第百八話 やっぱりか
すみません。
本来は1月25日に投稿されるはずの分が誤って24日に投稿されてしまいました。
1月は今まで通り、奇数日の投稿となりますのでご了承ください。
「本当にすまなかった。俺のどうしようもない言い訳を聞いてくれないだろうか」
「……いいでしょう。時間を稼ぐことも僕に与えられた使命です」
シーマが剣を下ろし、その場に腰を下ろした。
後衛の冒険者と魔法対決を繰り広げていたアリアが、隙を突いて回復してくれる。
「俺が教育係を務めた冒険者はお前で二人目だ」
「僕には兄弟子か姉弟子がいたわけですね」
「ああ、そうだ。でも、そのとき俺は自分の力を過信していた」
俺は事故を起こしてしまったのだ。
原因はダンジョンに仕掛けられた転移型の罠だった。
少しレベルの高いダンジョンで、後輩の手には負えないだろう魔物を間引きしていたとき、後輩の姿は目の前から消えていた。
「俺はすぐに後を追ったが、運が悪いことに転移先は隠しボスがいる小部屋だった」
「冒険者になりたての頃の僕が隠しボスと対峙……考えたくもないですね」
「隠しボスと対峙したとき、そいつの右腕に突き刺さった後輩冒険者の姿が見えた」
後輩冒険者はレナという女性で、後衛の精霊使いだった。
持っていた能力は【魔力増強】というもの。
魔力器官を強化しなくとも魔法の威力が上がると言うものだが、それが致命傷だ。
「敵は厄介なことに、物理攻撃を与えないと倒せないタイプだったんだ」
「前衛のティッセさんがいないと何も出来なかったんですね」
「そして隠しボスを倒した俺には、死んだ後輩を抱えて脱出する力は残っていない」
戦いは激戦を極めた。
魔法を使えるだけ今回よりましだったが、当時は俺もBランクだ。
まさにギリギリの戦いだったと言えるだろう。
「だから後輩は今もダンジョンの小部屋で眠っている」
「そうだったんですか」
「だから二人目、シーマという冒険者を任せられたときは愕然としたよ」
後衛の精霊使いという点も同じで、レナのように臆病な性格をしていたのだから。
過去のトラウマが一気に蘇ってきた。
ハンルさんの圧力がなかったら、詳細を聞いた段階で断っていただろう。
「僕が兄弟子……姉弟子と似ていたからですか」
「そうだ。だからお前は絶対に死なせないようにしなければならないと心に誓った」
今になって思うと、恐ろしく過保護だったと思う。
シーマは他の教育係に育てられた同年代の冒険者たちに比べ、成長が遅かった。
「まあ、それが原因でお前が虐められるようになっちまったんだが」
「ランクが上がるまでは本当に辛かったです」
冒険者ギルドはランク主義のようなところがあるからな。
ドラゴンを一人で倒せるくらい強くとも、Eランクであれば嘲笑の対象になる。
当時のシーマはDランクだったが、同日に冒険者になった友人はBランクだった。
「だから僕が頼んだんですよね。ランクを上げさせてくれって」
「ああ。さすがに虐められていると知ったらな。ただ、俺は恐ろしく怖かった」
また同じ道を辿るのがだ。
他の冒険者たちから軒並み嫌われている俺を、慕ってくれる後輩の遺体を見る。
そんなのは二度と経験したくなかった。
「ランクを上げるのには危険が伴う。だから、俺はお前を最低限しか見なかった」
「どういうことですか?」
「最低の行為だと罵ってくれ。俺はシーマを失ったときの衝撃を和らげようとした」
もちろん、ショックが完全になくなるわけがない。
教育係として一ヶ月あまりの時間を一緒に過ごしてきたシーマは、もはや仲間だ。
――だけど彼のことをよく知らなければ?
