白い悪魔、それから
文芸部の締め切りぶち破ったので供養です。
近未来、眠る彼女と彼女の運命は———
(ただし大量に出血している)
白い悪魔の話、それから Lifureture
昼は嫌い。だってなんか生き生きしてるから。
夜は嫌い。だってなんか死んでるみたいだから。
「だからね、きっと私は夕暮れ時が一番好きなんだと思う。」
窓の外は真っ暗だけど。ゆらゆらゆらゆら。楡のロッキングチェアを漕ぎながら、私は結論付けた。
「よくわからないけど、それはふかふかのベッドで眠ることより大切なこと?」
「大切なことだよアパラトス。」
「なら今の僕にとって大切なのは、一刻も早くこの幸せにくるまれて眠ることに違いないな………。」
ベッド上のハリネズミのぬいぐるみの声はふわふわしていて芯がない。部屋の電気を消したらすぐに微睡んでしまいそう。確かに日が沈んでからかなり分たってるし、晩御飯を食べたのもだいぶ前だ。多分私も、いつもだったらアパラトスと一緒にお布団にくるまるのが一番大切になっちゃう時間。だけど今日だけはだめなのだ。
「アパラトス寝ちゃだめ。だって今日はパパがいないもの。約束でしょ?」
弾みをつけてチェアから立ち上がり、アパラトスをベッドの上から救い上げる。名残惜しそうにアパラトスが「なー」と呻いた。
「なんて残酷なことをするんだラフィ!君ってやつは!」
なーなー、柔らかい毛を逆立てるみたいに抗議してくる。
「猫っぽく鳴いたってだめなんだからね!ネズミの癖に!」
「僕はただベッドに丸まってたいだけだ!」
「アパラトス丸まれないじゃん。」
「それ言っちゃう?」
僕だってそれくらいできる、と腕の中のアパラトスが、文句を言った。
「バカにしてるわけじゃないんだけど…。」
「もういいよ。それより、行くなら早く連れてってくれよ。」
「そうだね。」
アパラトスを左腕に抱えて、窓辺に近づく。薄いガラスの先には雪が降っていた。
「あ、パパだ!」
玄関先に輝く蝋燭みたいに小さな明かり。確か光学なんちゃら光源とかいうよくわからないライトだったと思うけど。そのライトを持ってる真っ黒い服の人と言えばもうパパしか存在するわけがない。そのパパは、どうやらこれから出かけるみたいだった。ご飯の時に研究所に行くって言ってたから、明日の晩御飯ごろに帰ってこれたら良い方だろう。
「窓開けて、手、振ったら気づいてくれるかな?」
「風邪ひくからやめときなよ。ほら、行くよ。」
ちょっと雪風に当たったくらいで風邪ひくような体じゃないけれど。アパラトスが早く行きたがってるみたいだからやめることにした。アパラトスを一度ベッドの上に下ろし、外出ようのコートを掴む。ピンクの猫のリュックに、おやつと空の水筒を入れて準備万端だ。
「ねえラフィ、いい加減にその悪趣味なリュックやめない?」
「かわいいからいいでしょ。」
アパラトスを両手で掴み上げ、ポケットにねじ込む。キュウ、って鳴いたような気がしたけど、気のせいだと思うことにした。もう一度装備品を確認して、いざ、と静かに木の扉を開けた。『お姉ちゃん』が下の階で寝てるはずだから起こさないようにしなくてはいけない。わずかに開けた隙間から身を滑り出し、同じようにそっと扉を閉める。木の廊下がきしんだりしないように最新の注意を払いながら一歩一歩進む。二階から、地下一階へと続く階段も同じように。
地下の白いリノリウムの床を忍び足で駆け抜けて、一番奥の部屋の引き戸を右にスライドさせて転がり込んだ。
「ついた!」
「ラフィ、静かに!」
「あ、ごめん。」
安堵から、つい歓喜の声を上げてしまった。口に両手を当てて、深呼吸する。
「特に動き始めたような音は聞こえないかな。」
耳をひそませていたアパラトスがそう言った。ぬいぐるみだけど、本当のハリネズミみたいに耳のいいアパラトスがそういうなら間違いないだろう。
「じゃあ起動させるね?」
「よろしく。」
部屋の中央に鎮座するのは、巨大な転移装置だ。手前にコントローラー、少し小高くなったところに円形の台座、そこに行くまではコントローラーのフェンスと台座前のフェンスに囲まれた階段。
私はゆっくり青白く光るパネルに近づいた。アパラトスの指示の通り機械を動かしていく。赤、右上のボタン、黄色のつまみをちょっと右に、青いつまみを上まで押し上げる。
「ついたよ!」
まだポケットの中のアパラトスに小さく声をかけた。ふわ~ふ、とあくびが返ってくる。ポケットの中で気持ちよく眠っていたらしい。なんだかちょっとムカついたから、コートの上からぬいぐるみをぎゅっと握りしめた。今度は代わりにギュギュッ!?という悲鳴が聞こえてくる。
「なんてことするんだ!寝起きのハリネズミは繊細だって前にも言ったろう。」
