『第百十九話 怪しい女』
一目見たとき、おかしいと思った。
俺の仕事の中に、受付嬢たちが請け負った仕事を確認するというものがある。
執務室で確認していた俺の目に飛び込んできたのは、何とも怪しい依頼だった。
なんでも、一緒にお茶を飲むだけで金貨二万枚をくれるというのだ。
こういった破格の依頼は“地雷”と呼ばれ、面倒な依頼である可能性が高い。
他国のギルドではEランク冒険者がAランク相当の敵と戦ったらしいしな。
結果? もちろん全滅さ。
「これは俺が行くしかないな」
「ギルドマスター自らが依頼をこなすんですか。どれだけ厄介な依頼なんです?」
「マルティークか。入るときはノックをしてくれ。ほら、これが依頼書だ」
「すみません。うーわ、絶対にヤバい依頼じゃないですか」
「本当にお茶会だけならティッセに任せてもいいんだが……なんか怪しいんだよな」
ティッセはこの国唯一の魔剣士の冒険者である。
一年でランクをEからAまで上げた精鋭で、俺が教育係を引き受けているのだ。
Aランクのティッセなら死ぬことはないだろうが、俺が行くのが最適解だろう。
「悪徳貴族とかでしょうか?」
「分からんが……お茶会というくらいだから毒を警戒しなければいけないだろうな」
「この国で一番毒に強いであろうハンルさんが何を言っているんですか」
副ギルドマスターを務めているマルティークが呆れたような顔でため息をつく。
俺はギルドマスターなんてものを務めているが、実はスラム出身の孤児である。
この国の闇を嫌になるほど見てきた。
それこそ悪徳貴族の脱税の片棒を担がされたこともあるし、毒も数えきれないほど飲んだが、俺には効かなかった。
調べると、母親の姉だった先代の聖女が生まれた俺に加護をくれたと分かった。
まあ、俺のルーツはどうでもいい。
「今まではたまたま効かなかったが、俺にも効く毒が発見されているかもしれない」
「見た目からは想像もできないネガティブ思考ですね」
「俺自身がクリーンだとはいえないからな」
十二年前から四年間、駆け出し冒険者だった俺は金に困って奴隷商に手を出した。
基本的には孤児の志願者を売るだけだったが、一人だけ貴族を誘拐した。
名は……アンナとか言ったか。
彼女の実家が雇った占い師のような女にバレる前に、急いで解散命令を出したが。
今度、グリード家に行ってみるか。
これでも罪悪感はかなり感じているのだが、この職に未練があるんだよな……。
「はぁ……」
「突然ため息なんかついてどうした。奥さんとの関係で困っているのか?」
「違うわ! 今でもラブラブ……じゃなくて! 自分の醜さを突きつけられてな」
「……?」
マルティークが胡乱げな表情でこちらを見る。
こいつは俺と違って貴族の三男坊だから、生活に困って……とかないんだろう。
正直に言って羨ましい。
「まあ、この話は置いておいて。明日の昼までは特に予定はなかったはずだよな?」
「ええ。午後は皇帝陛下が来られるはずなので、それまでに帰ってきてくださいね」
「分かっている」
皇帝陛下との会談をすっぽかすなんて、自殺行為に等しいからな。
絶対にしない。
翌日、指定された待ち合わせ場所に行ってみると、そこには一人の少女がいた。
いや、こいつは本当に少女なのか?
「あなたが依頼者……“レイラ”さんでしょうか。冒険者のハンルという者ですが」
「そうです。でも感激しましたよ。まさかギルドマスターが来て下さるなんて」
無邪気な笑みを浮かべるレイラに寒気がした。
さっきから、明らかに少女が発するものとは思えない魔力の気配がするんだよな。
それも魔力器官を強化した感じがする。
いったい、ここまでの魔力を手に入れるのにどれほど地獄の痛みを味わったのか。
「……何か?」
「なんでもありません。私は午後に用事がありますので、お早めにお願いします」
「ふふっ、了解しました」
どうやら無意識のうちに見つめ過ぎていたようだ。
レイラの視線に晒されたとき、魔物に殺されかけたことを思い出した。
圧がすごい。
慌てて頭を下げると、あれほど重くのしかかってきていた圧が綺麗になくなった。
「それでは案内します。ついてきてください」
「ああ」
レイラに続いて歩くこと十分。
俺が連れてこられたのは、メインの道から少し離れたところにある喫茶店だった。
「ここのケーキ、すごくおいしんですよ?」
「そうなんですか。それは楽しみですね」
正直に言うと魔力の気配が気になって食事どころではないが、そこは依頼である。
しかも俺はギルドマスターなのだから、失敗は許されない。
席につくとレイラはコーヒーとケーキ、俺はアイスティーとケーキを頼んだ。
「どうです? いい雰囲気のお店でしょう?」
「そうですね。メインの道から離れているから、こういう内装ができるんでしょう」
メインの道沿いの店は大勢の客が利用するため、回転効率重視になりやすい。
そのため内装はシンプルな店がほとんどで、冒険者ギルドの酒場も例外ではない。
なにせ、机と椅子しかないのだから。
その点、大通りからある程度離れていれば、客の人数は自然とある程度まで抑制されるから、今度は内装勝負になってくるのである。
この喫茶店も熾烈な内装勝負に勝利するために、内装を重視しているのがそこら中から伝わってくる。
「確かにそうですね。あっ、ちょっといいですか。すみません」
「は、はい。気にしないでください」
目の前が光に包まれたが、原因はレイラの胸元のポケットに入っていた石だった。
恐らくは通信石だろうが、高価な通信石をこんな少女が持っているものだろうか。
そんなことを考えていると、俺の通信石も光り出す。
繋いでみると、マルティークからの連絡だった。
「どうした、何かあったのか?」
『ギルドマスター。突然ですが、体に不調はありませんか?』
「ないが……」
『よかった。どうやらギルマスのチェックを通さずに貼られる依頼だったようで』
「なるほどな」
この依頼も本来はチェックを通さずに貼る依頼だったのだろう。
しかし、誰かが間違えてチェックしてもらう依頼書に混ぜてしまったのだろう。
『それで、前に受けた者の報告ではお茶を……』
「すまん、依頼者が戻ってきたから切るぞ」
『ちょっ!』
通信石をポケットに入れたタイミングでレイラが戻ってくる。
続いてアイスティーが運ばれてくる。
レイラの前にはコーヒーだ。
「いただきます」
「それでは失礼して私も。いただきます」
貴族の子女のような整った姿勢でコーヒーを飲むレイラを尻目に、俺も一口飲む。
おいしい、と思った途端に異変が訪れる。
「んっ……!? 何だよ、これ……」
体が動かないだけならどうにかなったが、思考まで何かに侵食されていく。
俺は……。
「ふふっ、攫われてしまった王子様を取り戻すお手伝いをよろしくお願いしますね」
そこから先は……闇。
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