『第百三話 後悔は一生消えない傷で(エリーナ視点)』
ずっと後悔していた。
教会の地下で死ぬべきだったのはレルさんじゃなくて、私だったはずなのに。
レルさんは、べネックを始めとした第三騎士団の団員にすごく慕われていて。
団員にクーデターを画策されるような、平民上がりの似非団長とは格が違う。
だけどね。
私だってレルさんを――ブラス家の至宝を超えようと、洞察力を磨いてきたのよ。
あの時は守れなかったあなたに託された、べネックを必ず王国に返してあげる。
第一騎士団長、本名をエリーナ=レコン。
しがない農家の娘として生まれた私のくだらない人生を、あなたのために使うわ。
「あらあら、これで私たちを包囲したつもりなの。笑わせないで頂戴」
「どういうことですか?」
今まで敬語を崩してこなかったレイラが不機嫌そうな声を出した。
いいわ、もっと平常心を失いなさい。
人は冷静さを欠くほど、同じように隙も増えていくのだから。
「あなたの策略は見事。罠を仕掛ける場所、誘導人の配置までバッチリだった」
「ヘルシミ王国の第一騎士団長にそう言っていただけて光栄です」
「ただ、少し調査不足だったようね」
人差し指をレイラに突きつけた私は、【能力解体】を私たちに向けて発動させた。
途端に私たちを囲んでいた兵が掻き消える。
「まさかっ……」
「【精神操作】の効果ね。使い方によっては相手に幻覚を見せることもできるわ」
昔の言葉に“幽霊の正体見たり枯れ尾花”というのがある。
疑心暗鬼で物事を見ると悪いほうに想像が膨らみ、ありもしないことに恐れるようになるという意味だが、レイラはこの状態を疑似的に作り上げたのだ。
「人形だと!?」
「【精神操作】で疑心暗鬼の状態を人工的に作り上げ、人形を兵士に見せたのよ」
もともと疑心暗鬼にはなっていたからね。
策略を数多く成功させてきているレイラならば、何かを仕掛けているはずだって。
レイラはそれを増幅させただけだろう。
「精神汚染を解除したのよ。今の状態で気づいたことはない?」
「そういえばカルロスたち三人はどこに行ったんですか? 姿が見えませんが」
ダイマス=リーデンが辺りを見回す。
優秀な血筋を持つリーデン帝国の皇子だけあって、記憶力も優れているようだ。
私は記憶力がないから、すごく羨ましい。
「彼らは人形というわけにはいかなかったんでしょうね。ちゃんとした人間だった」
「それなら、なぜこの場にいないんですか?」
「彼らも精神汚染を受けていたからよ。もちろん【能力解体】で潰してあげたけど」
あの人たちを投入したのは、誘導人としての役割を果たしてもらうためだ。
罠を察知できる能力を持つ人が「罠がない」といえば、私たちは信用して進む。
レイラの目的は、まさにそこにあった。
本当は罠があるのにもかかわらず「罠はない」と言わせることで、私たちを油断させようとしていたのだ。
「だから、あいつらは……」
「ティッセ、こいつが初めて私たちと対面したときの言葉を覚えているかしら」
「えっと、“カルロスとテイル。やっぱりあなたたちが裏切ったのね”だったか?」
今ならこの言葉の意味が分かるでしょ?
カルロスが罠のない道に誘導してしまい、テイルが罠の存在を教えてしまった。
レイラの目的は破綻したのだ。
だからこそ、“裏切ったのね”という言葉があそこで出てきたのだろう。
あの時点ですでに能力は潰していたしね。
「あいつらはどこなの!?」
「教会本部で保護してもらったわ。彼に気を取られて気づいていなかったでしょう」
私はダイマスを横目で見る。
本人は自身の能力で戦力を分析したかったようだが、私にとっても僥倖だった。
ダイマスのおかげで、カルロスたちは無事に脱出できたのだから。
「ちっ、あそこか」
「いくら魔力量が多くても、本部に攻撃を仕掛けるのは厳しいんじゃないかしら」
オロバス枢機卿の能力である【魔力反転】を使われれば、魔力量が多ければ多いほど不利になってしまう。
かつて、教会が国を支配することに反対した人たちを黙らせたのもこの能力だ。
私もオロバス枢機卿の奴隷だから、能力の理不尽さは身をもって体験していた。
あれはヤバい。
魔力量が多い暗殺者を丸腰で無力化していく姿には、敵対していた多くの者が恐怖したと言われている。
「オロバス枢機卿……厄介だわ」
「【魔力反転】の激痛に耐えらえないと倒せないわ。あなたの魔力量だと不可能よ」
この能力、魔力量に応じた痛みを対象者に感じさせるという恐ろしい能力なのだ。
アリアより魔力量が少ない私でも立ってられないほどの激痛だったというのに。
こいつの魔力量だと死んじゃうんじゃないかしら。
「帰ったら、魔力が少ない兵士を送り込むとして……そろそろ戦いません?」
「そうだな。私たちもさっさと王都に帰りたい」
べネックたち第三騎士団は、ヘルシミ王国民にとって最後の希望になっている。
ヘルシミ王国の騎士団の中で全員が無事なのは、すでに第三騎士団のみだ。
それだけ王都は危機に瀕していた。
私なんかどうなっても構わないから、彼女たちは必ず王都に帰してあげないと。
「ティッセ、すぐに建物の中の気配を探れ」
「分かりました」
建物の中にいる兵士の数が少なければ、彼らだけで強行突破できるかもしれない。
もちろん私は全力でレイラを引き留める。
「全部で十人です。このくらいなら第三騎士団だけで倒せると思います」
「頼もしい答えね。……第三騎士団の諸君、全速力で建物に飛び込みなさい!」
「エリーナ、お前!」
べネックは私が何をしようとしているか、気づいたらしい。
非難するような声を上げた。
「第三騎士団長ごときが私に意見する気? 随分と無礼な騎士団長もいたものね」
「何度でも意見してやる。犠牲になるのは私だけでいい」
べネックは決意を込めた瞳で私を見つめて、腰に差していた二本の剣を抜いた。
本気になったときにしか見せないという二刀流。
私の脳裏に、彼女と同じように剣を二本構えたレルさんがフラッシュバックする。
「どうして……」
「団員を守るのが団長の責務だっ! 肩代わりしてもらうつもりはない!」
「ふふっ、仲間割れですか」
自分の背丈ほどもある杖を構えたレイラが、私たちを嘲笑うかのように舞った。
それだけの動作でべネックは膝から崩れ落ちる。
魔力酔いが再発したのだろう。
「私と戦うのがあなたでも、歯向かう奴に容赦するつもりはありませんよ?」
「上等だ。団長としての意地を見せてやろう」
歯を食いしばって立ち上がるべネックはとても凛々しくて。
本来なら上司の無茶を止めなければならないティッセたちも、どこか呆けている。
ああ、昔の私がここにいる。
助けようと思った相手が死のうとしているのに、止められない弱気な自分。
相手の覚悟を打ち砕けない自分が情けなくて、涙が出る。
「あ、あぁ……」
――ねえ、エリーナ。あなたはまた後悔を背負って生き続けるつもりなの?
――ねえ、エリーナ。あなたはティッセたちに深い後悔を背負わせる気なの?
――ねえ、エリーナ。あなたはレルさんから託されたべネックを死なせるの?
「周りを見ろ。あなたが死んだら悲しむ団員がいるというのを目に焼き付けなさい」
「…………」
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと四時間。
帰還の時は近い。
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