「やっぱり寝てたんだ。」
あと繊細だなんて初めて言われたし。しかも寝起きじゃないし。言いたいことは沢山あったけど、早く出発したかったからとりあえず飲み込んでおいた。
まだキーキー鳴いてるアパラトスを引っ張り出して、コントローラーのへこんでいるところに置く。
「ほらアパラトスはやく!」
「だから寝起きのハリネズミは繊細だって……。」 ・・・・・・
むにゃむにゃ文句をいいながら、アパラトスは一度だけふるり、と身じろぎした。
その瞬間、バチバチいう音がした。アパラトスを中心に白い稲妻が起こり、コントローラーをつつみ転移装置をつつみ部屋全体が白い光に照らされる。ブォォン、という駆動音がして、台座に水色のサークルが浮かび上がった。稲妻が減衰していくのと反対に、その光は徐々に強さを増す。
「コントローラーの最終チェックは大丈夫?」
「うん!」
視線を滑らせて、異常がないことを確認すると一つうなずいた。アパラトスが「OK」というのと同時に彼の体を掴む。
「もうちょっと大事に扱っtむぎゅっ」
「ごめんね後で!」
左腕に強く抱え込んで、フェンスを飛び越えた。十段くらいしかない階段を二段飛ばしで駆け上り、もう一回フェンスを飛び越え、光の中に飛び込んだ。直後に光が一段と強くなる。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
「だから静かにって!」
部屋全体を青く透明な光が染め上げた。
§§
これは夢みたいなものなのだと思う。私であって私でなくて、知らないはずなのにそういうことだって知ってる、明晰夢との境界線上を歩くようなRealityの、誰かの物語。
—―— 深い深い煙霧に身を沈める。一寸先も見えないような世界をただただひた走る。いない神様に願った。助けて、助けて ———
「…ィ、リリィ!」
「ッ!」
パシン、乾いた音が部屋に響いた。まだ目覚めていない手のひらにも伝わる疼痛に、喘鳴。目の前には見慣れた、大切だと感じる友人。
どうやらまたやってしまったらしい。既視感まみれの、定期的に起こる朝のシチュエーションだった。
「ごめんなさい、テオ。」
アイツらと違うとわかっているのに改善できない、何より無自覚とはいえ、とっさに彼ら(両親)と同じにしてしまってることに罪悪感を覚えながら、リリィは頭を下げた。
「いいんだよリリィ。メアリ姉さんだってよくあっただろう?」
気にしてないさ、とテオはニッコリ笑った。メアリ姉さんとは、リリィより五つほど年上の、プラチナブランドのロングヘア―が美しい自慢の姉である。しかしながら、本当の家族ではない。この街には無計画に生み出されたが故と、劣悪な環境が故の孤児が沢山いる。リリィの母親のように、酷な労働環境により死に孤児になったものも大勢いる。その多くはより劣悪な孤児院で育てられるが、幸運なことにリリィ達はそうならず、大資本家の元でメイド兼養子として育てられていた。
「もう朝餉の時間だよ。奥方さま…じゃなくてママが早く起こしてきなさいって。」
「……朝起きるの、あまり得意でないのよ。」
「知ってる。リリィは典型的な夜型だもんね。」
しかしいくら自他共に認める夜型とはいえ、朝餉を一緒に食べないのはよろしくないし、哀しいものだ。リリィは準備をするために、テオを部屋から追い出して、服を着替え始めた。
無事朝餉を食べ終え、礼拝を終えると「お仕事」が始まる。お仕事は二種類あって、お屋敷の掃除に、洗濯、茶会の準備等。メイドとしてのお仕事がメインで、この仕事をする子達をママは、「天使」と呼んでいる。小さい子が多いし、白い服をひらひらさせながら働く姿が天使みたいだからとか。もう一つは何かというと、パパ——もといご主人様——のお手伝いだ。パパが「大人」だと認めた人が主に働いている子だ。自活できない天使とは違い、地に足をつけて生きていける人——リリィよりも年上の人が多く、テオやメアリ姉さんも「大人」として働いている。
ではリリィはというと、ママによく「私の天使ちゃん」と言われている。つまり前者であった。
「早くテオと一緒に働きたいのだけれど。」
リリィはスキナーナイフを握りしめそう呟いた。慣れた手つきで皮をはぎ取っていく様子は完全に達人の領域であった。抜き切れていなかった血がわずかに刃先と、真っ白の服を赤く染める。
別にリリィとて、今の仕事に文句があるわけではない。天使がする仕事の中で一番難しい、ママのお手伝い。上手くできるようになれば、テオ達と一緒に働ける日が近づく。力を籠め、膝から下と胴体を別離させる。ハンティングナイフの一種であるリリィのナイフは、関節であろうともいとも簡単に切ることができる。道具の助けもあり、リリィは同じお手伝いをする中で、一番早く仕事を終わらせることができていた。
