『第百十八話 誰がための解呪(二)』
皇帝の戦線が立て直され、ハンルを相手する二人が回避に専念しはじめたころ。
空中の戦いは佳境を迎えていた。
「魔剣・能力開放、【狐火】」
「リーデン式剣術の参、【陽光演舞】」
ティッセが放った斬撃と、ダイマスの剣が怪物の左足を斬り落とした。
怪物は一瞬だけバランスを崩したものの、すぐに立ち直る。
ティッセは【魔剣・鬼火】を駆使して怪物の突進を回避しながら、思わず愚痴をこぼした。
「こいつ、適応能力高すぎだろ!」
「ギルマスを操っている怪物だからかもね。あの人は相当適応能力が高いはずだし」
「厄介だな!」
適応能力が低かったらSSランクまで昇格していないし、ギルドマスターになどなれないため、当然、その能力はティッセを大きく凌駕する。
さらに皇帝を操っている怪物の堅実かつ大胆な攻めも加わり、ティッセは大きく疲弊していた。
「魔剣・能力開放、【行火】」
「ティッセ、右から五秒後に突進攻撃。八秒後に前から噛みつき攻撃が来るよ」
「了解っと」
疲弊したティッセを支えているのが、ダイマスの能力である【支配者の分析】だ。
そもそも、この謁見の間には十人を超える人間がいる。
すると戦闘の邪魔になってしまうため、ティッセは【気配察知】を切っている。
しかし、不意打ちに対応できないという問題が発生。
その問題を解決してくれるのが、ダイマスが使う【支配者の分析】だった。
攻撃を回避したティッセは、噛みつき攻撃をしてきた怪物の腹に魔剣を突き刺す。
疲労を回復する効果のある【魔剣・行火】の効果もあって、怪物が呻き声とともに後退する。
怪物が初めて後退したのだ。
戦意が上昇したティッセは、ダイマスと怪物を謁見の間の中心に追い詰めていく。
「ダイマスも攻撃しやすくなっただろ?」
「どちらにも落としやすいしね。まずは第一フェーズを成功させたかな」
不敵な笑みを浮かべるダイマス。
氷の足場を増築しなくてもよくなり、残存魔力をすべて攻撃に使うことができる。
攻撃の効率は確実に上がっていた。
「ダイマス、右の怪物はもうすぐ落とせるだろ? 翼に傷が増えてきたぞ!」
「そうだね。一、二発くらい魔剣を使えば落ちるかな」
ダイマスは未だに傷が少ない怪物を抑えるのに苦労していて、手を出せない。
ゆえにティッセは一人で怪物に立ち向かう。
手負いとはいえ、分身を作り出せるほどの膨大な魔力を保持している怪物に。
「魔剣・能力解放。【斎火】
空中戦に使う魔剣、【魔剣・鬼火】を使っている間は他の火魔法を使えない。
その代わりとして、『能力開放』という技が存在しているのだ。
今回ティッセが使った【斎火】は、火魔法でいう【聖火】と同じような効果を持つ技である。
体が闇魔法でできている怪物に効果は抜群。
右の翼に直撃したことで、飛ぶことができなくなった怪物は地面に落下していく。
「よし、まず一体!」
「第二フェーズをクリアしたね。本音を言えばハンルの真上に落としたかったけど」
ダイマスが下を見ながら言う。
二人が落下させた怪物は皇帝を操っているもので、わざとハンルの隣に落とした。
「何だ、こいつは?」
「邪魔だし、脇に避けちまいな」
彼らの目論見通り、分身したハンルは戦いの邪魔をした怪物に攻撃を加えた。
いや、加えてしまったというべきだろうか。
「うおっ!?」
「何かしたのか? 皇帝が紫色の光に包まれているぞ」
今まで皇帝と戦っていたミックザムとレイムが驚きの声を上げる。
皇帝と戦っていた全員が見守る中、皇帝は分身を失って一人に戻ってしまった。
「怪物の力が弱まった……?」
「レイムさん、リゼさん! あの怪物を光魔法で攻撃してください!」
