『第百十一話 囚われの二人』
第六章、その二がスタートです!
湿った空気が肌を撫でる。
シーツも敷かれていない硬いベッドと、小さな窓しかない小部屋に俺たちはいた。
つまり俺たちは幽閉されているのだ。
「わずかな時間だったが、収穫もあった。まずハンルは相当な強さで呪われている」
「あれはすごかったねー」
ダイマスが苦笑する。
呪われているというより、操られているといった方が正しいかもしれないが。
「それに加えてマルティークと皇帝もいる。正面突破で倒すのは不可能だ」
「ティッセの父親を忘れていないかい?」
「げっ、そうだった。ジジイを含めて四人+怪物か。倒すなんて不可能じゃ……」
ハンル、マルティーク、皇帝の前衛タイプ三人を同時に相手するだけでも厳しい。
中衛タイプの怪物に、後衛タイプのジジイまで加わったら勝ち目がないぞ。
「怪物とティッセ父をどう抑えるかだろうね」
「どう抑えるも何も……この国の全冒険者を集めても勝てるかどうかってレベルだ」
そもそも俺たち二人がかりでも大きくハンルに劣っている。
国の全冒険者を集めても、ようやくマルティークがギリギリ抑えられるかどうか。
そのマルティークでもハンルには絶対に勝てない。
「おまけにそこら中を第二騎士団の連中がうろうろしている以上、脱獄も難しい」
「俺たち、詰んでないか?」
逆転の一手が全く見えない。
ハンルの能力【魔法無効】は、純粋な魔法だけでなく魔剣も無力化してしまうし。
マルティークの能力【気配消去】を使われたら、集中しないと気配を探れないし。
皇帝の能力である【威圧】は、俺たちの動きを一瞬だけだが硬直させる。
相手の方が人数で勝っている場合、一瞬の隙がそのまま死に直結しかねない。
よくもまあ、厄介な能力を持っている三人が集まったものだ。
「だけど……弱点がないとも思えない」
「同感だね。例えば【支配者の分析】は使っているとき、目が光るのが弱点だ」
相手にバレてしまうからな。
ちなみに【気配察知】は、相手が格上だとわずかな違和感を与えてしまう。
このように、どの能力にも強いところと弱いところがあるはずだ。
――じゃあ、あの三人の能力の弱点は?
「深く考えるのもいいが、一応は処刑を待つ身だということも頭に入れておこうぜ」
「……そうだね」
「タイムリミットはあと三日。それまでにハンルのおっさんを正気に戻さないと」
俺はまだ死にたくない。
それに、レイラと一度は会話をしないといけないだろうからな。
「お前たちは何をごちゃごちゃと喋っているんだ」
「えっ?」
通路に目を向けると、見るからに仕立てのいい服を着た一人の男が立っていた。
ヘルシミ王国の第一王子であるミックザムだ。
「あの化け物にたった二人で挑むなど馬鹿なのか? 弟も倒せなかったというのに」
「弟って……あの【神の加護】を持った?」
「そうだ。ハンルとかいう奴に無抵抗でやられた。魔法が効かないなどありえん」
ミックザムが顔を歪める。
ハンルは、あの能力があったからこそ無茶な攻めが出来るといってもいい。
だから能力を使えないようにすれば対処のしようはあるのだが、諸刃の剣だ。
能力に頼っているのはこちらとて同様だし、むしろ能力なしの方がSSランク冒険者としての戦闘力、経験、勘をフルで使われてしまう。
「どうしてミックザムはここに?」
「王城には奴らが知らない隠し部屋がたくさんある。そこで対策会議を開くんだよ」
「なるほど。三つほど懸念点がある。まず第一に、俺たちはここから出られない」
どこに隠し通路があるかなんて知らないし。
それにダイマスはともかく、王族でもない俺が隠し通路を知るのはマズいのでは?
「第二に、見つからないという保証はどこにあるのかな」
「敵に見つかり、ドアが一つしかないなんてことになったら今度こそ詰みだぞ」
これが第三の懸念点だ。
見つけたのが単なる一兵卒なら戦いようはあるが、ハンルだったら突破は不可能。
大人しく処刑を待つより他はない。
もしくはその場で斬り殺されるかのどちらかだろうな。
「大丈夫だ。他国の人間は入れないように特殊な術式を組んでいる」
「どういう基準なんだ? 他国の人間が入れないなら俺たちも入れないじゃないか」
もともとリーデン帝国の国民だし。
今は騎士簿という騎士の名前が書かれた名簿に載っている、ヘルシミ王国民だが。
「心配いらない。脱出口を教えよう」
「分かった。どこにあるんだ?」
どうやら術式については教えたくないらしい。
まあ、俺も王族の秘密を知ってしまって、口封じのために処刑とかごめんだ。
世の中には知らなくていいこともある。
「窓に鉄格子がはまっているだろ。その中で一番右にある鉄格子を三回右に回せ」
「ちょっと待ってて。よし、回したよ」
窓の近くに立っていたダイマスが回したが、特に何かが起こった様子はない。
先ほどまでと変わらない牢獄の光景だ。
「次に、一番左を同じく三回右に回したあと、右から三番目を七回左に回す」
「随分と面倒だな」
「悪用されないようにな。何も知らずにいじって、空いちゃったでは話にならない」
「確かに」
そんなことになってしまえば脱獄し放題で、牢獄がある意味がない。
ダイマスが全ての作業を終えると、無機質な壁が動き出して、通路が姿を現した。
「奴ら、王族用の檻にお前たちを入れていたのが幸いした」
「ここ、王族用だったんですね」
「だから二人一緒に入れたんだ。普通の牢獄は一人でも狭いと感じるくらいだぞ」
ミックザムが呆れたようにため息をつく。
俺たちは無言で肩をすくめると、現れた隠し通路をゆっくりと覗き込んだ。
牢獄と同じように石造りになっており、ダンジョンの通路を思い出させる。
意外にも天井が高く、魔道具だろうランプが通路を明るく照らしていた。
「先に行く。曲がり角は全て右に進み、三回目の角を曲がったら僕の名を呼べ」
「分かった。よろしく頼む」
俺たちが頭を下げると、ミックザムは頬を赤く染め上げて無言で去っていった。
意外と照れ屋なのか?
「頼られたのが嬉しかったんだろう。弟は【神の加護】持ちだしね……」
「ああ、分かる気がする」
ハンルの部下になってからはそういう声も聞かなくなったが、俺もよく陰口を叩かれていた。
原因は妹のハルがレア能力を取ったこと。
陰口を叩いてた奴らも詳細は知らなかったが、レア能力だとは分かっていた。
そういえば、能力は最後まで教えてもらえなかったな。
『今はリーデン帝国に行くことも難しいんだよな』なんて思っていたら戦争状態だ。
想像もしていなかったよ。………だなんて。
「早く行こうぜ。ミックザムたちを待たせるのもマズい」
「そうだね」
俺たちは通路に足を踏みいれ、曲がり角を右に曲がること三回。
角を曲がった俺たちの目の前にミックザムがいて、悲鳴を上げそうになった。
「待っていたよ。さあ、入って」
「「失礼します」」
ミックザムが示した部屋に入ると、ソファーが二つ向かい合わせに置かれている。
そしてソファーには四人の人物が座っていた。
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