「そういえば、ユンおにいが余所に働きに出たから、そろそろパパのお手伝い増やそうかなってママ言ってた。」
右隣で腕をのこ切り離している少女が言う。
「本当!?」
腹を切り裂く手を止めず、興奮気味にリリィは返した。
「パパと相談してたのちょっと聞いただけなんだけど。多分本当じゃない?」
「次は間違いなくリリィだな。」
左隣の少年はちょっと悔しそうに言った。
「だといいけれどね。」
否定交じりにそう返したが、頸骨を解体す手に力が入るのを抑えることが、リリィはできなかった。
家族という名の労働友達と、手伝いをこなしていると部屋に誰かが入ってきた。鈴がならなかったしママではない、と判断して手を動かし続けていると、肩を叩かれた。
「リリィ。」
「テオ!」
仕事に出かけたはずのテオが、悪戯に成功したように笑っていた。
「少し休憩にいかない?サンドイッチ、パパがくれたんだ。」
テオがポケットから小包を取り出すと、ふわりとライ麦のいい香りが鼻腔をくすぐった。間食の時間まではまだ時間があり、すこし、いやかなりおなかがすいていたリリィには魅力的に思えた。
「ママも頑張ってるからいいよって許してくれたよ。」
さらに追い打ちをかけてくる。この時点でリリィに特に断る理由はなくなっていた。
「じゃあ行くわ。何か問題あったら教えて頂戴、多分中庭のどこかにいるはずだから。」
腕が終わり、足を解体していた子にそうささやく。こくり、と少女が頷いたのを確認するとリリィはテオの腕をつかんだ。
「早くいきましょう!」
「そんなに急がなくても、サンドイッチは逃げないよ?」
「失礼ね、食い意地張ってるみたいじゃない。」
「ちがったのかい?」
「もうっ!」
テオの手を握るリリィの足取りは軽い。
—— からかわないでよ、気恥ずかしいじゃないなんて、私は思った。
ハリネズミは少女に乞われるがまま、みせる。それが彼自身の役割だから。少女が見る物語はすべて、どう転がっても何をしようと『終焉』と呼ぶべき姿へたどり着く。だけれども、その結末が、少しでも救われるかはたまたどう転がるかは、彼女にゆだねられている。
ゆえにハリネズミ(アパラトス)は思考する。如何に少女が望む結末にたどり着くかを。
可憐に薔薇の咲き誇る中庭、鳥かごみたいな円形屋根のガゼボに二人は並んで座った。テオが包みを開くと先ほどよりも強く香りが漂う。ライ麦のパンに干し肉、瑞々しい葉野菜が彩を添えている。リリィは思わず唾を飲み込んだ。
「はい、どうぞ。」
「…いいの?」
生で安全に食べられる野菜は近頃では珍しく、それゆえ値段も高騰していた。そんな野菜がふんだんに使われたサンドイッチを一つ丸ごと差し出されて、さすがにリリィは一瞬躊躇した。そこまで図々しくできているわけではない。だが、テオは膝の上に所在なさげに置かれていた手に、素早くサンドイッチを握らせてしまった。
「リリィと食べるために持ってきたんだし、それに二つも食べたら夕餉が入らなくなるだろ?」
テオがウインクを決める。見慣れたはずの顔なのに、不思議な気恥ずかしさを覚え顔をそむけた。ごまかすように祈りを捧げ、サンドイッチを口に運ぶ。香ばしい風味と、パンと野菜の調和された甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい。」
「よかった。」
ほころんだように笑いをこぼすと、テオもサンドイッチにかぶりついた。二人分の咀嚼音があたりに響く。
「リリィ、話があるんだけど。」
「なにかしら?」
先に食べ終わっていたテオは、サンドイッチを入れていた包みを手でいじったり、パンくずを鳥にあげたりしていたが、一つ深呼吸をつくと切り出してきた。真面目な雰囲気に、リリィも一度食べる手を止める。
「この国から、出ようと思うんだ。」
テオは一音ずつ吐き出すように言った。
「…パパはなんて。」
「そうかって。」
パパが反論しないのであれば、それは実質許可と同じものである。
「それでなんだけど。……良ければリリィも一緒に来ないか?」
テオは大方否定が返ってくると予想していたし、リリィも否と返すつもりだった。のだが。口からするりとこぼれ出たのは正反対の言葉だった。
「……いいよ。」
「えっ。」
「えっ。今、私……。」
家族が大切だと、だからテオがいなくなった後みんなのこと慰めなくちゃ、とか寂しくなるなとか思ってたはずなのに。なぜかリリィのどこかは、何かを期待しているように熱を持っていた。
「わかった。いつ出るかとか、また後でおしえるから。」
