『第百七話 弟子は師匠を超えたい』
こいつら、どこから出てきやがった!?
念のために【気配察知】をかけたままにしていたのに、何の気配も感じなかった。
「オーラン、門での戦い以来か?」
「ハンルさんに言われて来たら……まさかお前らと会えるとは思っていなかったぜ」
門での戦いのときはリーダーを務めていたんだったな。
オーランは戦闘時に効率の良い戦い方が分かる能力、【鷹の目】の保持者である。
その能力を買われて、今回もリーダーになったのか。
「戦闘の準備を整えたいんだったよな。俺たちに勝ったらギルドに案内してやるよ」
「選択権はないみたいね」
「当たり前だ。お前らを捕まえれば多額の報奨金が出る。これを狙わない手はない」
冒険者集団の中から一人の男が出てきた。
とにかくお金が大好きで、これまでに数多くの賞金首を討伐してきた実力者。
人の姿を消すことができる【透明化】の能力持ち、マッデン=エスラーが笑う。
「さあ、かかってこい!」
「後衛は魔法詠唱を開始しろ! 中衛は弓で体力を削って! 前衛は突撃開始!」
オーランが指示を出しながら突撃してくる。
こんなところで時間をロスしたくない俺たちも、それぞれの武器を構えた。
「おらっ!」
「まったく……危ないですね」
一人の冒険者が大剣をダイマスに向かって振り下ろすが、ダイマスは寸前で回避。
中腰になって巨体の冒険者の視界から逃れると、後方に回って一撃を加える。
ところがダイマスの剣は鎧に弾かれた。
「どうして……」
「すっかり忘れてた。こいつらのパーティーには【精霊使い】がいたじゃないか」
俺は冒険者たちの集団を眺める。
門での戦いのとき、俺とダイマスで共闘して倒そうとした【精霊使い】がいる。
しばらく冒険者集団を見ていると、横から何者かの気配を感じて飛びのく。
先ほどまで俺がいたところを剣が通過した。
「なに指揮官を気取っているんですか。相変わらず飄々としていますね」
「その敬語口調……シーマだな」
やや苛立ったように声を上げたのは、ガルことシーマ=ラック。
俺が教育係を務めていた冒険者で、帝国を脱出した際はBランク冒険者だった。
そういえばシーマの能力も【精霊使い】だったな。
べネック団長よりも少し遅いくらいの攻撃を避けながら、戦闘スタイルを探る。
まず、手に持っているのは普通の片手剣だ。
しかし刃の部分が青く光っており、俺の弱点である水属性の剣だと分かる。
自分の能力である【精霊使い】を応用した、属性剣の優位性だな。
「避けているだけでは僕は倒せませんよ。【ウォーター・ハザード】」
「グリード式剣術の弐、【受け流し】」
弱点属性の攻撃をイリナ直伝の技で受け流し、そのままの勢いで攻め立てる。
技をあっさりと受け流されたことに動揺しているのか、回避が甘い。
一合ほど斬り合ったところで、がら空きの胴体に向かって袈裟斬りを仕掛けた。
「ちっ……」
「まんまと引っかかりましたね。あなたの戦闘スタイルはよーく知っていますよ」
俺の戦闘スタイルは、わずかな隙を突くというもの。
だから手数は多いが、属性剣や魔剣が使えなければ決定打に欠けるのも事実だ。
今まで持っていた剣から手を放し、予備の件に切り替える。
シーマも至近距離で斬られたくないと思ったのか、俺が落とした剣を拾って後退。
二人の間に二メートルほどの隙間が出来る。
「一つ教えてくれ。どうして剣を媒介として魔力が吸収できる。能力でもないのに」
「鎧の付与効果です。付与師と呼ばれる人たちは、防具に能力を付与するんですよ」
シーマが頼んだ付与師は【魔力吸収】という能力を付与してくれるらしい。
前衛向きの能力で、能力が付与された防具に刺さったものから魔力を奪える。
さらに重要なのはここからだ。
刺さったものが人間や魔物と接触していた場合、そいつらから魔力を奪える。
今回の事例でいえば、鎧に刺さった剣の柄と俺の右手は接触していた。
だから剣からでなく、俺から魔力を吸収。
俺が剣から手を離したら、つまり接触していない状態にすれば魔力を奪う対象が俺から剣に移行するという絡繰りだそうだ。
「ややこしい仕組みだな」
「あなたを倒すために随分と研究しましたからね。前からずっと気に入らなかった」
シーマが両手に剣を持って走ってくる。
相手が二本の剣を持っているのに対して、こちらは切れ味の劣る予備の剣が一本。
魔法は使えず、武器を鎧に突き刺せば魔力を回復される。
――勝ち筋が見えてこない。
そこからは、戦いと呼ぶのもおこがましい一方的な蹂躙が続いた。
左手の剣を防げば、右手の剣が俺の脇腹を切り裂く。
右手の剣を防げば、左手の剣が俺の胴を切り裂く。
防具が切り傷でボロボロになっても、シーマは決して攻撃の手を緩めない。
一度、回避し損ねた剣が頬を掠めた。
神樹を目立たせるために敷いたのだろう白い小石を、俺の血が緋色に染めていく。
「レッバロン式剣術の参、【演舞・緋色の舞】」
「無駄ですよ」
決死の覚悟で出した技も防がれ、硬直した隙を突いた蹴りが胴を正確に捉える。
俺は地面を転がって神樹に激突した、
「お前は何が目的なんだ? 俺を王城に連れて行きたいんじゃないのか?」
「うーん……そうなんですよね。僕の大願を成就させたら怒られちゃいますしー」
首を傾げるシーマ。
その目は蛇のように細められていて、俺は背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「まあ、いいや。殺そう。僕にとっては評価なんかよりあんたを超える方が重要だ」
「質問ばっかで悪いな。最後に一つだけ教えてくれ。どうして俺を超えたい」
最初のお前はそうじゃなかったはずだ。
ゴブリンを一匹倒すだけでも怯えていて、誰よりも優しかったシーマが豹変した。
そこには何らかの理由があるはずで、俺はそれが知りたかった。
「何が不満だった。昔のお前は優しかったはずだが……どうしてそうなっちまった」
「……あんたは誰を見ていたんですか?」
シーマの声が震えた。
先ほどまで弱者を嬲るように細められていた瞳は、今は激情に燃えている。
「一つ聞きます。僕があなたと一緒に最初に攻略したダンジョンはどこですか?」
「え、えっと……」
「これが僕が不満だった理由です。あなたは僕を見ていない。真剣さを感じない」
シーマの目から涙が零れる。
この時だけ、冒険者になりたての頃のシーマに戻ったようだった。
「最初は喜びました。弱虫な僕を見捨てない人は初めてで。でも、あなたは……」
誰だろうと関係なかったんでしょう。
シーマが冷たく発した言葉は、俺の心の奥深くに鋭い刃となって突き刺さった。
「頼みますから僕を見てください! シーマ=ラックという男を見てくださいよ!」
「……………」
「うっかりと長話をし過ぎましたね。結局あなたは最後まで僕を見てくれなかった」
シーマがゆっくりとこちらに近づいてくる。
形だけでも迎撃態勢を整えると、一陣の風が髪に隠れていたイヤリングを見せた。
あれは……。
「さっきの質問の答えはカロラインダンジョン。シーマが一人でボスに突撃した」
「今さらどうしたんですか」
シーマが呆れたような表情を浮かべた。
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