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五話 採取依頼につき

 翌朝。


 医務室で一晩を明かしたブレイクはベッドの縁に腰掛け腕の調子を確認していた。


「骨が飛び出してた腕も元通りか」


 程々にと言っていながら傷一つ残さず治しているあたり、アルーシュの回復魔術の熟練度は相当なものであるのだろうとブレイクは読んでいたが、本人が隠していることを探って痛い目を見るのはよくある事だと記憶の片隅に追いやった。


 ここまでの高度な回復魔術をかけてもらって治療費が安いとは思えない。どれだけ貯金が減ったのかを考えるだけで口からは深い溜息が漏れた。


 ブレイクはギルドの二階に造られている医務室を出ると階段を下りる。

 トン、トンと鳴る軽い足音とは逆にその足取りは重い。


 一階の受付へと向かうとそこにはいつもと寸分違わぬ無表情で冒険者達が渡してくる依頼票を処理するアルーシュの姿があった。


(もっと笑えばいいのに)


 本人に伝えれば余計なお世話だと突っぱねられるのは目に見えている。故にブレイクも言うつもりはなかった。

 無邪気に笑うアルーシュの笑顔は普段の美人ぶりに輪をかけて華があり、他の冒険者達に見はせたくないと独占欲が大半を占めていたのである。


 相も変わらず表情筋を一瞬たりとも動かさずに仕事を片付けて行くアルーシュは忙しい素振りを見せない。しかし入れ替わり立ち代りで依頼票を持ってくる冒険者達を相手にして忙しくないわけがない。


 昨晩の礼も兼ねてブレイクは軽く頭を下げて挨拶すると、視線は手元の依頼票に落としたままス――と片手を上げて挨拶を返してきた。


「ハハ、出来る女だ……俺より強そう」


 元よりエルフは弓や風の魔術についてスキルを得やすい系統にあり、総じて視野が広い。


 エルフ達が暮らす森から外の世界に出てきて冒険者になる者は大体が弓や風の魔術を使った後衛に就いている。少なくともブレイクは剣を握って前衛を勤めるエルフは聞いたことがなく、アルーシュのように回復の魔術を使うエルフはアルーシュが初めてであった。


 例え弓や魔術を使わなくとも視野が広いと言う事は、危険に対する行動の選択範囲が広いと言う事であり、戦闘において大きな優位性(アドバンテージ)を持っている。そのためブレイクはアルーシュに対してそう、評したのだった。


「はぁ……まずは貯金の確認から、か」


 歳を食うと溜息ばかり出る、と後頭部を掻いたブレイクはギルドホールに設けられている待合席でアルーシュに群れ成す冒険者が掃けるのを待つ。


 嫌な事は早いうちに片付けてしまおうと他の受付嬢の下に行こうとしたら鋭い視線をブレイクに飛ばし「ここに来い、それまで待て」と言わんばかりにカウンターを指でトントンと叩いて合図してきたからだ。その鋭すぎる視線は以前、機会があって使わせてもらったミスリル製のナイフよりも鋭利で無視すれば命はないと本能が訴えかけてきていた。


 列は順調に掃けているが、ただ待っていても仕方ないと依頼が張り出されているボードへと足を運ぶ。


 早朝であればボードの地が見えない程に張り出されていたであろう羊皮紙も、昼より少し前の今の時間では見える地の部分の方が多い。


「やっぱり目ぼしいものはないな」


 零して溜息を吐く。


 起きてきたのが遅かったこともあり、オイシイ仕事は粗方なくなっていた。そうじゃなくともリシュアとセリオスの主戦力を失ったブレイクは大した仕事を受けれないのだが……。

 後はアルーシュが見繕ってくれているであろう依頼にかけるしかないと再びカウンターへと視線を向けると、あっという間に列を片付けたアルーシュが早く来いと手招きしている姿が視界に入った。





「お待たせしました。まずは貯金の確認からされますよね? これが残高になります」


 ブレイクは一言も発していないのにも関わらず、目の前に立った瞬間に言い放ったアルーシュはカウンターの下から残高の記載された羊皮紙を差し出した。


「よくおわかりで」


「伊達に長く受付をしておりませんので」


「ハハハ……」


 流石はできる女だと乾いた笑いを零し、緊張した面持ちで羊皮紙へと視線を落とす。


 瞬間、ブレイクの顔面は血の気を失い蒼白となった。

 ギルドホールには地の底から這い出る亡者の如き怨嗟が響く。


 併設された酒場で朝っぱらから酒を飲んでいた一部の冒険者は、上位不死者(アンデッド)のリッチが放つ精神汚染攻撃の『灰暗き絶叫ドゥームバンシー』かと驚き、得物を抜いている者すら居た。


