『第九十七話 エリーナの真実』
俺たちは大急ぎで店内を整えると、今しがたエリーナが出て行った扉を全員で囲んだ。
指揮官であるべネック団長が剣を取り出す。
「突然だが、ここで臨時授業を行う。お前たちは騎士項というのを知っているか?」
「え、ええ。知っています」
四人がほぼ同時に頷いた。
騎士項は、騎士団長のみに認められた身分制度を逸脱した規則のことである。
明確な序列が存在する騎士団長は、基本的に数が少ない騎士団の団長の権力は大きい。
そのため、立場が最も上の第一騎士団長に逆らうことは無礼だとみなされる。
司祭殺害の理由を尋ねたとき、エリーナが俺たちを怒鳴った根拠もこれだ。
しかし、騎士項に定められている行動を立場が上の者が取った場合のみ、例外的に反抗が認められるのだ。
権力を持っている騎士団長が暴走しないための仕組みともいえる。
「今回は第十項に書かれている、『他国と繋がっている可能性がある場合』が適用される」
「ゆえに詰問が可能というわけですね」
アリアがそう言って杖を構える。
先端についている宝石は妖しく煌めきながら、真っすぐにエリーナが出た扉を狙っていた。
「そうだ。もうすぐで戻ってくるだろうから、武器を構えておけ」
べネック団長も自分の剣を構えた。
剣を覆っていた氷は既に溶かされ、べネック団長が正気に戻った際に返却されている。
「分かりました」
「はい」
万が一を考えて威力が弱い魔剣――火竜を準備している横で、イリナが剣に魔力を流す。
ダイマスは無言で剣を鞘から抜いた。
火竜は魔剣の中では比較的簡単に作れる剣で、込める魔力によって相手のダメージも変わるのが特徴だ。
今回は込める魔力を最低限に抑えたため、軽度の火傷を負うくらいで済むだろう。
もちろん相手――エリーナが反撃してこなければ使わない。
「今回は騎士項の第十項を適用して、エリーナから出来るだけ多くの情報を引き出す」
「そのための武器というわけですね」
ダイマスが納得したように大きく頷き、鞘から抜いた剣の切っ先を扉に向けた。
「まったく……」
そのとき、ドアが軽快なベルの音とともに開いて、エリーナが頭を掻きながら入ってくる。
そして俺と目が合った。
エリーナはしばらく固まっていたが、俺が構えている剣を視界に入れると表情を歪めた。
「第一騎士団長である私に剣を向けるなんて……どんな意図があってのことかしら?」
「エリーナ=パー二。騎士規則第十項、内通の疑いで尋問をさせてもらうぞ」
べネック団長が敵意の視線を向ける。
さっきのも操られていたとはいえ、もともとエリーナへの敵意を持っていたんだもんな。
「騎士項を持ち出されたら敵わないわね。いいわ、何でも質問しなさいな」
エリーナは一瞬だけ躊躇って、しかし次の瞬間には悠然とそこに立っている。
俺たちが互いに視線を交わす中、ダイマスが手を挙げた。
「まずはあなたの目的を教えてください。どうして教会の司祭二人を殺害したのかですね」
ダイマスがチラッと酒場部分に視線を向ける。
俺たちがまず気になったのがそれだ。
貴重な証言者は殺さずに生かしておく、という大原則をエリーナが知らないはずがない。
しかし、エリーナは微笑む。
その姿はとてもべネック団長と同じ騎士団長とは思えなかった。
「簡単よ。あいつらはオロバス枢機卿の傘下にある教会の司祭だったからよ」
「オロバス枢機卿の……」
「ええ、オロバスは奴隷売買で莫大な富を得たせいかしら。新教皇の改革に反対している」
「知っていますよ。それで僕たちは困っているんですから」
ダイマスが吐き捨てるように言った。
どうにかしてリーデン帝国に味方している教会傘下の兵を撤退させるか、味方にしたい。
オロバス枢機卿とやらの反対がなければ今すぐに可能なのだが。
「彼の指示なのよ。自分の陣営の不利になるような人材は息の根を止めてしまえってね」
「彼とは、オロバス枢機卿ですか?」
「そうよ。私はとある理由からオロバス枢機卿が直々に出す命令には逆らえないの」
エリーナは自分の手のひらを俺たちに見えるように広げた。
真っ先に目に入るのは紫色の魔法陣――奴隷契約を受け入れたことを示す魔法陣だ。
彼女が奴隷として仕えている主人は考える余地もない。
べネック団長も驚いているところを見ると、国の最上層部にしか知らされてなかったのか。
すると、そのべネック団長が何かに気づいたかのように目を大きく見開いた。
「もしかして……」
「べネックは感づいちゃった? 私が国王直々に出されてたっていう任務はこれ関係なの」
アマ村の魔物討伐の依頼を受けたとき、第一騎士団は正規の任務中だと言っていた。
だから魔物討伐には参加できないと。
しかし、その実態はオロバス枢機卿からの命令をこなしていたということらしい。
「だが、いつから奴隷契約なんて……」
「あら、あなたは知っているものだと思っていたけど。調べたんでしょう? 師匠の死を」
「レル師匠の死と何か関係があるのか?」
べネック団長が眉をひそめた。
俺たちも攻略したあのダンジョンで敵に見つかったエリーナは右の道を進んだはずだ。
つまり、べネック団長がエリーナと同じルートを通ったことになる。
「べネック団長。右の道には何があったんですか?」
「エリーナ第一騎士団長は右の道を進んだと言ってました。そこにヒントがあるはずです」
俺とダイマスは左の道を進んだからな。
ローザンのクーデターに協力していたこともあって、他の道の事情はよく分からなかった。
「そんなことを言われても、妙な女がいたことぐらいしか思い出せないぞ」
「エイミー神官長でしょう。この紋を刻まれる前に、私もダンジョンを進んだ先で戦ったわ」
その名前には聞き覚えがあった。
べネック団長を裏切れとか言ってきて、俺が思わず魔剣を突きつけてしまった女だな。
あいつがダンジョンにいたのか。
「宿屋の地下にワープしたじゃないですか。ご丁寧に宝箱に入ったスイッチを押して」
「エイミーとかいう神官長の大笑いに腹が立ったのを覚えているわ」
「そこでヤンバ―隊長と遭遇したんだったかしら」
イリナ、アリア、ヒナタがフォローに入る。
それにしてもヒナタとハリーは時々消えることがあるが……何をしているのだろうか。
今だって突然話に入ってきたし。
可哀想に、ヒナタに背を見せていたアリアが青い顔をして震えているじゃないか。
「ヒナタお姉ちゃん!」
「驚かせて悪かったわね。どうにも時間がないみたいなの。手短に済ませましょう」
頬を膨らませたアリアを宥めながら、ヒナタは厳しい視線をエリーナに向けた。
一方のエリーナはなおも飄々としている。
今まで隠していた秘密が次々と暴かれているというのに、涼しい表情を全く変化させない。
「つまり、あなたもワープしたのよ」
「俺たち以外が飛ばされたっていう第三迎撃地点にね」
ダイマスの背後からハリーが出てきた。
べネック団長も顔には出してないだけで驚いているようだし……本当に何をしているのか。
「まさか……」
「そう、あの時は勇者マンドとアリアが活躍してくれたから攻撃を退けられたけど」
「エリーナ一人では限界があるか」
べネック団長も納得したように大きく頷いた。
エリーナはエイミー神官長との戦いの最中に第三迎撃地点にワープし、敗北したのだ。
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日に迫ったころ。
ついにエリーナの秘密が明かされた。
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