『第百九話 レイラの正体』
怪鳥が消滅すると、今まで地面に横たわっていたシーマが目を覚ました。
俺はシーマに手を差し伸べる。
「まったく、操られるなんてAランク冒険者の名が廃るぞ。せっかく昇格したのに」
「僕が操られていた……?」
怪訝な表情で首を傾げたシーマだが、すぐに今までの記憶が蘇ってきたのだろう。
顔がどんどんと青ざめていく。
このままだと土下座でもしそうな勢いだったため、先手を打って潰しておく。
「別に謝罪はいらないぞ。それよりもお前を操った人物に心当たりはないか?」
「心当たりは一つだけ。二ヶ月前に妙な依頼があったんです」
二ヶ月前というと、ちょうど俺がドラゴンを倒したときくらいだ。
冒険者時代の末期というべきだろうか。
「仮面をかぶった女性とお茶をするというだけの依頼で、報酬は金貨五百枚でした」
「確かに妙だな。その依頼の内容を詳しく」
「ちょっと待て。まずは全員に分かるように説明しろ。何か力になれるかもしれん」
べネック団長が待ったをかける。
周囲を見回すと、俺の近くで戦っていたハリーを除いた全員が呆然としていた。
おっと、説明をするのを忘れていたな。
「すみません。今から説明しますね。まず、あの怪鳥は【精神操作】という能力の産物です。【精神操作】は使われてから時間が経過するほど蟲毒のように意識を蝕んでいって、最終的には本来の人格を全て呑みこんでしまうこともあるそうです」
本来の人格が呑みこまれてしまったら、原因を取り除いても感情を失った廃人になるだけなので、殺してあげるのが本人のためだと言われている。
「【精神操作】は主に他人への悪感情を増幅させるもので、シーマの場合は自分を見てくれないことに対する怒りがあったんでしょう」
べネック団長は、慕っていたレル元団長を死なせたエリーナへの怒りを。
巻き込まれたアリアは、メイドを死なせてしまった自分への怒りを増幅された。
「しかし【精神操作】も万能ではなく、操られているときに対象への悪感情を失ってしまったり、悪感情の対象が他人に移ったりすると紫色の煙を出して、他人に乗り換えようとします」
ここが【精神操作】の厄介な点だ。
その場で消えてくれたらいいものを、術者の意思に反して他人を襲うようになる。
「煙のままだと、悪感情を増幅させる対象を乗り換えることが出来ないので、何かしらの形をとって攻撃を与えることで乗り換えるんです」
蛇になって噛みつき攻撃をしてみたり、今回の怪鳥は嘴、羽、脚とどこからでも攻撃できるので、乗り換えるには最適と言えるだろう。
「ちなみに大きさも操られていた時間に比例して大きくなるので、シーマは大分昔から操られていたことになります。第三騎士団のみんなはあの時の蛇と比べてみたらその意味が分かるよね」
聖都イルマで戦った蛇は足で踏みつぶせそうなほど小さかった。
長さも剣より短かかったし、操られてからそう時間が経っていなかったはずだ。
一方の怪鳥はこの場にいる全員が驚くほどの大きさだったのだから、それだけの情報でも操られていた時間が長いことが分かるであろう。
「確かにな。なるほど、怪鳥についてはよく分かった。だが、あと一つだけ教えてもらうぞ。【鉄火打ち】なる技をあの場で選択した理由だ」
「そうよ。あんな博打技を発動するなんて……」
【鉄火打ち】を教えてくれたイリナが眉をひそめる。
普通ならば攻撃力が百倍になるより、ゼロになる確率の方が高いのは自明の理だ。
しかし、【魔剣・聖火】に限ってはその法則は当てはまらない。
「【魔剣・聖火】は“絶対に敵にダメージを与えることが出来る”という副効果があるんです。だから攻撃力がゼロになることはありえない」
魔剣には、メインとなる効果だけではなく『副効果』と呼ばれるものが存在する。
例えば、聖都イルマ脱出の際に使った【煉獄烈火・無】のメインとなる効果は武器を変形させることができるという正の効果だ。
一方、副効果は水属性耐性の減少で、火属性の魔剣である【煉獄烈火・無】は水に弱いが、さらに弱くなるという負の効果である。