 かく言うアルーシュもその絶望しきった絶叫には目を剥いたが、出来る女の行動は早かった。


「ブレイクさん、しっかり! お気を確かに!」


 カウンターから乗り出したアルーシュはブレイクの頬を強打する。


 全身が弛緩していたのもあってブレイクは軽く吹き飛びゴロゴロと床を転がっていく。


「ブレイクさんっ!」


「うぅ……酷い……」


 アルーシュはやり過ぎたと慌ててカウンターから飛び出してきた。


 たった一瞬の出来事。それなのに芋虫のように床に倒れこんでいるブレイクに更に追い討ちをかける者達が既に居た。


「テメェが悪いんだろうが! 酒代払えコラ!」


「オイィ? ブレイクゥ! テメェ俺のソーセージどうしてくれんだオラァ!」


「この鬼共めぇ……」


 ブレイクの絶叫に驚いた冒険者達である。


 彼等は口々に罵りブレイクの外套を漁る。


「あ、おい、やめろ。そんな所弄らないでっ! あふん」


「弁償しろ。それと気持ち悪い声を出すな、吐き気がする」


「財布をだしな」


「ここは野盗ギルドではありませんが」


 男の体を弄るのに夢中になっていた冒険者達は静かに歩み寄ってきた存在に気が付かず、突然掛けられた声に驚きの表情を浮かべて振り返る。


 そこには腕を組んで冷淡な瞳で自分達を見下ろす一人のエルフの姿があった。


「あ、アルーシュちゃん。これは違って、だな?」


「そうそう。ブレイクのせいで被った被害を取り返そうと……」


「違うも何も、禁則事項です。今ならブレイクさんの悲鳴に驚いて酒や食事を取り零した情けない姿も見なかったことにしますが」


 アルーシュは事もなさげにピシャリと言い放つ。


 冒険者達はこの進言に逆らえば次にギルドで笑いものにされるのは自分達であると気が付き、顔を青ざめさせた。


「ははは、まさか! 俺達がブレイク如きの悲鳴でビビって命の水()を零したりするわけねぇよ!」


「そ、そうだな。よく見てみればあのフォークが折れてやがったせいだったぜ……」


「では問題ありませんね」


「「はいッ!」」


「ブレイクさんも、床で寝ていると他の人の迷惑なので早く立ってください」


「はいッ!」


「じゃあ俺達はこれで!」


 鋭い視線の重圧に耐えかねた冒険者はそそくさとその場から立ち去り、各々料金を払うとギルドから出て行った。


 ブレイクは未だに厳しい視線を浴びせられ戦々恐々としていたのだが、そんな情けない姿に毒気を抜かれたのかアルーシュは呆れたと声をあげる。


「はぁ……ブレイクさん。もう少ししっかりしてください」


「面目ない」


「じゃあ早くカウンターに来てください。太陽草と月光花の採取依頼を確保していますので」


「ありがたい! にしても、よく俺の得意な依頼を覚えてましたね」


「強いわけでもないのにここまで死なないしぶとい人は見たことがありませんからね。中々忘れられませんよ」


 そう言って、アルーシュは編まれた長い金の髪を翻らせた。





 受付を済ませたブレイクは太陽草と月光花を採取すべく王都より一刻ほど行った場所にある森へと来ていた。


「ここに来るのも久々だな」


 森に足を踏み入れたブレイクはしみじみと零す。


 リシュアとセリオスの二人が戦列に加わってからは魔物の討伐以来が主な仕事となっていたため強い魔物が生息しておらず、魔物の数自体も少ない森に来るのは約五年ぶりの事であった。


 討伐依頼よりも長い間数をこなしてきただけあり、依頼品がよく採れる穴場の道筋は体が覚えていた。


 戦いを華とする冒険者にとって採取依頼は下の下も良い所で、全くと言っていいほど人気がない。採取依頼をするくらいなら飢え死にしたほうがマシだと言う冒険者もいるくらいだ。

