャックが率いる本隊と戦闘を開始した。
「前衛部隊は盾の後ろに隠れて、近づいてくる敵を処理。後衛部隊は防御系中心で」
「了解しました!」
私たちの部隊は防御に専念し、防御に徹していたべネック団長たちを攻撃へ。
疲れているだろうエルス副団長の部隊は後方支援に回ってもらう。
「イリナ様、気絶した兵士たちが正気を取り戻しています」
「説得次第では味方に取り込めるかと」
しばらく戦闘を続けていると、前衛の兵士たちからこんな報告が飛んできた。
なるほど、これは嬉しい誤算だ。
私は第二騎士団長のレイアさんだけを操っているものだと思ったが、違うようだ。
まさか全員を操っているとは。
大勢の団員たちを一人一人気絶させている姿を想像すると、シュールだが。
「作戦変更! 敵兵は気絶に留め、復活後にレイア団長が操られていると説明!」
「イリナ様、すでに百人程度が寝返りを承諾した模様です」
「分かった。それは嬉しい知らせだな」
部隊をまとめる手伝いをしてくれているバルバスの言葉に、私は笑みを浮かべる。
このまま防御を続けて敵兵を寝返らせよう。
もっとも、母に操られてさえいなければ敵兵ではないのだが。
作戦開始から三十八分後、側面から奇襲を仕掛けた僧兵たちが全滅。
四十二分後には、第四騎士団から敵将のジャックを捕縛したという報告が入った。
ジャックはできればこちらで引き取りたいな。
「第四騎士団のみなさんは背後に注意しながらこちらに合流してください」
「了解で――何だっ!?」
ノートン団長が突然素っ頓狂な声を上げた。
第四騎士団に何か不測の事態が起きている。
私は、エルス副団長に事情を説明して、急いで本陣である櫓の上に戻った。
「シーマ、何があったの!?」
「第二騎士団の増援が東門から来ました。すぐにオーランを送りました」
「ありがとう、私が総指揮に戻るからシーマも合流して」
作戦開始から四十四分後、東門から第二騎士団の生き残りが攻めてきた。
これを見たシーマは【鷹の目】を持つオーランの投入を決定。
四十六分後に冒険者たちが第四騎士団と合流したが、それでもやや押され気味。
わずか一分で三メートルほど前線が後退した。
四十八分後に私が帰還し、五十一分後にシーマが戦闘に参加して前線が膠着。
これで援軍はすべて出し尽くしたといってもいい。
バルバスを指揮官にすればもう一部隊は出せるが、戦況を打開するには力不足。
このまま順調に戦闘が進むことを祈るばかりであるが、現実はそう甘くない。
作戦開始から五十六分後、二つの報告が本陣にもたらされる。
「こちらべネック、第一騎士団の後方から部隊が接近している。冒険者どもだな」
「こちらシーマ、敵の冒険者が壁を越えて奇襲を仕掛けてきました」
「……っ!」
もともと今回の戦いはこちら側が圧倒的に不利だといっていい。
人数で圧倒的に劣っているうえ、内通者だったジャンのせいで食料も心もとない。
そして相手がこちらを挟撃するような布陣だったから、それを利用して各個撃破に持ち込もうとしていたが、現実はどうだ。
背後からの奇襲こそ避けたものの、圧倒的な質量を生かして当初の予定通り挟撃されているではないか。
「どこから漏れた……?」
なぜ、こうもタイミングよく後詰めの部隊が次から次へと出てくるのだ。
内通者は潰したから、もともと第四騎士団を包囲していた二部隊しか来ないはず。
間違っても、こんな波状攻撃はないはずなのに。
「それに冒険者……」
ハンルとマルティークが演説で話していたから、冒険者もいるとは思っていた。
だけど、ここで出てくる!?
「……全員、防御に専念するよう指示を出してください。私がどうにかします」
作戦開始から五十八分後、全員が防御に専念するようになる。
それを見届けた私は一縷の望みをかけて、とある人物に救援を要請した。
「分かった。すぐに向かうね」
頼もしい言葉を聞いた私の目からは、涙が溢れた。
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