『第百十三話 二体の怪物』
謁見の間を爆発音が揺らす。
ダイマスが投げた聖水入りの瓶を、俺が弱い火魔法で撃ち抜いたのである。
中に入っていた聖水が謁見の間にいた皇帝とハンルに降り注ぐ。
本来なら宮廷魔術師のレイムにも浴びせたかったんだけど、しょうがないな。
とりあえず、この二人が操られているのかどうかを調べないと。
「うわっ!?」
「何をするんだ!」
二人が怯んでいるうちに俺たちは戦闘準備を整える。
ハンルは長期間にわたって操られていたみたいだから、それ相応の準備が必要だ。
今回は分析というか、トライ&エラーの意味合いが強い。
「ダイマス、分析はできるか?」
「当然だね。すでに【支配者の分析】を最大出力で発動させてい………はっ!?」
ダイマスが素っ頓狂な声を上げる。
どうして、とわざわざ理由を聞く必要はなかった。
皇帝からも、そしてハンルからもドラゴンの形をした怪物が出てきたのである。
やっぱり二人とも操られていたのかよ!
「マズい。一旦下がるぞ」
「そうだね。とにかく距離を取らないと」
あの怪物が本物のドラゴンと同じ行動をするのかは分からない。
しかし、最悪の場合はブレスを浴びただけで操られてしまうかもしれないからな。
用心するに越したことはないだろう。
「やっぱり二人とも操られていたか。それに二人の怒りの原因は僕たちだよ」
「どうしてだ? 恨まれるようなことはしていないはずだが……」
「皇帝は自分の立場を危うくする者を追放する。ここまで言えば分かるでしょ?」
「ああ。分かっちまったよ」
もちろん、自分の立場を脅かす人を追放するのは一種の防衛行動だろう。
万が一にもクーデターを起こさせないように。
権力を握り続けられるようにするためだ。
しかし、これでは他人に怒りを抱く原因にはならない。
彼が怒りを抱く原因は俺もかつて持った感情――天賦の才能に対する嫉妬である。
どれだけ努力しても届かない。
劣等感が積み重なって、やがて嫉妬の気持ちが泉の水のように湧いてくるのだ。
レイラはそれを利用したのだろう。
皇帝は、わずか十三歳で書類仕事から外交関係まで完璧にこなしたダイマスに。
ハンルはSランク冒険者の最年少記録を更新した俺に対して嫉妬していたのだ。
俺たちがかつての自分たちを超えたから。
自分たちは絶対に敵わないと分かったから、狂気に染まってしまったのだろう。
「だったら、止められるのは俺たちしかいないよな」
「操られた状態でも敵わないのだと知らしめてあげよう」
俺たちは目配せをして、羽ばたこうとしていた怪物にそれぞれ一撃を入れる。
ダイマスは翼の根元を切り裂くように。
俺は目を潰そうと剣を振るったが、怪物は予想していたかのように半歩ずれた。
致命傷を回避したといった方が正しいのだろうか。
しかも怪物が攻撃させたのは皮膚が硬い部分だったのか、手ごたえがまるでない。
追撃に備えて、俺たちは地面を蹴って後ろに下がった。
ところが、俺たちの集中力がここでは邪魔をした。
地面に着地した俺たちを待っていたのは、笑顔を浮かべる皇帝とハンルである。
「――っ!」
「………!」
いつの間に動いたんだろう。
怪物の行動を確認するのに必死で、皇帝たちの動きをまったく見ていなかった。
とりあえずハンルさんに一撃を入れようとしたところで、第六感が警鐘を鳴らす。
二人は一見すると何の武器も持っておらず、丸腰のまま笑顔を浮かべている。
戦場においては「どうぞ殺してくれ」と言っているようなものだ。
それどころか戦いにすらならないだろう。
だけど攻撃してはいけない。
攻撃されるこそが奴らの狙いであり、俺たちにさせようとしている行動だから。
「んっ?」
俺たちの荒い息遣いに隠れるような、わずかな足音が聞こえた。
コツ、コツという無機質な足音は背後からだんだんと近づいてきて、静止した。
俺たちは肩をくっつけながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
「……何なんだよ! 何が起きているんだよ!」
「ありえない」
そこには、同じように不自然な笑顔を浮かべた皇帝とハンルが立っていた。
前にも二人がいるし、後ろにも二人がいる。
つまるところ、俺たちは分身した二人によって完全に挟まれてしまったのだ。
「だったら……飛べ、【魔剣・鬼火】」
「氷の精霊よ、僕の求めに応じて山を作れ。【氷雪山】」
普段は威力を上げるために詠唱するけれど、今は態勢を立て直すのが最優先だ。
詠唱を省いて、空を飛ぶことが出来る【魔剣・鬼火】を使った。
横ではダイマスが自分の足元に、ハンルの身長の二倍ほどの氷の山を作っている。
しかし、俺たちは忘れていたのだ。
空には何がいるのかを。
ダイマスより高く飛んだ俺は、眼前から迫ってくる怪物二体と戦うことになった。
「うわっ、危ないな」
「ちょっとティッセ、僕も回収してよ。こいつらが氷を崩そうとしているんだ」
俺が怪物二体の攻撃に晒される一方で、ダイマスも苦戦を強いられていた。
原因はハンルの頑強な肉体である。
拳だけで岩を砕いたとき、SSランクには人外でないとなれないのかと思った。
その拳でダイマスの氷の山を砕こうと試みているのである。
俺としても助けにいきたいが、怪物がひっきりなしに攻撃してくるせいで難しい。
「助けたいけど、そっちに近づけないんだよ!」
「あの怪物をどうにかしないといけないってことか……」
分身した二人を守ろうとしているかのように立ち回る怪物に、違和感を覚えた。
こいつらは今までと少し違うな。
今までなら暴れるだけだったのに、彼らは知能を持っているように思える。
「うわーーーっ!」
「ダイマス!?」
前方と後方から同時に突進してきた怪物を避けたところでダイマスの悲鳴が轟く。
空中で態勢を立て直しながら見てみると、完全に氷の山は砕かれていた。
ダイマスは二人の皇帝に担がれている。
捕まりはしたが、すぐには処刑されないだろうし、今は情報を持ち帰ることを優先しよう。
「出口は……」
攻撃を避けることだけに集中していたから、出口が分からなくなってしまった。
しばらくキョロキョロと部屋中を眺め、ようやく扉を見つける。
「よしっ……」
「おいおい、そんな呑気に観察していていいのか?」
戦闘中は一言も発さなかったハンルの言葉に振り返ると、怪物の口が目に入る。
こんなところで……負けてたまるかっ!
「【魔剣・鬼火】の特殊能力を開放……怪物よ、驚き竦め。【怨念解放】!」
「お前たち、頑強な精神力を身につけろ、【不退転】」
ハンルの呟きとともに、俺の魔剣が生み出した青い火が二十ほど怪物に直撃した。
そして――爆発した。
見掛け倒しの技だから殺傷能力はないが、足止めするには十分だと思ったが、怪物は爆発に怯えることはなく、俺に向かって恐ろしいスピードで直進してくる。
「ヤバい! うわぁぁぁぁぁ!」
最後は二体の怪物に挟み打ちにされて、俺は意識を失った。
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