『第百十五話 戦闘前夜の武闘会(中)』
鞘にしまったままの剣を振り、二人の騎士を地面に沈める。
背後から迫ってきた騎士に対しては、後衛のリルさんが放った氷魔法が直撃した。
武闘会が始まってから三十分後。
大広間を埋め尽くさんばかりにいた騎士は、その数を半数ほどに減らしていた。
地面に横たわる仲間に足を取られたのか、こちらに来ようとしていた騎士が躓く。
はっきり言って、戦いにすらならない。
下手すれば剣士が一人と魔術師が一人いれば、制圧できてしまいそうだ。
「リーデン帝国の騎士って、こんなに弱かったか?」
「それは分からないけど……こいつらはどの部隊なんだ?」
ダイマスが戦いながら首を傾げる。
第一騎士団は王都の巡回、第二騎士団は論外、第三騎士団は占領した門の守護。
本来は第四騎士団がいるが、今はイルマス教国にいるはず。
つまり、彼らがどの部隊に所属している騎士なのかが分からないのだ。
「おやおや……どうも騎士たちがいないと思ったら」
「なんと無様な姿を晒しているのか」
さらに十分ほど戦闘を続け、元気な騎士たちが三割ほどになってきたころ。
一人で騎士たちの半分を相手していた父上の隣に、二人の男が現れた。
見るからに豪華な鎧を着こんだ男は、この場にいた有象無象の騎士とは違う。
明らかに役職持ちだろう。
ダイマスなら分かるだろうが、彼は王族の誰かを助けれられるかもと出て行った。
まあ、この数からして見張りの騎士も大広間にいるだろうからね。
【神の加護】を持っている第二王子を助ければ戦力の増強になるし、実に合理的だ。
だけど、情報がないと戦略が立てられないんだよな。
「お前たちは誰だ?」
「ここで寝ている騎士どもの仲間なら、同じように沈めて差し上げますが」
とにかく情報を集めなければならないと思ったのか、ルイザさんとホルック宰相が声を上げ、リルさんが厳しい表情で杖を構える。
「随分と威勢がいいことだ。我が名はダン=シエール。リーデン帝国の騎士総長だ」
「我が名はオール=マイズ。同じくリーデン帝国で近衛騎士団長をしておる」
その言葉に、全員の顔から表情が抜け落ちた。
騎士総長と近衛騎士団長は帝国のナンバースリーの役職である。
普通の騎士団長であれば、仕事は自身の団に所属している騎士をまとめることだけだが、騎士総長たちはナンバーワン、ツーの皇帝や宰相の護衛も仕事だ。
当然、生半可な強さではなれない役職である。
「あの罪人どもはともかく、レイム宮廷魔術師殿。そなたも裏切っているのか」
「これはお灸を据える必要がありそうですな」
二人が揃って剣を抜く。
俺が使っているような安物とは違い、名の通った鍛冶師に打ってもらったのか。
鋭い銀色の刃が、蝋燭の光に照らされて妖しく光っていた。
「お灸を据えられなければいけないのは、私ではなくあなた方だ」
「何だと!?」
「よほど斬られたいようだな。滅多に外にも出ない引きこもり魔術師がっ……!」
「その滅多にない私の外出中に、主の変化を見逃すような馬鹿だから言っている」
父上が大げさに首を振る。
何も関係のない第三者である俺もイラッとくるんだから、あの二人はもっとだ。
無言で剣を握り直していた。
「我の求めに応じて炎の壁を作れ。【ファイヤー・ウォール・シャドウ】」
「うおっ! 詠唱省略かっ!?」
「このようなまやかしに儂は惑わされんぞっ……!」
すぐに突っ込んでくると判断したのか、父上が自身を囲むように炎の壁を作った。
ちなみに、魔法名の最後に『シャドウ』という言葉を付け足すと室内でも使える。
建物に燃え移らない火魔法の完成だ。
「ボーっと見ていないで、お前たちは罪人の捕縛に動け! グリード式剣じゅ……」
「少しは気概を見せんかっ! グリードし……」
二人とも詠唱を最後まですることは出来なかった。
舞台袖から炎の壁を通過し、火がついた矢が二人に向かって飛来したからである。
最初に態勢を整えたダンが忌々しげに舞台袖を睨む。
「誰だ!?」
「わざわざ名を問わなくとも分かっているだろう。ダイマス前宰相、見事な射撃だ」
「お褒めに預かり光栄です」
皮肉っぽい笑みを浮かべたダイマスが弓を構えた状態で、舞台袖から姿を現す。
その隣には一人の女性が立っていた。
ヘルシミ王国の王妃にして、かつて“聖女”と呼ばれた回復魔法の達人。
ルナ=ヘルシミである、
「わざわざ年増の聖女を連れてきて、どうするつもりだ?」
「僕たちには回復魔法を使える人がいませんでしたから、協力を依頼したんですよ」
「相変わらず、頭が悪いですね」
ここまで協力関係にある……ように見せかけていた二人の間に亀裂が入る。
ダンが無表情でオールを罵倒したのだ。
リーデン帝国の騎士総長と近衛騎士団長は犬猿の仲だっていう噂があったからな。
「何だと?」
「回復魔法を使われては、私たちが傷つけても回復されてしまうではないですか」
「知れたこと。それならば聖女を倒せばいい」
オールが獲物を見つけた猛獣のような顔でルナ王妃に飛び掛かる。
一方のダンは呆れた表情で剣をしまい、同じように炎の壁を消した父上に問う。
「私たちが主の変化に気づかなかったとは?」
「ダン、裏切り者の戯言を真に受けるのか。これだから騎士団は無能なのだ」
「黙れ脳筋。お前の無茶苦茶な突撃指示で何人の騎士が無駄死にしているんだ!?」
「……何っ!?」
オールが驚愕の表情を浮かべる。
もちろんダンの言葉に驚いたわけではなく、ルナ王妃とオールの間に割り込んだ俺にだが。
「お前は……」
「元Sランク冒険者のティッセ=レッバロン。家名が違うが、レイムの息子だ」
レッバロン家で大人の愛情というものを知れたし、魔剣士という夢までもらうことができたのだから、別に俺は父を恨んではいない。
「あなた、ルナ王妃殿下だけでなく父上も攻撃しようとしたでしょう」
「………」
「ダン騎士総長が剣をしまったことで、父上は炎の壁を消してしまいましたからね」
攻撃するには絶好のチャンスだろう。
オールほどの剣士ならばその隙を見逃すわけがないと思って、わざわざ舞台まで来たが、どうやら正解だったようだ。
「お前は……」
「俺が抑えます。父上はダンさんを説得して、出来るなら味方に引き入れて!」
オールを味方に加えるのはリスクが高い。
他の騎士たちのように気絶させて、この王城で一番頑強な牢に入れよう。
「分かった」
「小僧……たった一人でこのオール=マイズに挑むというのか?」
「当然でしょう。あなたが元Sランクの僕に勝てる確率は万に一つもありませんよ」
「舐めた口を……」
オールはかなり感情的な騎士みたいだから、こうやって挑発してあげれば大丈夫。
怒りに任せて、雑な攻撃になるに違いない。
ちらっと大広間の様子を伺うと、ルイザが太い棒のようなものを振り回していた。
ちゃんと足を狙っているみたいだし、あれなら死ぬことはないだろう。
「さあ、ハンルと戦う前の肩慣らしを始めよう」
俺はとある魔剣を作り、猛然とオールに突進したのだった。
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