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百恋物語  作者: 月見ヌイ
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二首め 春すぎて 夏来にけらし 白妙の

[春すぎて 夏来にけらし 白妙の]


昔々、とある山奥におじいさんとおばあさんがたった二人で住んでいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは家でいつも通り掃除をしていた。


おばあさんが掃除を始めて暫く経った頃、太陽もいつの間にかすっかり昇り

庭に落ちた葉たちを掃除し終えたおばあさんは、外の掃除に一区切り付けて家の中へと戻って行った。


電気は通っていないので、自家製の地下室に置かれた水分や食物の中から麦茶を選んで取り出すと、手に持ったコップを震わしながら何とかソコにトポトポと流し淹れた。


ゴクリ、ゴクリ……「ぷはぁ……っ!」


おばあさんは、御歳70になるとは思えない飲みっぷりでコップの麦茶を一息に飲み干すと。また、コップを片手に階段を手すりを伝って登って行った


「今度は家の中でも掃除するかねぇ」


そうしゃがれた声で呟きながら、曲がった腰をさするおばあさんは、ゆっくりとした動きで家の中を片っ端から綺麗に掃除し始めた。掃除自体は定期的にやっているのだが、何せ山奥の一軒家、野生の動物たちの出入りがとんでもなく盛んなのだ。


その上、おじいさんもおばあさんもそれを拒み、嫌がる訳でも無く寧ろ喜んで迎え入れてしまっているので、こうやってマメに掃除しないと直ぐに家中泥まみれになるという訳だ。


そんなおばあさんが、ふと足を止めたのは見飽きる程に見ている自分自身の部屋だった。何処も彼処も出入り自由の家の中でも、この部屋だけは動物どころかおじいさんすらも出入りを固く禁じているおばあさんだが、それは何故か?


「だって、ねぇ……?」


おばあさんは溜め息混じりに呟いた。だって仕方が無いのだ、こんな世界一綺麗な私の「晴れ着」がこの部屋にあるのだから、それも、飾ってあるのだから万が一汚されでもしたら大変な事になってしまう


「それに、おじいさんが見たら、何て言うか分からないしねぇ……」


おばあさんは止めた足を再び動かし出すと、ヨロヨロとした足取りで晴れ着に近付き、そっと布地に触れた。


真っ白い、まるで雪のような純白のソレは、二人で行った近いの式ともう一つ、「散り時」の二回着るのだと、この着物を少ない財産を掻き集めておじいさんが買ってくれた時から、おばあさんは心に誓っていた。それは今も変わらない


おばあさんはそのまま一頻り物思いに耽ると、着物から手を離して自らの部屋を後にした。目指したのは、見晴らしばかりの良い動物達の玄関、もとい縁側。座布団を敷いてそこに腰掛けると、夏の強い日差しと、心地いい風がおばあさんの心を揺らした


「いつの間にか、歳をとってしまったんだねぇ……」


目を瞑れば、うら若き新婚時代がまだハッキリと脳裏に映る。しかし年月はいつの間にかこんなにも時を重ね、自分に残された時間はほんの僅かとなってしまったらしい。


今日は快晴、絶好の洗濯物日和だった


▶▶▶


「お〜い、帰ったぞぉ〜!」


「あらおじいさん、お帰りなさい」


日が山に隠れるより少し前、隣の山へと柴刈りに出かけていたおじいさんが服をびっしょりと汗で濡らしながら家へと帰ってきた。おばあさんはおじいさんの手荷物を受け取ると、代わりにキンキンに冷えた麦茶の入ったコップを差し出す。毎日毎日行われる一連の流れに、今日は何故だか妙な感動を覚える。


おじいさんは手渡された冷たい麦茶を一息に飲み干すと、大きく息を着いてそれから思い出したように口を開いた


「あ、そうじゃ、ばあさん。軒先に干してあったあの着物って?」


おじいさんはそう言って首を傾げる。その姿が、まるで始めて出逢った時の無邪気な少年のような仕草だったのでおばあさんは「何でも?」、と可愛らしく舌を出してうら若き少女っぽく返事をするのだった。


────それから数日後、おばあさんは安らかに永い眠りについた、その顔には幸せそうな笑顔を、そしてその体には見る者の心を奪うほど美しい純白をまとって


[衣ほすてふ 天のかぐ山]


おわり

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