『第百五話 リーデン帝国オールスターズ』
第六章開始です!
喫茶店でハリーを回収し、建物の中に飛び込んだ俺たちは地下に向かって走る。
魔法陣が設置されているのは地下。
すなわち迎撃もしやすいということで、地下への階段の前には兵士が立っていた。
「厄介だな。私は【能力解体】は使えないし……」
「本物かは分かりませんけど、ここまで来たらちゃっちゃと倒しちゃいましょう」
時間をかけるほど不利になってしまう。
エリーナ団長の目的は俺たちを王都に帰すことだろうから、時間稼ぎが必要だ。
すると体力の消耗が激しい。
相手は勇者を倒したレイラ=モーズなのだから、その大変さは推して知るべし。
一人で強敵に立ち向かっている彼女のためにも、早く魔法陣に辿り着きたい。
「邪魔だっ! 火の精霊よ、剣に宿れ。【魔剣・不知火】」
「氷の精霊よ、私の求めに応じて敵を串刺しにしなさい。【アイス・ニードル】」
全体攻撃に特化した魔剣、不知火を装備する。
不知火は拳大のファイヤー・ボールを無数に飛ばす技だが、特筆すべきは効果だ。
相手の視界を遮る効果を持っているため、敵はこちらの姿を察知できなくなる。
「くそっ、視界が潰された!」
「お前ら、同士討ちをするんじゃねぇぞ。とりあえず剣を下ろせ」
リーダー格の兵士の指示で、他の兵士たちも目を押さえながら剣を下ろした。
その隙を突いて、俺たちは地下に降りていく。
地下は石造りになっていて、ところどころに苔が生えていた。
ダンジョンのような道を一分ほど歩いたところで、先頭のヒナタが足を止めた。
「ここね」
「そういえば鍵は俺が持っていたんだったな。自分でもすっかり忘れていたぜ」
ハリーが鍵を使って扉を解錠する。
この中では最も防御力が高いべネック団長が扉を開けると、目の前には本棚が。
いっそ清々しいほどの行き止まりだった。
「入れないじゃない」
「マズいぞ……あまり時間をかけ過ぎるとエリーナが持たない」
べネック団長が顔を歪める。
本棚は二つあって、左の本棚には聖書のようなものが十冊ほど入っているだけ。
一方、右の本棚には光魔法についての本が百冊を少し超えるくらいだろうか。
五段に分かれている棚をびっちりと埋め尽くしていた。
「ハリー、何か手掛かりはないのか?」
「急にそんなこと言われても……あっ、“背表紙は関係ない”っていうメモがあった」
「背表紙は関係ない?」
べネック団長が怪訝な声を上げた。
地下に続く階段はダイマスの氷魔法で足止めしているものの、もうじき破られる。
早く謎を解かないと。
焦る気持ちを落ち着かせながら本棚を眺めていると、不意にアリアが左の本棚に近づいた。
「おい、何をするんだ?」
「考えられるパターンは二つです。本の背表紙に鍵穴が仕込んであるか、あるいは」
五冊目の本を開いたところに鍵穴があった。
大きさもピッタリだし、ハリーが持っている金色の鍵が使えるはずだ。
「本を開くと鍵穴が現れるタイプです」
「他の本と比べると分厚いな。本に偽装された魔道具ってところか」
鍵穴があった本の表紙には金色の刺繍が施されていて、厚さは三センチくらいだ。
同じ段に入っていた本の厚さが一センチくらいだから、若干だが分厚い。
魔道具が中に仕込まれているのだろう。
ハリーが手に持っていた鍵を差し込むと、部屋を塞いでいた本棚が横にスライドしていき、部屋が現れた。
本棚の奥にあった部屋は、今までのダンジョンの壁のような無機質な感じではなく、神殿のような感じだった。壁も床も真っ白で四隅には小鳥の模様が彫られた柱も立っている。
「あれが魔法陣か」
「古代文字で書かれているようだな。発動呪文が必要なタイプか」
床に書かれている魔法陣は金色の光を放っており、神々しい雰囲気だ。
魔法陣の外周部分には何やら文字のようなものが書かれている。
何かの模様かと思ったが、これが古代文字か。
「この中で古代文字を読める者はいるか?」
「読めるぜ。えっと……陣の上に立つ六人をヘルシミ王国まで飛ばせ。【ワープ】」
ハリーが詠唱した途端、視界が光に包まれる。
不快になるような強い光ではなく、どこか優しい光だった。
しばらくしてゆっくりと目を開けると、懐かしい光景が目に飛び込んできた。
「ここは……イルマス教会の王都支部か!」
「なるほど。一方通行の魔法陣だったんですね」
アリアが納得の声を上げる。
俺たちは一人では抱えることができないほど、巨大な幹を持つ木の下にいた。
以前、ダイマスが聖水を与えたことで復活した神樹は生命力に満ちている。
間違いない。
聖都イルマを脱出して、ヘルシミ王国の王都に帰ってくることが出来たんだ。
「よっし、脱出成功!」
「浮かれてばかりもいられないぞ。まずは王都の状況を確認しないと」
べネック団長がそう言ったときだった。
王城の屋根にあったヘルシミ王国の旗が下ろされ、代わりに別の旗が立てられた。
それは俺たちが見慣れている旗で。
「あれって……」
「ちっ、少し遅かったか……」
イリナとべネック団長が苦々しい声をあげ、俺たちも苦悶の表情を浮かべる。
王城の屋根で風を受けて靡いているのは、かつて十五年間も見続けていた旗で。
絶対に倒すべき宿敵の旗だった。
「民衆よ、無駄な抵抗を続ける騎士たちよ。我が名はオル―マン=リーデンだ!」
「皇帝だと……」
明らかに自然のものではない、魔法で人為的に作られた風が王都中に吹き荒れる。
その風はどこか懐かしい魔力を内包していた。
「たった今、この国の王であるヴィル=ヘルシミを捕縛した。この国は終わった!」
「一歩遅かったって、そういう意味ですか」
ようやく言葉の意味を把握したダイマスの声は弱々しい。
嫌でも聞こえてくる父親の声を、彼はどんな気持ちで聞いているのだろうか。
「我が国の要求は、私が指名した使者――ダイマス=イエールに聞かせよう」
「使者が来るまで貴国の王族は人質として預からせてもらう」
風がもう一人の無機質な声を運んできた。
この風を作り出している張本人にして、リーデン帝国の宮廷魔術師。
俺の実の父親でもある、レイム=レッドスの声だ。
「そしてもう一つ。使者その二を連れてこなければ、この王都を火魔法で爆破する」
「何だと!?」
あまりにも無茶な要求にべネック団長が目を剥く。
しかし、次にレイム宮廷魔術師が発した言葉に俺も度肝を抜かれることになる。
「使者その二の名はティッセ=レッバロン。二人とも期限は明日の十五時までだ!」
「王国を乗っ取られたくなかったら……王都を破壊されたくなければ……」
「冒険者どもも血眼になって二人を探せ!」
また新しい人たちだ。
権力者たちが全員喋るようになっているのではないかと思わず勘繰ってしまう。
「あいつらは……」
前半の言葉はマルティーク=ラーズ、後半の言葉はハンル=ブルーダル。
王都が占領されてすぐ聞いたのは。
俺たちをリーデン帝国から追放した下手人たちの、冷たい処刑台に誘う声だった。
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