『第百話 聖都イルマ脱出作戦(Ⅱ)』
記念すべき100話目です!
ハリーが三人の男たちとともに戻ってきた。
彼らは思った通り、リーデン帝国の第四騎士団長に命令されて隠れていたらしい。
「俺の後の第四騎士団長ってのはどんな奴なんだ?」
「二面性のある橙色の髪をした女です。名前はレイラ=モーズとかいったかな?」
「第一騎士団長の一族か?」
べネック団長が苦い顔をした。
モーズはリーデン帝国の第一騎士団長、ハルックの家名だ。
リーデン十二家の一つで、主に剣士を輩出している家系だが、果たしてレイラなどという妹がいただろうか。
「いえ、名前は同じですが十二家ではないです」
「レイラ団長がハルック団長に指揮の教授をお願いしたとき、迷惑そうな顔をしてましたし」
「指揮の教授?」
騎士団長になれるくらいの人材なのだから、指揮の基本なんてとっくに熟知しているはずだが、なぜ指揮の教授を依頼する必要がある?
そう思ったのは俺だけではなかったようで、ダイマスが訝しげな表情で尋ねた。
「レイラは騎士になって何年ですか?」
「あの方は騎士ですらないですよ。踊り子だったのを皇帝陛下が気に入ったんです」
「つまり何の下積みもなしに騎士団長になったと!?」
なんてメチャクチャな。
だが、皇帝は前から疎ましく思っていたヒナタとハリーを排除している。
ヒナタの後任はリリー団長で補填できたが、ハリーの後任が見つからなかったから、自分のお気に入り枠としてレイラ=モーズという踊り子をねじ込んだというわけか。指揮の技術を一から仕込む必要があったというのも頷けるな。
「なるほど。つまり指揮能力はそれほどではないと。不幸中の幸いというべきか」
「そうですね。勇者を倒せるほど強くて、指揮能力まで高かったら詰みですよ」
SSランクの冒険者であったハンルも、指揮能力はそれほどではなかった。
指揮能力に優れていた義父は本気ではない俺に負けてしまうほど戦闘能力は低い。
両方とも完璧な人なんてほとんどいないんだよな。
それは分かっているのだが。
この世には例外も山ほどいるってことを、俺は冒険者時代に目の当たりにした。
例えば副ギルドマスターだったマルティーク。
あいつは指揮能力もハンルより高いし、能力を利用すればハンルにも勝てる。
そして俺の身近な人にもう一人。
指揮の技術を恐ろしい速度で吸収し、魔法だけなら俺より強い人がいるのだが。
まあ、今はいいだろう、
「さっさと出ませんか? 時間が経てば経つほど厳しくなると思うんですけど」
「ああ、早く逃げた方がいい。あいつは……レイラ団長は鬼だ」
俺の言葉に一人の男が同意する。
この人は厨房の天井裏に潜んでいた【隠密】持ちの男で、カルロスというらしい。
「どういうことだ?」
「あいつは目的を果たすためなら手段を選ばない。完全に壊れちまっている」
カルロス曰く、レイラという女はあの我がまま皇帝を力で屈服させているらしい。
今ではほとんど皇帝代理となっているという。
「だから、下積みもないあの女が第四騎士団長という椅子に座れたのか」
「ちょっと待ちなさい。その話は動きながらして頂戴。嫌な気配が近づいているわ」
二階からエリーナが下りてきた。
手にはべネック団長の荷物を持っている。
「すまない。荷物を回収するのを忘れていたな」
「構わないわ。何か痕跡が残っていないか調べたんだけど……目論見が外れた」
「何も残っていなかったんですか」
「ええ」
エリーナはおざなりに返事をしながらドアを少し開いて、辺りの様子を確認する。
一度小さく頷いたエリーナがドアをゆっくりと開けた。
「ついてきて。あと、敵の大将を知っている人はこちらに来なさい」
「へい、了解しました」
カルロスがエリーナの補佐に着いて先頭を歩き、少し遅れて俺とアリア、イリナとダイマス。さらに少し遅れてヒナタ、ハリー、そしてべネック団長と残りの二人という陣形だ。
