『第九話 剣士の誇り』
八日ほど馬車は進んでおり、もうすぐで国境近くの町まで到着する。
そこで一晩を明かして早朝に出発するそうだ。
「昨日は馬車で寝ましたからね。今日はフカフカのベッドで寝たいです!」
「この町は隣国からの旅人も受け付けているからね。イリナのお願いは叶うんじゃない?」
ダイマスが微笑む。
この野郎……俺が恥ずかしいと思った女性の呼び捨てをあっさりと成功させてやがる。
さすがイケメン。爆ぜてしまえ。
恨みがましい視線でダイマスを見ていると、べネック団長が歩いてきた。
彼女の手には一枚の紙が握られているから、あれが宿の情報か敵の情報なのだろうか。
それ以外の目的でこの町に留まる理由がない。
「私たちが泊まる宿の情報がこれだ。ついでに国境付近の警備を聞いてきたぞ」
「結果から言うと厳重警戒だな。レベル五だ」
リーデン帝国では危険度などに応じて、警備のレベルが六段階で決められている。
ちなみにレベル五は『職業に関わらず出国を禁じる』だ。
商人に化けて脱出するというプランも考えられていたが、この状態では遂行不可能。
簡単に言ってしまえば“詰み”であった。
デールさんの言葉に落胆することなく、全員が目配せをしつつ町を散策していく。
目的の宿屋に行く前に町を散策しようと考えたのである。
それに、まだ太陽が高く昇っているため宿屋に行くには早すぎるということもあったが。
しばらく進んだところでイリナが突然立ち止まった。
何事かと思って彼女の視線を辿っていくと、道の真ん中に筋骨隆々とした男が仁王立ちしている。
男は俺たちの視線に気づくと、重々しく口を開いた。
「イリナ。お前は何をしているんだ?」
「えっ……どうしてここに……」
目の前の男に恐怖を抱いているのか、イリナの顔は真っ青に染まっていた。
しかし、男はなおも質問を重ねる。
「俺は何をしているんだと聞いているのだ。質問に答えろ」
「お父様には関係のないことです。申し訳ありませんがお引き取り下さいませんか?」
震える声でイリナが反駁した。
一抹の弱さを見せたイリナを、彼女の父親がここぞとばかりに責め立てていく。
「稽古を中断したと思ったら夜逃げして、しかもこんな怪しい連中と……呆れて言葉も出ない」
「何ですって? 聞き捨てなりませんね」
続きの言葉が発される前に、べネック団長が怒りの形相で立ちふさがる。
イリナの父親は彼女を高圧的に見下ろしていた。
「おっ? 騎士団長風情が、剣術の名門と言われる我が家に勝てるとでも言うのかね?」
「勝負の話をしているのではない。我らヘルシミ王国の第三騎士団を侮辱したことについてだ」
あくまで一歩も引かない構えのべネック団長。
イリナの父親は表情の不愉快さを色濃くしながら、恐ろしく剣呑な雰囲気を纏った。
雰囲気だけで強いことが伺えるな。
「威圧の能力持ちですか。さっきから無意識に引いてしまう理由が分かりましたよ」
「分析担当か。面白いメンバーが揃っているな」
デールさんさんが冷静に呟くと、イリナの父親は薄ら笑いを浮かべた。
目を獲物を見つけた蛇のように細めるイリナの父親にダイマスが悲鳴を上げる。
「とにかく引き返してもらいます。僕たちに逆らうのは我が国に逆らうのと同義ですからね」
「勅命でも持っているのか。それは厄介だな」
困ったような表情をするイリナの父親に、銀の鎧を着た一人の男が近づいてきた。
顔から見るに、リーデン帝国の第一騎士団長にして総合騎士団長のハルック=モーズか。
待てよ。イリナの父親ってもしかして……。
「ホルダームよ。威圧を出すだけで娘が帰ってくるわけないだろう。こうすればいいんだ」
「私は捕まりません。【ライト・ソード】」
イリナが光の剣を出して構えると、見事な一閃でハルックが出した土の檻を叩き斬った。
そのままの勢いでハルックに突撃していく。
「無意味な突撃は危ないだけだぞ!」
「わっと……ありがとうございます。すみません」
べネック団長が横から攻撃してきたホルダームの剣を弾く。
ハルックに気を取られ過ぎていたから、横からの攻撃に対する注意が疎かになっていた。
それにしてもイリナの父親――ホルダーム=グリードは厄介だな。
剣術の大家の当主で、戦に参加した際には敵兵を三百人ほど斬り捨てたのだとか。
加えて、威圧の能力持ちのせいで攻める側は本来の力が発揮できない。
「ヘルシミの騎士団長は自ら戦うか。団員を守るには相応しいかもしれないがな」
「何をゴチャゴチャと。【ダーク・アロー・レイン】」
精霊と親密にならないと使えない魔法を簡単に使ってみせるとは。
黒い矢が二人に向かって雨のように降り注ぐ。
ハルックは土の壁を出して防御の姿勢を取ったが、黒の矢は簡単に壁を貫いた。
一方、威圧の能力を使って軌道を変えようと試みたホルダームは敗残兵のような有様だ。
体中に真っ黒の矢が刺さっている。
「攻撃も防御も出来るとは。他国の騎士団長とはこれほど強いのか」
「どうして威圧だけで捌こうとしたんですか? あなたの剣ならな事だったはずです」
地面に倒れたホルダームを起こしながらべネック団長が尋ねる。
俺も疑問に思っていた。
彼ほどの剣があれば、無傷のまま矢を逸らすことなど造作もなかったはずだ。
「イリナの姿を見たからだ。騎士団長の攻撃の後に追加攻撃を放とうとしていたからな」
「申し訳ありません。ですが私はあの鬼がいる家に帰るつもりはありませんし」
強い意志を込めてキッパリと言ったイリナに、ホルダームは悲しげな表情を浮かべた。
しかし、次の瞬間には父親の顔になっている。
「今まで教えた基礎を忘れず、他国でも頑張りなさい。ここから応援している」
「ありがとうございます。ここまで育てて下さったこと、感謝しています。――さようなら」
イリナは今にも泣いてしまいそうだった。
恐らく、彼女を隣国へと駆りたてるものは父親以外の誰かなのだろう。
そう考えると悲しいな。
「最後に娘に会えて良かった……グァ!?」
「何を勝手に和解しているんです。もう少し使えると思っていましたが……失望しましたよ。ホルダーム=グリード“帝級剣士”」
ホルダームが苦痛に顔を顰める。
彼の後ろから、二十人ほどの騎士を連れたハルックが無表情で見下ろしていた。
その手には……血のついた剣。
「貴様……ホルダーム伯爵に何をした!?」
「君はもう宰相ではない。言葉遣いに気をつけろ。ただ剣で刺しただけだよ」
「なっ……」
ホルダームの手当てをしていたイリナが絶句する。
ただ剣で刺しただけって……普通に殺すための行為だよね。
それを無表情で言ってのけたハルックは、ニヤリと笑って、こちらに剣を向けた。
「さて、手合わせ願おうか。ヘルシミ王国第三騎士団殿?」
「望むところだ。親子の別れを無粋にも邪魔した罪……償ってもらおうか」
べネック団長の返事も聞かずに、俺は精霊を準備して、剣を構えた。
これが間違いだったと知るのは、もう少し先のことである。
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