「【魔剣・聖火】のメイン効果は風、闇魔法とその二つを主属性に持つ人や魔物への攻撃力上昇と、風、闇以外の属性が主属性の人への攻撃力減少。副効果が確実に敵にダメージを与えられるというものなんです」
攻撃力減少と言ってはいるものの、その違いは切れ味だ。
どんな名剣を使っていても、【魔剣・聖火】で水属性の魔物を斬ればなまくら同然になるが、安物の剣を使っていても、闇属性の魔物なら名剣のように斬れる。
「主属性?」
「オーランさん、あなたは自分に何魔法の適性があるか調べたことはありますか?」
「ああ。俺は火と水、それと闇に適性がある」
「水晶から天に伸びていった色の中で、一番左にあった色の属性が主属性です」
俺は赤、白、紫、金の順番だったから主属性は火属性。
ちなみにイリナは水属性、アリアは氷属性、ダイマスは土属性が主属性になる。
「よーく分かった。それでお前たちはどうするんだ? これから王城に行くのか?」
「オーラン……」
「大切な仲間が誰かに操られていたっていうなら話は別だ。俺は調査したいな」
オーランはそう言って、王城を眺めた。
もちろんシーマを操った人物を見つけたいのは同じなので、事情聴取を再開する。
今のところ、シーマと二ヶ月前にお茶をしたという女が怪しい。
「それじゃ、説明も済んだところでシーマ。例の依頼の内容を詳しく聞かせてくれ」
「はい。始まりは二ヶ月前でした。いつものように依頼を眺めていた僕はとある依頼を見つけたんです。金貨五枚という破格の報酬なのにもかかわらず、誰も手をつけていない」
普通なら速攻で受理する人が現れそうなものだが、誰も依頼を受けなかった理由は依頼の内容が書かれていなかったことにあるという。
「全ランク対象にはなっていましたが、受理して現地に向かってみたら遂行不可能な依頼だったなどということになれば、違約金を払わないといけませんからね。そんなリスクを背負う馬鹿な冒険者はいません」
依頼を受けたのに、完了できなかった場合は違約金を支払うことになる。
内容を知らずに受けるのは、確かにリスキーだと言えるだろう。
「しかし、僕はちょうどいいと思ったんです。低ランク向けなら簡単な依頼で、高ランク向けでも修行しながらCランクを脱却できて、報酬も破格なんですから」
当時、シーマはあと一つ依頼を完了すればBランクへ昇格できるところだった。
Sランク以上の冒険者向けの依頼は別のため、最高でも難易度はAランク相当。
Cランクとはいえ、俺との訓練で強くなったシーマならこなせないこともない。
妥当な選択だと言えるだろう。
「そして指定された場所に行くと、黒い外套を着た赤い髪の女が立っていて、近くにあった喫茶店でお茶を飲みましょうと言ってきました。依頼なので承諾して、喫茶店に入って紅茶を一杯とケーキを一個ご馳走になったんです。そういえば……あれから調子が悪かったんですよねー。ずっと頭が痛くて」
何でもないように呟くシーマだが、その症状は【精神操作】をかけられた証だ。
すぐに相談してくれれば……いや、弟子の体調不良に気づけない俺も悪いな。
「その赤髪の女がシーマを操った犯人だな。何か身元の手掛かりはないか?」
「えっ、自分で名乗っていましたよ? レイラ=モーズって」
その瞬間、目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
ここまでに散りばめられていた数々のピースを繋ぎ合わせると、一つの事実が見えてくる。
到底信じることなど出来ない事実が。
「ハリー、申し訳ないけどリーデン帝国に帰ってくれないか?」
「はっ……?」
ハリーが怪訝な顔で俺を見つめる。
もしも俺の推理が正しいとしたら……レイラと早急に話をしないといけない。
「その瞳、何か考えがあるんだな。分かった。元第四騎士団長の実力を見せてやる」
「ありがとう。依頼内容は……」
潜入してもらいたい場所、そして調べてほしい事項を伝えるとハリーが大きく目を見開いた。
だって、レイラの正体は《………》なんだから。
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