『第百十四話 戦闘前夜の武闘会(前)』
倒れる前に見た怪物の口が忘れられない。
まあ、怪物とはいえ本体は煙なので食べられてしまうわけではないのだが。
「うわっ……地獄ですね」
「紫の煙がドラゴン? 相当長い時間、操られていたみたいね」
ホルック宰相が顔を歪める一方で、宮廷魔術師のリルさんは自身の見解を述べた。
それについては俺たちも同意見だ。
冒険者時代にもこの手の事件は何件か解決したが、ドラゴンは見たこともない。
「もしくは、短時間でよほど強い精神操作を受けたかでしょうな」
「短時間?」
「ええ。【精神操作】を強くかければかけるほど、操られている人との繋がりが強くなります」
レイムによると、過去に一回だけ紫色のグリフォンと対峙したことがあるらしい。
そのとき、被害者が操られていた時間はわずか一週間だったそうだ。
「一週間でグリフォンなんてありえない」
「私もそう思って詳しく調べたところ、普通の三倍の強さで操作を受けていました」
「なるほど。前例があるのか」
リルさんが納得したように頷く。
皇帝がいつから操られていたのかは分からないが、強さという線でも調べるか。
通信石に手を伸ばしたところでダイマスが疑問をぶつける。
「操られている人との繋がりが強くなるとは?」
「従魔のような扱いになります。ダイマス殿ならご存じだと思いますが」
「特別な能力を使えるということですか」
「そこまでではないですが、自分が使うことができる能力ならば付与できます」
だから、あの怪物は俺の【怨念解放】を受けても動じなかったのか。
ハンルが詠唱していた【不退転】は、彼の能力【魔法攻撃無効】の一部である。
攻撃を止めて観察していたから、ハンルは討伐の意思なしと判断したのだろう。
魔法の攻撃に含まれる魔力を吸収する技を怪物に付与して、脱出を阻止したのだ。
【怨念解放】は爆発させるために魔力をたくさん込めているから、むしろ逆効果。
相手をパワーアップさせるという結果に終わった。
「父はともかく、ギルドマスターが厄介ですね。魔法攻撃を無効化しますから」
「怪物――というかドラゴンに対して魔法攻撃が通らないのは致命的ですものね」
「つまり、レイムさんとリルさんは自然と父を担当することになりますが……」
魔法さえ通るならば、二つの国の宮廷魔術師が揃っているのだ。
攻略はかなり楽になるはずである。
皇帝の能力は【威圧】だということもあって、そう苦戦することはないだろう。
「問題はギルドマスターですね」
「俺とルイザさんが基本的に戦うことになるかと。ルイザさんは本体担当ですね」
「俺が本体か?」
「魔剣を使うことで空中戦ができますから。上手く誘導すればダイマスも戦える」
氷の山を作れば、ダイマスも動けはしないものの戦える。
こうやって考えてみると、レイム……父上が味方してくれるのは大きいな。
父上が敵だった場合、空中戦をする俺や氷の山の上にいるダイマスを魔法で攻撃してくるから、厄介なことこの上ない。
「整理すると、前衛にティッセとルイザ。二人はともにハンル担当だよね」
「中衛はダイマスくんと僕。ダイマスくんがハンル担当、僕が皇帝担当かな?」
「後衛は私とレイムさん。二人とも皇帝担当」
ダイマス、ミックザム、リルさんがそれぞれ立ち位置や担当を口に出す。
陣形はこれで構わないとしても、もう一つ解決しなければならないことがある。
皇帝とハンルの分身が現れた絡繰りが解けていない。
二人とも分身が出来るような技は使えないはずだし、闇魔法を習得してもいない。
それなのに、なぜ分身が現れたのか。
部屋にいる人たちに尋ねてみると、リルさんと父上が答えをくれた。
「強い【精神操作】を受けた証拠。そうして生まれた怪物は他者を操ることはない」
「その代わりに分身能力を有する。まあ、一回限りだから相手は最大でも四人だ」
四人でも前衛には結構な負担だろう。
怪物を入れると同時に六人を相手にしなければならないが、俺たちは七人だ。
さらに皇帝の部下が出てきたら、かなり不利な戦いを強いられるだろう。
すると、俺の思考を読み取ったかのようなタイミングで父上が笑みを浮かべた。
「皆さん、ぶとうかいをしませんか?」
「ぶとうかい……舞踏会!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
明日には皇帝とハンルと戦おうというときに、舞踏会などを開く必要があるのか。
さらに言えば、どこで開くというのだろうか。
父上はリーデン帝国の重鎮だからいいとしても、俺たちは敵対している人間だ。
敵が闊歩している城の中を歩けと?
「レイム殿、戯れも大概にしてください。今はふざけている場合ではありません」
「そうですぞ。言うに事欠いて舞踏会とは……」
ミックザムとルイザが苦言を呈するが、父上は真剣な表情で俺たちを見回す。
その表情には怒りのようなものが含まれているようにも思えた。
「私は真剣です。現在は十六時ですね。二十時になったら大広間に来てください」
「レイム殿!?」
ホラック宰相の静止も聞かず、父上はそれだけ言うと部屋を出て行ってしまった。
部屋に残された俺たちは呆然とするしかない。
「……どうします?」
「レイムが無能だという噂は聞かない。何か目的があってのことだと思うけど」
「見当もつかないな」
全員が父上の行動の真意を測りかねていた。
しかし、最終的には念のため武装して大広間に向かってみるという結論に至る。
そして二十時。
応接間に続く扉を開いた俺たちは、思わず固まった。
「はっ……?」
「僕たちを殺す気なのか?」
「ありえない」
大広間をびっちりと埋め尽くすように、リーデン帝国の騎士たちが整列していた。
壇上には父上が立っている。
「レイム殿。ヘルシミ王国第一王子、ミックザム=ヘルシミが参上いたしました」
「よく来てくれた。それではぶとうかいを開始する! ぜひ武闘会を楽しもう!」
父上はそう言って豪華な衣装が掘られた杖を掲げる。
次の瞬間、数百という氷弾が父上の背後から騎士に向かって勢いよく放たれた。
「ぐっ……」
「レイムが裏切ったぞ! あいつら諸共やれ! お望み通り、武闘会の始まりだ!」
リーダーらしき人物の号令で騎士たちが二手に分かれる。
一方は壇上の父上に向かい、もう一方は扉の近くで固まる俺たちに向かってきた。
やはり彼らもただの舞踏会だとは思っていなかったのか、しっかり武装している。
だけど……俺たちの敵じゃない。
よく見てみれば立ち振る舞いも隙だらけだし、こっちの騎士の方が練度が高い。
「武闘会って……ただの戦力を削ぐための作業じゃないか」
「レイム殿もよく言うものだ。随分と紛らわしい言い方をする御仁だな」
「お望み通り、やろう」
ミックザム、ルイザ、リルさんがそれぞれの武器を構えて、騎士を睨みつける。
たったそれだけで騎士たちは怯えた表情を浮かべた。
「ダイマス、俺たちもいくぞ」
「くれぐれも殺さないように。足の骨を折るなりして行動不能にすれば十分だ!」
みんなに言い聞かせるようにダイマスが叫ぶ。
殺す必要はないと考えたから、父上も得意な火魔法を封印しているのだろうし。
あっ、建物に燃え移らない火魔法もちゃんと存在するんだよ?
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