ガタ、と音が鳴るくらい勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで屋敷のほうへ駆け出して行ってしまった。先ほどまで二人で座っていた椅子は、一人になるとひどく空虚に感じるようだった。
食べかけだったサンドイッチをリリィは口に運ぶ。なぜだかわからないけれど、確かに味を感じてる筈なのに、何も感じなかった。
その後テオと数度話し合って、旅立つ日と、時間を決めた。家族やママに報告したときは少しだけ残念そうにされたけど、最後には応援された。少しずつ準備を進めて、旅立つ日が明日に迫った、今日。
「買い物ですか?」
手伝いも最後、と意気込んでいた矢先にママに頼まれた。
「そう。急ぎってわけではないのだけれども。お願いできるかしら?」
ママの頼みを拒否するわけなどなかったし、最後であるしそういうのも良いかと、リリィは二つ返事で引き受けた。肯定の意を聞くと、ちょっと待っていなさいと言って大きな籠を持ってきた。
「これを使いなさい。代金は入れておくわ。もしも数え間違えて余ったりしてたら…好きに使っていいわよ。」
「わかりました。」
ママから籠を受け取る。軽そうな見た目とは裏腹に、手に馴染むくらいにはズシリとしていた。どうやらすごく数え間違えてしまったらしい。
「それじゃ行ってきます。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
お土産とプレゼントを沢山買おう、とリリィは決意した。
街に出るのは随分と久しぶりで、関心を払わず育ってきたとはいえ、ショーウィンドウに飾られる色とりどりの品物にリリィの心は踊りに踊った。頼まれていたものもしっかり買い終わり、あとは数え間違えたお金で何を買うかである。
ガラガラと馬車が後ろを走る中、夢中でガラスの先をのぞき込む。小さい子達にはお菓子やお人形、おもちゃを。少し大きな子達には普段つけられないおしゃれなネクタイピンや、アクセサリー、それに本などを。十分買ったかな、思ったとき、丁度籠はいっぱいになった。日も沈んできたしきっと帰る頃合いだろう。
身をひるがえすと、耳が不思議な音を拾った。聞きなれた、でもこんなに人がいる表通りでは確実に聞くことのない、生き物が何かに叩きつけられる音。嫌な予感がする——リリィは音を拾った方へと駆け出す。複雑に入り組んだ裏通りを走り、複雑ななつかしさを覚える貧民街を走り抜け、音を追う。レンガの床を靴で蹴りつけるごとにその音は近づいていた。勘を頼りにアタリをつけ、通りに飛び込んだ。
瞬間、理解ができなかった。
薄汚れた路地裏が一色で染め上がっている。その真ん中に倒れてる見覚えのある背中、手にナイフを持って笑っている人達、それに
「ぱぱ…?」
握り込んでいた籠がガタリ、と落ちた。染め上げていた赤が、籠を伝ってリリィのほうにもしみてくる。
「ああお前か。」
何事もなかったようにパパはリリィを振り向いた。右手には真っ赤になったナイフが握られている。
怖い。思わず後ずさる。普段あんなもの見慣れているはずなのにどうしてか背筋に悪寒が走る。
「突然言い出したからどうしたのかと思ったものだけれど、問いただしてみればくだらん。貴様が白いまま、天使のままでいてほしいから?馬鹿馬鹿しい。我が家に買われたときから誰かを殺す悪魔になる(・・・・・・・・・・)そういう運命なのだから。」
「…ぱぱ、何を言ってるの。」
「なあリリィ。白の悪魔という話は知っているか。あちこち出没して、大資本家だけを狙って殺す殺人者の噂、白い服を着た天使が殺しに来るなんてどこかの新聞が騒ぎ立てていた記事。」
逃げなくては、パパが何かを語っている間に。しかし生存本能と、やけにひどい胸騒ぎに駆け出すべき足は、その場から一歩も動いてくれなかった。
「私の仕事の手伝いが何か知ってるかいリリィ?」
パパの手がリリィの頬を撫ぜた。
「…し、知らない。です「殺しだよ。」」
耳元でパパがささやいた。
「まずは死の匂いに慣れさせ、次に死体に慣れさせる。それが終わったら解剖に慣らさせて肉の切断方法を学ぶ。そして仕上げは生きてる人間を殺す。白い悪魔になる!!!!養子として引き取るといえば聞こえはいいし、ライバル社員を自分の手を汚さずに屠ることができる!」
だが、とパパはつづけた。
「暗殺にとって一番の敵となるのは情報の漏洩だ。特に私の家は、な。外に漏れるルートは確実になくさなければならない。リリィ、もう気づいただろう。この血だまりに浮かぶのが誰なのか。」
ナイフでパパがまっすぐ指し示す先。血だまりに浮かぶ誰か——いや言われた通りきっと気づいている。認めたくない、認めたくない認めたくない!
