『第百二十七話 食料庫問題(イリナ視点)』
「間違いなく罠だな」
「まあ、そうでしょうね」
数時間後、私たちと合流したべネック団長ははっきりとそう言った。
まあ、私の推理には穴も多い。
例えば夜の反撃を何らかの理由でやめられたら、門を破るタイミングが狂う。
これだけ大掛かりな作戦を考えた人が、こんなあからさまな穴を放置するかな?
「話を聞く限り、今回の作戦を考えたのは相当の策士だ。吞み込まれるなよ」
「分かっています」
「とはいえ、既に作戦開始はされているんでしょう。使える時間は少ないです」
シーマが歯噛みする。
ノートン団長たちに作戦開始の通達をしていいかと問われ、快諾してしまった。
私はなんて馬鹿なことを。
「グダグダしていても時間が過ぎていくだけ。聞き込みでもしてみましょうか」
「ああ、そうだな」
「すみません、最近この隊で変わったことはありませんでしたか?」
べネック団長が頷くと、アリアが笑顔で近くにいた兵士に問いかける。
第四騎士団は孤立していたから、顔を合わせるのは見知った人たちばかりだった。
そんなときに現れた私たちと話したいと思っている人は多い、とノートン団長。
実際、問われた兵士はだらしなく鼻の下を伸ばしている。
「そうだな……数日前から食料の減りが早いって誰かがぼやいていたな」
「食料ですか」
「ああ。ほら、そこに小っちゃな建物があるだろ。あそこに食料がしまってある」
その建物は本来であれば門番の小屋として使うものなのだろう。
重々しい鉄の扉がつけられている割に、三人も入ればいっぱいといった感じだ。
門を挟むように左右に一つずつ作られた小屋のうち、左側が食料小屋か。
「右側の小屋には何が……?」
「あっ? あそこには武器がしまってあるんだよ。銃弾とか砲弾の弾とかな」
兵士によると鉄の扉には特別な魔術がかけられているらしい。
開けるには特別なカードが必要で、現在はエルス副団長がカードを保持している。
カードを持っている人以外が扉を開けようとすると、攻撃魔法が放たれるらしい。
また、扉を攻撃しても同様の現象が起こるという。
「敵が一回、門を破りそうになったんだが、魔法で大きな被害を出したんだろうな」
「すぐに撤退していきましたね」
櫓に上がってきた別の兵士が敵陣を見ながら、そんなことを言った。
そんなに強力な魔法なのか。
「あれはちょっと過剰だよな。特に火魔法が空中で何度も爆発して……」
「敵の魔法だけじゃなくて、味方の魔法まで爆発に巻き込まれて消えちまうんだよ」
「後衛にとっては天敵ともいえる罠ですね」
アリアが顔を歪めた。
敵の話はともかく、それだけ派手な魔法なら食料を盗みだすというのは不可能か。
正直、私は内通者の存在を疑っている。
内通者が通信石を持っていれば、王城に向かったタイミングで挟撃ができるから。
「そういえば、どうしてエルス副団長がカードを持っているんです?」
「私も気になっていた。こういう重要なものは団長が持っていた方がいいのでは?」
兵站は重要だからね。
質問を受けた二人の兵士は本陣がある方角に視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「ノートン団長が心労で倒れちまったからだ」
「まあ、無理もないさ。まともに寝れないってのに仕事は山のようにあったからな」
「それでエルス副団長がカードを持つようになったんだよな」
ノートン団長もかなり無理をしていたのだろう。
その結果、全てを担っていた指揮官が寝不足と疲労で倒れてしまった。
だから少しでも負担を減らそうと、エルス副団長が兵站を引き継いだのか。
「最近ではエルス副団長も眠そうだよな」
「やっぱ指揮官は責任も大きいんだろうな。俺みたいな下っ端には分からねぇが」
最初にアリアが声をかけた兵士――ジャンがしみじみと呟く。
この人は服のサイズがやけに大きくて、裾が土で汚れてしまっている。
「そういや、カードをエルス副団長が持つようになってから食事の量が減ったよな」
「ああ、何でもこのままのペースだと二週間後には食料が尽きるらしい」
櫓に上がってきた方の兵士――髭が濃いバルバスがため息をつく。
私たちもアリアの魅了を使いながらじゃないと厳しかった。
後方支援の兵ならなおさらだ。
このままだと食料の補給はできないと見るべきだろう。
「だから今日のうちに決めたいんだけど……」
「あの僧兵ども、包囲しているだけで攻撃してこないから無駄に神経を使う」
「いつ攻撃してくるか分からないからね」
バルバスによると、アリアが魅了した僧兵はやはりイルマス教の援軍らしい。
援軍は王都側で第四騎士団を完全に包囲したが、攻撃はしてこなかったという。
もちろん、包囲を抜けようとする者に対しては容赦なしに制裁を加えたようだが。
「うーん、妙ですね」
「そうだろ? おかげでこっちは罠に怯えなきゃいけない」
「突然攻撃してくる可能性もあるから、備えなきゃいけないってのもあるしな」
「アリアちゃんって言ったか? 君もおかしいと思うだろ?」
昼間は襲撃がなくて暇なのか、近くで休んでいた兵士たちが櫓に上がってきた。
今の情報を総合すると、考えられるのは兵糧攻めだろうか。
現状、私たちは門の外にいる敵の軍とイルマス教の僧兵に囲まれてしまっている。
そして食料が減れば、包囲されている側は多少無茶でも攻勢に出ざるを得ない。
「もしかしてよ、魔術はもう切れてんじゃね?」
「敵を迎撃した段階で魔法が切れたってことか? もしそうなら説明がつくが……」
「誰か攻撃してみてくれよ」
兵士たちの視線が私に集まる。
アリアやシーマでもいいが、【精霊使い】の二人の魔力は温存しておきたい。
べネック団長の黒い矢も同様だし、魔力をほとんど使わないのは私だけだ。
「分かりました。ちょっとやってみますね」
「ああ、やってくれ」
「扉に攻撃を当てれば魔法が発動するはずだ。魔術が切れてなかったらの話だが」
ジャンの言葉を聞き流しながら、剣を抜く。
「扉の周りにいる人たち、どいてください! グリード式剣術の壱、【鎌鼬】」
「うぉっ!?」
斬撃は、ちょうど扉の近くにいたエルス副団長の横を通過して扉に当たった。
カンという乾いた音が響く。
「……弾かれたね」
「つまり、きちんと魔術はかかっている。それなのに食料が減るというのは変だな」
べネック団長が首をかしげる。
魔術がかかっているなら、扉を壊そうとした時点で魔法が飛び交っているはず。
誰も気づかないわけがない。
「おい、そんなことを言っている場合じゃ……」
「来るぞ!」
兵士たちが急いで櫓を降りていくのを不思議に思っていると、私たちの足元に影。
上を見てみると、大きな岩が空中に浮かんでいた。
「おいおい、ちょっと待て!」
「土魔法で最も強い魔法、【ビッグ・ロック・クロック・シャドウ】です」
魔法名は驚きの四語。
基本的に精霊魔法は複数の言葉を組み合わせて使い、その言葉ごとに意味がある。
例えば【ビッグ】で魔法を大きくする、【ロック】で岩を生み出すという風に。
そして、魔法を発動させるのに必要な言葉が多いほど威力が増すと言われている。
詠唱に時間はかかるけど。
だけど……四語の魔法って理論的に可能なのだろうか。
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