心に深い傷を負うことはないと考えた俺は、あえてシーマを他人のように扱った。
それがシーマの心に深い傷を与えるとも知らずに。
「今さらだが、本当に申し訳ない。謝って済む問題ではないと分かっているが……」
「ふふっ、本当ですよ」
攻撃による死も覚悟していたが、シーマが返した反応はなぜか微笑だった。
手に握られていた剣が鞘に戻される。
「そんな悲しい事情があるなら、先に説明してくださいよ。これじゃ僕が悪人だ」
「なぜだ?」
「ティッセ先輩が抱えている事情も知らずに、一方的に責め立てていたんですから」
奪われていた俺の剣を地面に突き刺すシーマ。
その顔は後悔に満ちていて、シーマが本気で落ち込んでいると分かる。
俺は慌ててフォローを入れた。
「お前は悪くない。分かってもらえないと諦めて、事情を説明しなかった俺が悪い」
「分かってもらえないと思った?」
「この話をすると、“いつまで過去のことを引きずっている”って言われるからな」
「僕はそんなことしませんよ! まあ、そう言いたくなる気持ちも分かりますが」
心外だと言わんばかりに叫んだシーマだったが、続いて盛大なため息をついた。
この時点で、瞳の濁りはほとんど無くなっていた。
「お互いに諦めていたんですね。僕はどうせ信頼関係を築くことはできないと」
「俺は説明しても分かってもらえないと」
「この結論に至るまで一年くらいかかってますよ。どれだけのんびりなんですか」
「さあな、他の人は他の人だ」
俺たちのペースってことでいいんじゃないか。
そう続けようとしたところで、シーマの体から紫の煙が飛び出してくる。
「やっぱりか。火の精霊よ、剣に宿れ。【魔剣・聖火】」
闇属性の魔物を倒すための【魔剣・聖火】は、俺が最も使ってきた魔剣だ。
エリーナ団長の【能力解体】ほどの力はないものの、俺だけでも魔物を倒せる。
紫色の煙は空中で姿を変え、大きな鳥となった。
「今度は怪鳥か。この大きさって……シーマはどれだけ昔から操られていたんだ」
「ティッセ、こいつは何だ!?」
「説明は後です。べネック団長を操っていた紫の蛇と同じ種類ですが、強さが違う」
こちらの方が明らかに強い。
べネック団長だけでなく、敵側のオーランやマッデンも唖然とした顔をしている。
「光魔法を持っている人は攻撃しろ。第三騎士団より前にまずはあいつだ!」
「こちらもだ! 光魔法を使えるのはアリアだけか?」
「闇属性の魔物に効果がある魔剣があるので、後衛の動きを見ながら参戦します」
「了解だ。敵の指揮官、少しの間だけ共闘しないか?」
べネック団長が両手を上げながら、敵軍の指揮官であるオーランに近づいていく。
オーランも攻撃する素振りは見せない。
「仕方がないな。あいつに噛まれると操られちまう。ここは一時休戦と行きますか」
「【鷹の目】の補助を期待しているぞ」
「お前も指揮するんだよ。アリアとかいう精霊使いと赤髪の魔剣士の手綱は頼むぜ」
呆れたようにそう言ったオーランは、後衛の冒険者たちに魔法の行使を指示する。
同時にアリアも光魔法を突き刺す。
怪鳥はなぜかその場から動かなかったため、十数人分の光魔法が胴体に当たった。
「弱い……?」
「油断するな。クールタイムの間にティッセ、切り込め」
べネック団長の指示で、俺は詠唱中の後衛部隊の脇を走り出す。
実はこの段階で、怪鳥の分析は完了している。
こいつは左の翼に不調があり、右の翼を強く羽ばたかせることで補っているのだ。
そのため右の翼さえ潰してしまえば!
「グリード式剣術の肆、【鉄火打ち】」
「何を……」
イリナの困惑するような声が聞こえてくる。
それもそのはず、【鉄火打ち】は攻撃力が百倍になるかゼロになるかというもの。
この場面で使うには不適切な技に思えるが、【魔剣・聖火】と併用すれば話は別。
次の瞬間、右の翼が斬り落とされた怪鳥が地面に落ちて消滅した。
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