『第百十六話 戦闘前夜の武闘会(後)』
息子が作ってくれたこのチャンス、逃さない手はないな。
俺――レイム=レッドスは、オールと息子の戦いを見ているダンに話しかける。
「ダン、いいか?」
「ああ。それにしても、あの元Sランク冒険者がお前の息子だったなんてな」
「今は関係ない」
下手をすれば俺よりも多くの魔力を保持するティッセだが、オールには届かない。
莫大な魔力のほとんどを食い尽くす魔剣を使ってなお、オールの技術が上回る。
つまるところ、早く話し合いを終わらせてティッセに加勢しなければならない。
「お前らしい答えだな。それで何だ?」
「皇帝陛下とギルドマスターが何者かに操られている。お前たちは知らないが」
「操られている?」
「そうだ。紫色の煙による変異事件を知っているだろう」
ダンと俺の二人で事件を解決したこともあるし、ほぼ念押しのようなものだ。
予想通り、ダンは頷いた。
「忘れるはずもない。昨日までは優しかった父親が殺人鬼に豹変するんだもんな」
「その紫の煙から生まれる怪物が、皇帝陛下とギルドマスターから出てきたらしい」
俺の言葉に、ダンの顔から表情が抜け落ちる。
煙は操られた人の人格を大きく変えるものだから、むしろ気づかない方が難しい。
ところが彼は気づかなかった。
しかも操られている人たちを、凄惨な事件の数々を見てきているダンが。
「そんな馬鹿な……」
「皇帝陛下の行動はあまりにもおかしかった。そもそもこの戦争もだっ!」
「なあ、レイム。皇帝陛下は本当に操られていたのか?」
未だに信じられないような口ぶりのダンに苛立つ。
怪物が出てきたという目撃証言もあるというのに、なぜ疑問を呈しているのか。
「だからっ!」
「皇帝陛下は昔からヘルシミ王国に敵意を抱いてた。はっきり言って変わってない」
ダンの言葉は真剣で、嘘をついているようには思えない。
俺はヘルシミ王国に恨みを持っている何者かによって操られた皇帝が戦闘を画策したと思っていたが、これはどうやら間違っているようだ。
「だが、操られているのは事実だ。これは二名が目撃しているから間違いではない」
「そうすると問題なのは……“操られたことで何が変わったか”ですね」
「これは俺には分からないぞ。他国に行っていたからな」
「分かっています。ダイマスに聞いてみましょう」
俺たちは舞台を迂回し、ティッセに向かって何かを叫ぶダイマスに近づいた。
こちらに気づいたダイマスが怪訝な表情をする。
「レイムさん?」
「邪魔をしてすまない。皇帝陛下について、最近で何か変わったことはあったか?」
「そうですね……」
ダイマスの言葉を聞き、ようやくダンも皇帝が操られていると納得したのだろう。
「協力者を集めてみます」と言って大広間を出て行った。
さて、残る問題はオール=マイズだ。
ティッセはダイマスから得た情報をもとに、俺の予想より接戦を繰り広げていた。
だが、少々押され気味だし、ここは手助けをしてあげないと。
「俺の息子と戦うということは、俺とも戦う覚悟があるんだよな。【雪月花】」
「アシストありがとうございます。グリード式剣術の弐、【昇竜の剣舞】」
【雪月花】は氷魔法、闇魔法、植物魔法を一気に放出する技である。
オールは手が凍り、視界は闇に包まれ、足には植物の蔦が巻き付いている状況だ。
そんな状態ではティッセの敵ではなく、オールは地に伏すことになる。
戦闘後、一息ついたティッセは俺を見てこう言った。
「ふぅ……それにしても父上、僕をちゃんと息子だと思っていてくれたんですね」
「………」
オールと戦っていたときはあんなに的確な分析をしていたのに、なぜこうなった?
戦闘しているときのティッセと、今のティッセは別人なのだろうか。
「ティッセ、ちょっと手伝ってくれないか」
「はい!」
ミックザム王子に呼ばれ、ティッセは端に寄せられていたテーブルを並べている。
特にすることのない俺がボーっと立っていると、隣に立つ影が一つ。
「何の用ですかな?」
「ティッセと妹さんをレッバロン家に送ったのは、わざとですよね」
隣の影――ダイマスが呟く。
幼い頃から陰謀が渦巻いていた城にいただけあって、さすがの推理力と洞察力だ。
指摘の通り、俺はわざとレッバロン家の子供と自分の子供を交換した。
それは『二人を守るため』。
城の役人にも、貴族の中にも俺やレッドス家を気に食わない輩はいる。
そいつらが狙うのは妻でもないし、自分でもない。
後継ぎの子供たちだ。
レッドス家に後継ぎがいなければ、俺が退いた後の宮廷魔術師の椅子が空く。
俺という現役の魔術師を相手にしなくて済むのは、大きなアドバンテージだった。
だから息子は早期型が望ましかった。
早期型であれば幼いうちに襲われても自分で対抗できるから、隙が出来る。
その時間は俺たち周囲の大人からすれば、勝負を分ける時間でもあるから。
だけどティッセも、そして妹のハルもどうやら晩期型のようだった。
俺がどれだけ厳しく接しても、魔法の練習をさせても魔法の才能は開花しない。
子供たちが襲われてしまうかもしれないという恐怖に苛まれた俺。
そこに一通の手紙が届く。
レッバロン子爵家の当主である弟からで、息子が魔法の才能を開花させたという。
何という僥倖だと、その時はそう思った。
ティッセとハルはレッバロン家にいけば、自分のペースで魔法教育を受けることが出来るし、向こうの子供は宮廷魔術師の教えを受けられる。
両方の子供にとって損はないと弟を説き伏せ、目的を隠したまま交換は行われた。
すなわち、ティッセとハルを守るためという目的を。
「でも、それが結果的にティッセとハルの心に深い傷を負わせることになった」
「息子、そして娘に悪の部分は出来るだけ見せたくなかったんですね」
「はい。結果は恐ろしく大きな悪の力に蹂躙されてしまったわけですが」
俺は子育ての方法を間違ったのだろう。
せめて将来は後継ぎとなるティッセだけには、きちんと説明しておくべきだった。
そうしていれば、あんな悲劇は起こらなかっただろうに。
「でも全てが間違っていたとは思っていませんが。特にティッセは駆け引きが弱い」
「駆け引きというか……相手の裏を読むのが苦手なんでしょうね」
相手はどうしてこういう行動を取ったのか。
そういう裏事情を推測するという点では、ティッセは他人より大きく劣っている。
「まあ、さっさと後始末をしないといけませんね。明日は早いんでしょうし」
「そうですね」
ダイマス皇子の言葉で俺たちは動き出す。
すぐに後始末を終わらせて、昼に会議をしていた部屋に戻ってきた。
明日は朝一番で皇帝やギルドマスターに挑むことになるだろうし、体力を回復しなければ。
ふとティッセを見てみると、剣を大事そうに抱えて座っていた。
今宵はこのままソファーで寝るつもりなのだろう。
「……いよいよ明日だな」
「ああ。ライムとの約束もあるし、絶対に勝ってみせるさ」
強い意志を秘めた瞳は、簡単に壊れてしまいそうな脆さも同時に含んでいた。
なあ、ティッセ。
お前がリーデン帝国を追放されてしまった、本当の理由を知ってしまったとき。
まだ、そうやって決意の込めた瞳で立ち向かっていけるのか?
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