『第百二十二話 立冬の天蝎(べネック視点)』
お前は最初に“王弟殿下の領地ではよくもやってくれたな”と言った。
だが、私からすればララのときはよくもやってくれたなという感じだ。
我が家に乗り込んできたのは、こいつの父親と妹だけれども。
「グリード式剣術の参、【火炎の舞】」
「リーデン式剣術の陸、【夏至の巨蟹】」
私の剣とハルックの剣がぶつかり合い、金属同士が擦れ合う不快な音を出す。
明らかに私の方が不利な鍔迫り合いは、ハルックの剣を襲った氷魔法で終了した。
「うおっ!?」
「僕もいることを忘れないでください。魔法でのサポートなら得意分野です!」
シーマが杖を構える。
現役のAランク冒険者で、ティッセの教えを受けていた少年は誰よりも凛々しい。
昔は臆病だったというが、嘘なのではないかと疑ってしまう。
「くそっ……火のせい……」
「【奪取】!」
「ちっ、まさかの精霊使いかよ。べネックと一緒にいるなんてついてねぇな……」
ハルックが舌打ちをする、
こいつは昔から攻撃するための剣術は苦手で、防御に特化した剣術家だった。
一方の私の剣術は攻撃に特化しているが、能力で防御面も補える。
つまり、もともと私が有利なうえにシーマのおかげで魔法攻撃まで封じることが出来るのだから、勝てないはずがない!
「グリード式剣術の肆、【水流演舞】」
「リーデン式剣術の漆、【立夏金牛】」
攻撃を再開するにあたり、私が選択した【水流演舞】は回避に特化した技である。
水が流れるがごとく優雅に舞い、敵の攻撃を回避する。
防御特化のハルックは決して自分から攻めることはなく、弱点属性を撃ちこんでくるのみだ。
現に今だって、水属性の攻撃に対して土属性と雷属性を内包した技を放ってきた。
だから【水流演舞】はあえて捨て駒に使い、本命の攻撃は次の技!
「リーデン式剣術の陸、【小満の双児】」
「ちょっ……うっ……」
続いて選択したのは【小満の双児】で、移動速度で相手を撹乱する技である。
極めつけは技の発動を阻害するシーマの氷魔術。
唇に氷の弾を当て続け、口に出さないと発動できない技を封じるつもりだろう。
わざと相手が得意とする剣術の技を使ったことといい、実に完璧な作戦だった。
たった一つの誤算を除けば、だが。
「なっ!?」
「おいおい、もう忘れたのか。せっかくお前の黒い矢をすべて弾いたというのに」
技の発動が出来ないと悟ったハルックは、突然その場でしゃがんだ。
自分から反撃できない態勢になったことで、おかしいと思わなきゃいけなかった!
愚かにも好機だと思った私は背後から脳天に剣を振り下ろし……何かに弾かれた。
レア能力、【天空防御】。
普通は空からの攻撃を防ぐための能力だが、姿勢を低くすれば普通の攻撃ですら弾く対象になる。
王弟殿下の領地で私のダーク・アロ―・レインを阻んだのはこいつだったのか。
本当に厄介な能力だな。
「それじゃ、今度はこっちからだ。リーデン式剣術の弐、【獅子の咆哮】
「氷の精霊よ、僕の求めに応じて氷の針を生やせ。【アイス・ニードル】」
下からの攻撃なら防げないと考えたのだろうシーマが援護するが、無駄だった。
ハルックはその場で大きく飛び上がり、下に向けて斬撃を繰り出す。
すると衝撃波のようなものが、出来たばかりの氷の針だけでなく私たちも襲った。
「ちっ……」
「べネックさん、上から来ます!」
なんとか衝撃波を回避したところで、シーマが鋭い声を上げる。
言葉につられて上を見ると、真っ赤に燃える剣を構えたハルックが落ちてくる。
防御するための技は……時間的に間に合わないか。
シーマの魔法による援護も期待できないし、ここは【防御】だけでどうにか耐えるしかない!
「【防御】、最大出力!」
「リーデン式剣術の漆、【立冬の天蝎ゥゥゥゥ】!」
早口で【防御】を最大出力まで跳ね上げた直後、上からの強い水流が私を潰した。
「グッ……ゴボゴボゴボ……」
しかも闇魔法の毒がじわじわと鎧を溶かしていき、物理的な防御を下げられる。
体には最大出力の【防御】が働いているから無事だが、これはえげつないな。
さらに先ほどの口に出せないという制約で、自分では水流の檻を解除できない。
シーマに頼るほかないが……彼も今ごろは一人でハルックと対決しているのだろうし、相変わらず援護は期待できない。
「ゴボッ……」
こういうときは、自分の能力が少しだけ恨めしくなる。
能力が【防御】でなければ今の攻撃で死んでいるが、攻撃が出来ないのは……。
いや、みんな同じようなものか。
ティッセの【気配察知】、ダイマスの【支配者の分析】、イリナの【剣術強化】も全部サポート的な能力だ。
もちろんハルックの【天空防御】も攻撃になんて使えないし、アリアやシーマの【精霊使い】ですら、口が封じられてしまえばただのゴミ能力に変化する。
そう考えると攻撃系の能力って意外と少ないのか?
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「ゴボボッ……」
まずは落としてしまった剣を探さないと。
先ほど、なせか恨んでしまった【防御】のおかげで呼吸はできている。
この状態がいつまでも続くとは思えないが。
そして、今も私を押し流しているこの水流には明確な基準があるはずだ。
百回斬られると消滅するとか、攻撃されれば技の威力に関係なく消えるとか。
私がすべきことは呼吸が出来なくなる前に、基準を見つけることに他ならない。
基準さえ見つけてしまえば、呼吸が途切れてしまってもしばらくは大丈夫だろう。
何も分からないまま呼吸が出来なくなってしまうことは避けなければ。
「ゴボボッ……」
しっかし、視界が悪い水だな。
毒のせいで濁っているからか、伸ばした自分の手すらまともに見えない。
もちろん外の様子も見えない。
そんな状態に追い打ちをかけるかのように、完全に水流に飲み込まれている。
それでも必死に水流に抗っていると、足に何かがぶつかった。
「ゴボッ!」
感触から考えると細長いものだし、剣の柄の部分が足に当たっているのだろう。
ようやく見つけられた……のだが。
相変わらず私を押し流さんと水流が頑張っているため、剣を拾うことができない。
「ゴボボッ……?」
このとき、おかしなことに気づいた。
柄の部分が足に当たるということは、剣は地面に突き刺さっているということだ。
ところが、私が剣を落としたのは水流に流されてからだ。
それなら私のように水流に流されるのが普通で、地面に突き刺さるわけがない。
「ゴボボ……」
さらに、私の剣の柄の部分には鎧と同じ金属が使われているのに溶けていない。
これは足にぶつかってくる感触からも明らかだ。
一度は毒入りの水流にも触れているはずなのに溶けていないのは、妙だ。
この辺りが基準に関係していそうだな。
「ゴボボッ!」
しばらく考えて結論を出した私は、見事に【立冬の天蝎】からの脱出を果たした。
予想通り、服は全くと言っていいほど濡れていない。
「ぬあっ……!?」
「シーマ、よく頑張ってくれた。そしてお待たせ。最終決戦と行こうじゃないか」
こちらに向けて吹き飛んできたシーマを抱き留め、私は不敵な笑みを浮かべた。
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