「私が指定した裏道に、レイラなる女が罠を仕掛けているかどうか確かめて頂戴」
「斥候というわけですな」
カルロスが納得したように呟き、通信石を取り出して後方の二人と話し始めた。
すると打ち合わせ通り、アリアが魔法で氷の剣を作り出す。
事情があってカルロスが周囲に注意を払えないときは、アリアが護衛を務める。
ところが遠距離攻撃を主とするアリアは近接戦に弱い。
そこで、アリアの護衛を近距離でも遠距離でも戦える俺が務めるというわけだ。
「煉獄式剣術・再演。家の血を起動。【煉獄烈火・無】」
このような難しい戦場にぴったりの魔剣が【煉獄烈火・無】だ。
一見すると普通の剣だが、魔力を込めればどんな武器にもなるという効果を持つ。
決まった形を持たないゆえに、無という名前がつけられた。
果たして、弓に変化した【煉獄烈火・無】を“魔剣”と呼んでいいのかは不明だが。
三人による話し合いが行われた結果、新たに一人の男が補佐として先頭に来た。
【罠探知】を持つテイルという人物である。
「テイルはリーデン帝国の第四騎士団の中でも、罠を見つけるのが上手いんですぜ」
「レイラ団長の罠を見つけられるかは微妙ですが」
テイルが眉を下げる。
だが、勇者を撃破し、皇帝を屈服させた人が仕掛けた罠を見つけるのは難しい。
そんなに心配しなくてもいいと思うけどな。
「この道が最短距離だ」
「うーわ、これは随分と罠を仕掛けやすそうな道ですね」
壁に背を当てて、顔だけで道の先を覗き込んだテイルが苦笑いをする。
エリーナの権限で貸し切りとしていた宿を明け渡してから二十分は歩いたか。
小型の馬車がギリギリ通れるくらいの道が左側に伸びていた。
ここで俺たちが取れる選択肢は二つ。
近道である狭い道を進むか、遠回りにはなるが広い道を進み続けるかだ。
どうやら俺たちが進んできた道はそこそこ需要があるらしい。
王都の外に出ることが出来る門に繋がっているらしく、今も冒険者が向こうから歩いてきた。手には大きな荷物を持っている。袋がしっかりしまっておらず、ちらりとモンスターの足らしきものが見えてしまっているな。討伐依頼を終えてきたのか?
「確認できる範囲では罠はありません。近道を通った方が良いかと思います」
「それはなぜだ?」
「これだけ人通りが多いと襲撃者と一般人の区別がつきませんぜ。危ないでしょう」
カルロスが苦い顔をした。
暗殺者が使う手として、通行人に紛れてすれ違いざまに殺害するというのがある。
闇魔法を使えば時間差で効果が出るから、すれ違っただけの犯人は疑われない。
それどころか捜査線上に上がることすらないだろう。
闇魔法で人が殺害される事件は残念なことに数多く起きており、そのほとんどが未解決であるといえばその恐ろしさが分かるだろうか。
特に【精神操作】などを使われたときには最悪である。
本人の自覚なしに、術者の思い描く通りに思考を展開してしまうのだから。
例えばべネック団長を殺してほしい人が俺に【精神操作】をかければ、俺は判断力を失い、何かしらの理由をつけてべネック団長を殺そうとするはすだ。
その呪いを解くには、エリーナがしたように呪いそのものを解体してしまうか、高威力の光魔法で浄化してしまうしか方法はない。
「分かった。すぐに向かおう」
べネック団長が狭い道に足を踏み入れる。
先ほどまでと同じ陣形で進むことしばらく、突然テイルが静止の合図を出した。
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと十五時間。
脱出作戦は中盤を少し過ぎた。
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