『第百二十三話 白露の処女(シーマ視点)』
べネックさんが浮いている……?
ハルックの技を受けたべネックさんは、水流の檻に閉じ込められた。
水には毒でも入っているのか、それとも土や岩でも含まれているのか、ひどく濁っているが、重要なのはそんなことではない。
水流の檻は浮いていて、なおかつ地面が全くといっていいほど濡れていないのだ。
あれ……どういう仕組みで……。
僕に託された救出という使命を忘れ、しばらく眺めていると背後から殺気が。
とっさに体を捻って回避する。
ティッセ師匠に嫌というほど叩き込まれた、殺気を読むという技術が役に立った。
「何を見ているんだ? もちろん助けにはいかせないぜ?」
「構いませんよ。あなたを倒したら、すぐに助けてあげますから」
こいつが邪魔してくることなど分かっている。
僕がしなければならないことは、こいつを倒してべネックさんを解放すること。
能力のおかげで魔法は封じられるが、正面からの戦いを要求されるのが厄介だ。
そうでないと【天空防御】が発動してしまうからな。
さて、どう攻めたものか。
「リムル式剣術の弐、【小石たちの舞踏会】」
「ちっ、リーデン式剣術の漆、【小雪を駆ける人馬】」
まだ地図上にリムル王国が残っていたとき、僕はとある剣術を習っていた。
魔法と剣術を融合させることから疑似魔剣と呼ばれるリムル剣術は対処が難しい。
例えば、今の【小石たちの舞踏会】は数字的には“弐”に分類される技だ。
一般的に数字が大きいほど威力が上がるが、この“弐”は他国であれば“陸”相当。
それほどまでにリムル王国と他国では剣術の発展度合いでは大きな差があった。
ゆえにハルックは逃げるための技を選択するしかない!
「リムル式剣術の参、【舞い散る光】」
逃げ回られると厄介なので、予定よりも少し早いが爆発に巻き込んでやろう。
この【舞い散る光】は【小石たちの舞踏会】とセットで使う技だ。
剣術と土魔法を融合させた技である。
まずは土魔法で作った小石を発射して敵を囲む。
逃げ道を塞いだところで作り出した小石を一斉に爆発させて、敵を葬る。
リムル王国で俺が一番、得意にしていた技だ。
まあ、ハルックがそんなに簡単に死ぬとは思えないが、死んでなくとも構わない。
こうしてべネックさんを救出する時間が稼げたのだから。
「リムル式剣術の壱、【飛翔の影】」
「リーデン式剣術の漆、【白露の処女】!」
爆発の中から声がしたと思ったら、闇の斬撃を受け止めている女が一人。
あの技を体で受け止められるということは、【飛翔の影】より強い光属性持ちか。
「リムル式剣術の弐、【影縫い】!」
「【光の衣】」
「――奪取! ってあれ?」
相手が魔法を使ってきたので精霊を奪取しようと思ったが、奪った感触がない。
混乱している間に、【影縫い】は消滅してしまった。
「ちっ……厄介だな」
どうやら【白露の処女】で作り出された女は、精霊なしで魔法を使えるらしい。
魔法を封じられるというアドバンテージを完全に失った……!
「【ホーリー・ライト】」
「――うぉ! 危ない技を無詠唱で使うんですね!」
危険極まりないな。
僕に剣術の基礎を叩き込んでくれた師匠のことを思い出す。
ティッセ師匠も厳しかったが、剣術の師匠とは比べ物にならないほど優しかった。
仲間にそう言ったら、なぜかドン引きされたが。
現役のSランク冒険者でも話にならないほど剣術の師匠は強い。
何より隙がなかった。
あの女からは、師匠みたいな隙のない強者の雰囲気がする。
「本気を出しますか……」
今までははっきり言って小手調べみたいなものだ。
その証拠に、僕は今まで壱、弐、参という下位三つの技しか使っていない。
だが、それもここまでだっ!
「リムル式剣術の肆、【闇の将軍】!」
「【ホーリー・ライト】」
「ご丁寧に同じ技を使ってくれましたね! その油断が命取りですよっ!」
僕はホーリー・ライトに正面から突っ込む。
特殊な能力持ちか、教会関係者でないと体が焼かれてしまうホーリー・ライト。
それに自ら突っ込むとは思っていなかったのか、一瞬だけ女が動揺した。
刃を黒く染めた剣を天に掲げると、ホーリー・ライトが消滅する。
同時に刃を覆っていた黒も消滅し、後には鈍い銀色の刃だけが残されていた。
「…………!?」
どれだけ強い光魔法でも、一回だけ光魔法を無効化する融合技、【闇の将軍】。
こっちには本物の魔剣の使い手に教えてもらった過去があるのだ。
手にあるのが疑似魔剣だとしても、使い方はこの場にいる誰よりも熟知している。
「リムル式剣術の伍、【闇の覇王】」
「リーデン式剣術の漆、【小寒の磨羯】!」
あと数センチで刃が届くというところで、ハルックによる妨害が入ってしまった。
術者が別の魔法を使ったというのに、女は無表情のまま水の檻の前に佇んでいる。
「もう復活したんですか。随分と丈夫な体なんですね。防具のおかげですか?」
「さあな。そんなものは俺にも分からん」
ハルックは大げさに肩をすくめた。
お互いに剣を構えたまま笑顔で会話を続ける姿は、さぞ滑稽だっただろう。
だが、この場に他者はいなかった。
「お土産に教えてほしいですね。その女の倒し方を。さっきから厄介で仕方がない」
「何を言い出すかと思えばお土産って……冥土にでも行く気か?」
「それもいいかもしれませんね。誰かさんのおかげで僕には家族もいませんし」
――笑顔でいろ。
これは僕のくだらない矜持みたいなものだ。
どんなに辛いことがあったとしても人前では絶対に泣いてなんかやらない。
――見せつけてやれ。
ほとんどの魔力を使い切り、体力も残っていない僕が出来る精一杯の強がりを。
時間を稼げば、きっとべネックさんは自分で脱出しちゃうだろうから。
「……せめてお前の両親と同じ技で葬ってやろう。リーデン式剣術の参、【水閃】」
「……そんなの嫌ですよ。リムル式剣術の壱、【闇衣】」
両親と同じ技で葬るだって?
冗談じゃない。
目の前で見ていた技、そして対応できるはずの技で最期を迎えるなんてごめんだ。
「ティッセ師匠でもなす術がないほどの大技、隠し持っているでしょう?」
「……喰らいたいのか?」
「強大すぎる力は人に諦めをもたらします。僕が剣士になるのを諦めたようにね」
僕の剣の師匠ですらリルム王国の騎士たちには敵わなかった。
ハンルさんでようやく戦いになるくらいの人が、一般の騎士にだ。
だから僕は剣士という夢を諦めた。
大人しく実家の商会を継ごうと思っていたところで、さらに人生設計を狂わされたのだが。
「分かった。冥途へのお土産に教えてやろう。白露の処女の倒し方をな」
「何です?」
「この指輪を破壊すればいいんだよ。逆に本体をいくら攻撃しても倒せないぜ」
「ありがとうございます」
どうせ死ぬ身なんだし、最期くらい嫌いな奴の鼻を明かしてやろう。
僕はアクセサリーに隠し持っていた短剣を突き刺す。
破壊できたと思った瞬間に爆発に巻き込まれ……べネックさんに抱き留められた。
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