『第百二十九話 内通者』
もうすぐ日が暮れようとしている。
橙色に染まった世界を眺めながら、私たちは今夜の作戦の最終確認をしていた。
しかし、納得がいかないことが一つ。
「……どうして私が指揮官なんですか」
「私たちはそれぞれ部隊を指揮するからだ。それにお前は勉強をしていただろう」
「まあ、していましたが」
母のリリーは元冒険者だったが、その経験を生かして領地で指揮官を務めていた。
それというのも、グリード伯爵領には大きな森がある。
森には結構な頻度で魔物が出るのだが、放置しておくと魔物が近くの村を襲う。
ゆえに伯爵家が主導して討伐隊を組むしかなかった。
しかし父は典型的な武人で、指揮官なのにもかかわらず前線で戦う人である。
そのため母が毎回指揮官を務めていたのだが、さすがに面倒になったのだろう。
文字が読めるようになったころから、私は様々な戦術が書かれた本を読まされた。
だから指揮の基本くらいは知っているが。
「まあ、いいでしょう。十歳のころには千人規模の部隊を指揮していましたし」
「リリーさんとやらは娘にどんな教育をしているんですかね」
シーマが呆れたように呟いた。
あのヒステリックおばさんがどんな教育をしていたのだって?
面倒な仕事をすべて私に押し付けようと、様々な知識を厳しい態度で仕込んだよ。
三百ページくらいある本の内容を翌日までに暗記していないと鞭で叩くとかね。
「最終確認です。べネック団長が王都方面の敵。ノートン団長が東門方面の敵」
「ああ」
「そうですね」
「アリアは両方の後衛の指揮を担当。私が全ての部隊を指揮する総指揮官になる」
今回の作戦の肝はアリアだろう。
彼女は今回、魔法使いやアーチャーが編成される後衛の指揮にあたってもらう。
二手に分かれる後衛をまとめて指揮しなければならないから、かなり大変だろう。
「あの……僕は何で呼ばれたんですかね」
そんな中、割り込んでくる声が一つ。
私たちに食料の減少を教えてくれた兵士――ジャンが複雑な表情をしていた。
「すまないね、ジャン。お前は私が呼び出したんだ」
「いえいえ。ノートン団長のお呼びとあらば駆けつけますが……何の用でしょう」
「そうだな。話を聞きたいと思ったんだ。なぜ内通者をやっているのかの理由をな」
「――っ!? な、なんのことでしょう」
ジャンは一瞬だけ動揺を見せたものの、すぐに立ち直った。
ノートン団長が私に視線を向けてきたので、内通者だと特定した経緯を話す。
「あなたに目をつけたのは第一発見者のことを聞いたときでした」
「第一発見者はバルバスの野郎だろ? 俺はたまたまついていっただけだぞ」
「知っています。毒だと思ったあなたたちは二手に分かれてエルス副団長を探した」
エルス副団長は家庭の事情から毒に精通していた。
これだけ聞けば、団長を必死に助けようとした団員二人という構図が出来上がる。
「注目するべきはあなたが“どこに探しにいったか”です」
「当時、訓練を見ていた私を発見したのはバルバスだ。二手に分かれてたなら……」
「あなたは訓練場とは逆側――食料庫の方へ探しにいったはずだよね?」
エルス副団長にした質問の一つ目がこれだ。
訓練を見ていた場所を聞くと、エルス副団長は食料庫とは反対側だと答えた。
そちら側にバルバスさんが行ったのなら、ジャンは食料庫側に行ったことになる。
「ぐっ……」
「あなたがあの時した行動はこうです」
倒れたノートン団長を見つけた二人は、エルス副団長を探す方針で一致した。
ここでジャンは食料庫がある方角へ探しに行くことを主張する。
一緒にいたバルバスを反対側に追いやった彼は、ノートン団長からカードを強奪。
「そして食料庫に来たあなたはカードを使って食料を盗み、近くの草むらに隠した」
「早くしないとバルバスと私が帰ってくるかもしれませんからね」
事前に食料庫の近くに人がいないことを確かめたのだろう。
つまり、バルバスがエルス副団長と一緒に戻ってくるのは必然ともいえた。
「バルバスより早く帰ったあなたは、ノートン団長のポケットにカードを戻した」
「カードを返却し終えたお前が隠れたところで、私たちが慌てて戻ってきたわけだ」
「しばらくして、あなたは何ともないような顔で現れた」
これで犯行は終了。
あとは夜を待ち、隠しておいた食料を敵に渡せば証拠もなくなるという寸法だ。
「ちょっと待ってくれ。随分と面白い想像だが、さすがに犯人扱いはな」
「確かに証拠を見つけるのは難しい」
今回の犯行は杜撰だ。
エルス副団長が食料が減っているのを見つければ、疑われるのは自分である。
だって食料庫の方向に探しにいったのだから。
しかし、ジャンだけが自分に向けられた疑いを晴らすことができたのだ。
「あなたは目覚めたノートン団長に食料の配給がまだだと伝え、一人で入れた」
「しかも、その時は初めて私が一緒ではなかったんです。すっかり騙されましたよ」
「間の悪いことに、ノートン団長が一人で食料庫に入ったのは夜でした」
そして翌朝、カードを受け取って食料庫に入ったエルス副団長は驚いただろう。
前日の昼まではあった食料が明らかに減っていたのだから。
「幸いにもノートン団長は気づきませんでしたが、気づかれる危険性はあった」
「気づいたらこう言うつもりだったのだろう? 『エルス副団長が入った』と」
ノートン団長が冷たい声を出す。
ジャンは何とか自分から疑いの目を逸らさなければならなかった。
そんな彼が選んだのは、ノートン団長とエルス副団長に互いを疑わせることだ。
ノートン団長はエルス副団長がカードを悪用して盗んでいると思い込む。
エルス副団長は、ノートン団長が一人で食料庫に入ったときに盗んだと疑う。
「つまり、二人はあなたの手のひらの上で踊らされていたわけです」
「ふふっ、面白い想像ですね。何度でもいいますが、証拠がどこにあるんですか?」
「貴様っ……」
「確かに食料庫にノートン団長を一人で行かせました。カードは持ってませんし」
ジャンは余裕の表情を崩さない。
ノートン団長が怖い顔で睨んでいるし、ここはさっさと仮面をはがそう。
「あなたの誤算はたった一つだけでした」
「……何だと?」
「あなたたちが包囲されていなければ、本当に証拠がなかった可能性もありますよ」
私が話している間に、エルス副団長がジャンの背後を取る。
そして勢いよく服の裾を掴んだ。
「何するんだ!?」
「あなたは食料庫に入っていない。というか、入れないはずですよね?」
「ああ! それがどうした!?」
「よく見てください。あなたの服の裾にあるものがついています。食料庫の煤が!」
包囲されていたから、ジャンは服を綺麗に洗濯できなかった。
薬指に指輪をしているということは既婚者で、普段は洗濯などしないのだろう。
だから洗濯が不十分で、裾についた煤が洗えていなかったのだ。
「まあ、それだけでなく新しい服がないという厳しい裏事情にも助けられましたが」
「まさか……こんなところに証拠があるとはっ!」
ジャンの虚しい絶叫が辺りに響き渡る。
こうして内通者であるジャンは捕縛され、宿屋の個室に軟禁状態となった。
「イリナお姉ちゃん、いつ服の煤に気づいたの?」
「最初から気づいていたわよ。もっとも、その時はただの土汚れだと思ってたけど」
エルス副団長にした質問の二つ目。
“食料庫は汚れていたりしますか?“という質問の答えは、”煤が酷いです“だった。
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