「承知した」
「分かった」
怪物は強い闇魔法で作られているので、物理攻撃ではどう頑張っても消滅しない。
光魔法以外の魔法を当てた場合も同様である。
だが、ミックザムは分身が消滅したのだから、怪物は瀕死だと考えたのだ。
要するに“物理攻撃だったから消滅していないだけ”だと。
「火の精霊よ、私の求めに応じて悪を滅す浄化の炎で燃やせ。【聖火・シャドウ】」
「光の精霊よ、私の求めに応じて悪を滅す浄化の光で照らせ。【ホーリーライト】」
ミックザムの推測は正しかった。
二体のハンルの攻撃により、怪物は分身を保てないほどに弱っている。
そんな怪物が弱点の魔法を喰らったらどうなるか。
レイムの聖火、リゼのホーリーライトが怪物に直撃し、怪物を完全に消し飛ばす。
その巨体は跡形もなく消滅した。
「やっぱり!」
「皆さんは一度、私のそばに集まってください。傷を癒しますわ!」
皇帝が気絶するのを見届けたミックザムたちは、ルナの回復を受ける。
傷を全て癒してもらい、万全の状態になったうえでハンルに向き直った。
視線の先ではルイザとホラックが的確に攻撃を回避している。
「レイムさんとリゼさんは怪物をお願いします!」
「分かった」
皇帝が気絶したことで、残りの敵はハンルさんが二体と怪物が一体。
怪物が二体から一体に減り、空中での戦いは一気にティッセたち優勢に傾いた。
「ちっ……皇帝がやられたか」
「あなたが倒したんですけどねっ!」
皇帝と戦っていた二人が合流し、地上での戦いもこちらが有利になると思われた。
しかし、SSランク冒険者はあっさりと倒れない。
やや押され気味だった皇帝とは違い、二対一でも余裕で攻撃をいなしている。
傷が多いハンル①を倒してしまおうとミックザムとルイザが協力して戦うが……。
「ヘルシミ式剣術の参、【花紅柳緑】」
「ヘルシミ式剣術の弐、【九夏三伏】」
「リーデン式剣術の伍、【邪神の舞・流水の型】」
怪物は未だに倒れておらず、ハンルが放つ闇魔法はありえない威力となっている。
ハンルの実力とて、伍の名がつく技は連発できない。
だが、怪物の力で闇魔法が強化され、普段ならありえない連発を可能にしている。
「光の精霊よ、私の求めに応じて悪を滅す浄化の光で照らせ。【ホーリーライト】」
「GYAOOOOOOO!?」
要するに、怪物さえ倒してしまえば関係ない。
ハンルの分身が解け、ハンル②から逃げ回っていたホルックが立ち止まる。
「ふぅ……これで終わりかな」
「ティッセはやっぱり強いな。最後も怪物を消し飛ばしてくれた」
「元冒険者として依頼には手を抜けない。今回はラルフからの依頼だからな」
冒険者時代、パーティーを組んでいたハンルの息子ということで何回か会った。
年が近いこともあって、仲はそこそこ良好だったのである。
「だからこそ、あなたがどうして操られてしまったのかを知りたいんです」
「…………」
「気絶したふりをしても無駄です。本当に頑丈ですね……数秒で目覚めるなんて」
ティッセに指摘され、困ったような顔でハンルが起き上がる。
皇帝はまだ気絶中だというのに、後から気絶したハンルはもう起きあがれるのだ。
もはや異常である。
「わーった。こうなったら仕方がねぇ。全てを話す。とはいえ、ある程度……」
「ええ。予想はついていますよ」
ハンルはその言葉を待っていたように大きく頷いた。
彼と下手人以外は誰も知らなかった、追放劇の裏側がついに明らかとなる。
少しでも面白いと思ってくださったら。
また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!