『第百十七話 誰がための解呪(一)』
翌朝、ティッセたち七人は皇帝とギルドマスターがいる謁見の間に押し入った。
皇帝たち二人は突然の乱入者に驚きはしたものの、さほど警戒はしていなかった。
なぜなら、彼らは油断しているから。
たった今押し入ってきた七人より、自分たち二人の方が強いと思っている。
「こんなに朝早くから何の用だ?」
「皇帝陛下、およびハンル殿。あなたたちを解放しに来たんですよ!」
「リゼさん、あそこに聖なる水をぶっかけて!」
レイムが目的を高らかに告げている横で、リゼがダイマスの指示に従って聖水をかけると、ドラゴンのような怪物が二体、空中に浮かびあがった。
「本当に操られていたのか……」
「何を呆けているんですか! もう戦いは始まっているんですよ!」
こちらを睨む怪物に圧倒されているレイムに、ルイザが厳しい言葉をかける。
レイムがいる場所は中衛。
本来ならばダイマスとミックザムがいるはずの場所だったからだ。
「すまない」
「しっかりしてください。皇帝はあなたたち頼りなんですからね」
立ち位置が誤っていることに気づいたレイムが、謝罪の言葉とともに移動する。
この間、わずか十秒。
人を相手にするのなら短い時間だっただろうが、怪物を相手にするには長かった。
「「GYAAAAAAAAAAAA!」」
二体の怪物がほぼ同時に咆哮を上げて、ティッセたちに向けて突っ込んできた。
もちろん皇帝とハンルを分身させることも忘れない。
「煉獄式剣術・再演。レッドス家の血を起動。火の精霊よ、剣に宿れ。【魔剣・鬼火】」
「氷の精霊よ、僕の求めに応じて山を作れ。【氷雪山】」
それを見たティッセは【魔剣・鬼火】を発動させ、ダイマスも【氷雪山】で足場を確保した。
二人とも、前回の失敗を反省してパワーアップしている。
ティッセはしっかりと詠唱することで魔剣の威力をアップさせた。
一方のダイマスも氷に多くの魔力を込めることで、足場を大きくするとともに硬度を高めたので、今ならハンルが二体で殴っても、壊すのに三十分はかかるだろう。
こうしてティッセとダイマスが空中戦に移行したころ、地上では激しい剣戟が繰り広げられていた。
「ヘルシミ式剣術の弐、【百花繚乱】」
「リーデン式剣術の肆、【舞い散る花弁】」
ミックザムの剣と皇帝①の剣がぶつかり合い、金属が擦れ合う音が響き渡る。
その脇ではリゼの魔法が皇帝②を襲っていた。
火魔法、水魔法、風魔法と多種多様な魔法が絶え間なく発射され、皇帝②に直撃しているが、皇帝②は怯まない。
自分に当たりそうな魔法は大剣で切り裂き、当たらない魔法はひたすら無視する。
最初に根を上げたのはリゼ。
無詠唱で魔法を発射するにはとてつもない集中力が必要だが、皇帝②は異常で、発射しても発射しても、魔法で一つも傷を負わなかった。
もちろんハンルと違って皇帝は魔法攻撃を無効化することはできないし、普通に怪我をするはずなのに傷を負わないというのは、発射した魔法が一つとして当たってないということに他ならない。
リゼの心が折れるのも当然といえた。
「なんで当たらない!? 一気に五十ほどの魔法を使っているのに!?」
「リゼさん、落ち着いて」
怪物に魔法を放っていたレイムが、錯乱するリゼを落ち着かせる。
その間、二人の皇帝は合流してミックザムを襲い始めた。
「マズいな……」
「一介の王子ごときが、この私に立てつこうなどという考えが愚かなのですよ!」
皇帝①が不快感を露わにする。
戦闘に集中するために喋っていなかったが、現状は二対一で限りなく有利なのだ。
少し集中が切れたところで敗北には直結しない。
皇帝たちの目論見通り、挟み撃ちにされたミックザムは徐々に傷を増やしていく。
しかし、皇帝たちにとって想定外だった事象が起こる。
ミックザムは足に傷を負ったことで動きが鈍くなっていたが、それが癒された。
「少し落ち着きなさい、ミックザム」
「母上……どうしてここに!? 牢屋の中でもアレッサの下僕だったのでは?」
「何をっ!」
ミックザムから見て、弟のアレッサは年齢以上に幼い。
既に十四歳になっているというのに、態度はまるで五歳くらいの幼児である。
背の低さもあって、傍から見れば高く見積もっても十歳くらいにしか見えない。
だからか、王妃のルナはしっかり者のミックザムには見向きもしなかった。
正確には見向き出来なかったという方が正しいのだが。
王子としての立ち振る舞いが致命的に出来ないアレッサにかかりっきりだったのであるが、ミックザムから見れば“弟ばかり構って自分には構ってくれない母”である。
ゆえにミックザムは心を閉ざした。
ちなみにアレッサは捕縛されたあと、疲れたという理由で牢屋から動きたがらず、ルナもそれに追随していた。
国王は運の悪いことに隠し通路のない牢屋に閉じ込められてしまって動けない。
ミックザムが一人で動いていたのは、こうした事情があったからだ。
「そうでしょう。侵略者に立ち向かおうとしない馬鹿弟に追随していたオバさん?」
「くっ……」
ミックザムがこのように話せるのは、レイムによって立ち直ったリゼの援護があってこそで、皇帝に対する戦線はようやく立ち直りつつあった。
一方、ハンルと戦っているルイザとホラックは、ハンルの圧倒的な力に未だ苦戦していた。
「うらぁ!」
「無駄だ。貴様らの攻撃は軽い。ティッセの方がまだいい攻撃をするわ」
二対一になるまで話す余裕がなかった皇帝に対し、ハンルは余裕があった。
むしろ余裕がないのはルイザ、そしてホラックの方である。
「ヘルシミ式剣術の参、【桜花爛漫】」
「だから甘いと言っている! グリード式剣術の弐、【太陽の舞】!」
「ちっ……」
剣同士が少しぶつかり合っただけで、ともすれば後ろに倒れてしまいそうになる。
ルイザは舌打ちをして、ほとんど無理やり距離を取った。
「はっ、近衛騎士団長というのは口だけか!」
「くそっ……」
ハンルの主な武器は拳だが、大剣を持っている相手に素手で挑むのは無謀だ。
つまりハンルは得意な武器を使っていない。
それなのに、ルイザたちがここまで押されているというところでハンルの強さが分かるだろう。
「ヘルシミ式けんじゅ……ぐぁっ」
余裕の表情を崩さないハンル①と睨み合うルイザの背中に、ホラックが勢いよく衝突した。
騎士総長を兼ねてはいるが、ホラック自身の戦闘力は微々たるもの。
彼と戦っていたハンル②にはほとんど傷がない。
さらに、魔法で注意を逸らすことも出来ないまま戦っていた二人は消耗していた。
「これはエグいな……」
「ええ。普段なら勝ち筋だけは見えるものですが、今回は一切見えません」
戦闘技術に乏しいホラックが騎士総長を兼ねている理由は、その分析力にある。
すなわち“勝ち筋を読む天才”。
攻撃を避けながら敵の癖や戦い方を読み取って、最も有効な一撃を叩き込む。
そうして勝ちをもぎ取ってきたのがホラックという剣士なのだ。
しかし、ハンルには隙が存在しない。
隙がない以上、戦闘技術の何もかもで劣っているホラックに挽回する術もない。
「どうやって倒す?」
「怪物をあの二人が倒してくれるまで回避に専念する。これが最も有効かな?」
ホラックは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
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