「それはテオだ。アイツだけなら見逃そうと思ったけれど、貴様を連れていくとなると話は別だ。二人も漏洩源を見逃すわけには行けないからな。」
テオが、どうしたの?
心の中で何かが千切れた音がした。
リリィの異変に気付かづに彼らのパパ——主人は尚もたのしそうに高尚にかたっていた。そんな彼に籠から何かを拾い上げたリリィがふらり、と近づく。
ぐさり。
赤いしぶきが散った。
リリィは首を傾げ、こう言った。
「パパ、死んで。」
大きくナイフが振り上げられた
§§
赤い、赤い赤が視界を染めていた。
沈黙が部屋を支配していた。取り付けられた換気窓から白々しい光が差し込んでいた。
赤が脳裏を埋め尽くしていた。
「ラフィ?」
目がくらむ溺れるほどの赤赤朱紅紅紅紅———
「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ラフィは叫んでいた。憑依していただけの少女は、リリィの心の底と同調し叫び続ける。
慟哭。目をふさぎ耳をふさぎ私はただ泣き叫ぶ。疑問符が占めていく。
「ラフィ?聞いてる?ラフィ。」
アパラトスはポケットの中で何かひたすら言っていたけれどよくわからなからない。喉から意味のない吐息のような嗚咽のような何かがひたすらこぼれていく。
「聞いてないか。まあいいけれど。答え合わせと行こうか。」
まず彼らが迎えるべき結末だけれど、とまるで思いついた最高の喜劇を、誰かに伝える作家のような声で言う。全く聞いていないのに、アパラトスは語り始めた。
「そもそもこれはただの幸せな、恋の終焉の物語だったんだ。
リリィ、君は異端と知ってなお、いやむしろ屋敷の家族を守るために残ることを選ぶ。テオとの決別、当人が気づかないレベルで抱いていたリリィの恋心は儚くも終わりを迎える……そういうハズだった。
今回ラフィが起こした干渉は、干渉とすらいえない些細なものだったかもしれない。だってたった一言、イエスといっただけなんだから。ただ、君がその恋心を一瞬だk表に出したせいで、彼は死んだ。
リリィは天使なんかじゃない。テオを誘惑して殺したただの悪魔だ!」
好きだった。読者であったはずの私が登場人物の彼に恋をしてしまった。笑う顔が好きだった。穏やかなのに獰猛で狡猾で、何かを隠していても見せずに完璧にごまかすところとか、あと小食なところも、寝るときに布団を握りしめて練る癖があるとか。私はテオのことが好きだったのだ。
登場人物を好きになること自体は珍しいことではないのかもしれない、けれど私は干渉者であることを忘れてしまっていたのだ。
後悔かもしれない、思考の欠片が飛び回る。赤が侵食していく。
なんて
「…ラフィ?さっきから静かだけれどどうしたんだい?まさかさっき殺した衝動で———」
「ねえアパラトス、私にもっと」
目の眩む、滴る、溺れる、塗りつぶす、埋め尽くす、耽美的で——
——絶望的なまでに美しい紅。
「残酷な終焉を見せてよ。」
脳裏に焼き付いた赤はこびりついて、再び潤いを求めている。また新しい赤を、狂気的で耽美な赤を、渇望してしまう。
今までのような街の終焉や、恋の終焉では物足りないと気付いてしまった。切り刻むことを、世界が赤で満たされる快楽を。
狂気に彩られた目を細める。
「さあさあさあさあ!早く終焉を!」
あかくうつくしいしゅうえんを。