 そんな中で自分の力を冷静に分析し、嫌な顔をせずに採取依頼を受けるブレイクのような人間は少ない。故に所々木漏れ日の差し込む森は静かで、人の気配がなかった。


(一人で行動するのも久々か。まぁ、今はありがたいな)


 一晩明けても心に付いた傷は癒えていなかった。


 冒険者やアルーシュのおかげで一時は気が紛れたがそれは一時的な物で、本当の意味で昨晩の事を忘れんと欲し、ブレイクは一心不乱に太陽草と月光花の採取に勤しんだ。


 太陽草は怪我を癒すヒールポーションの、月光花は魔術を使う者にとって必須とも言えるマナポーションの原料となる。どちらも冒険者には必需だ。


 あまり公に知られていない事だが下級、中級、上級、特級と四種に分類されるポーション類の特級以外の三種は太陽草と月光花の鮮度や傷の有無などで分けられるため採取の仕方一つで大きく用途が変わる。

 上級ポーションともなれば平民で半年、冒険者であれば一ヶ月は働かなくても暮らせるほどの金額になるのだが、ギルドはそれを知ってか知らずか安い依頼料で依頼を出していた。


(あんな高価な値が付くのはポーション精製の過程の手間賃だからです、ってか。素材集めも大変なんだがな)


 それでもブレイクは自分にはこれしか出来ないからと若かりし頃から採取依頼をこなし、効率を上げるために勉強を怠らず、常に作業を洗練(リファイン)してきた。

 おかげで今では中級に使える物を主として、素材の状況如何では上級に使用できるほど高品質な状態で太陽草と月光花を確保できるようになっている。


(まぁ、あくまで自己判断だが行きつけにしている道具屋の婆さんが言うんだからそうなんだろうな。金額は兎も角、評価されるのは嬉しいものだ)


 夜にだけ淡い光を放ち、太陽の下ではただの雑草にしか見えないために明るいうちの採取は至難と言われる月光花も難なく見つけているブレイクは馬の尾で作ったブラシで丁寧に土が付着している根を払うとギルドの倉庫に預けていた区切りが付いた専用の箱に根を傷つけないよう気を付けながら移植していく。


 箱一つ分の依頼品が手に入り、これで数日は生き延びることが出来ると屈めていた背を伸ばすとブレイクはあることに気が付いた。


(下ばかり見てたから気が付かなかったが、随分深くまで来てたみたいだな。これ以上は魔物も出てくるし今日はここまでにするか)


 弱いとはブレイクも冒険者である。丸腰で外をうろつく程愚かではないがそれ以上に愚かなのは武器を持って強くなった気になり勇敢者を気取ることである。


 引き際を見極めると凝り固まった腰を捻った。


 ポキポキと軽い音が鳴り、快感が体を駆け抜ける。


「くぅぅ~。っはぁぁぁ」


 爺臭く息を吐いたブレイクは木箱を脇に抱えて来た道を戻ろうとしたとき、どこからか響いてきた声に眉を寄せる。


(なんだ……? こんな場所に誰か居るのか?)


 木の影に身を隠し、耳を欹てていると森の奥から足音や気配を殺す事無く駆けてくる者が居た。


「今のうちに早く逃げるぞ!」


「急げ!」


「待ってよぉ!」


「あいつが足止めしてくれてるんだ、犠牲を無駄にするな!」


 比較的大きな声を出してお互いを激励しながら森を走る者達。嫌な予感しかしない。


 遠目にしか姿は見えなかったがその声はまだ歳若く思えた。


 何かから逃げているであろう者達は知らなかったのだろうが、森の浅瀬は魔物が居ないが奥に入ればゴブリンやウッドファングが生息している。どちらも固体としてみれば弱い部類だが必ず群れで行動する。そのためある程度集団との戦い慣れていなければ冒険者達に評価されているより余程厄介な相手なのである。


 端々から聞こえてきた内容的に誰かが足止めをしている。

 その者が複数の相手を出来るなら先程の者達もあんなに慌てて逃げる必要がない。そこから導き出される答えは一つしかなかった。


 戦闘能力皆無の自身が行ったところで餌になるのが関の山だ。


「俺が行って何になる」


 心にポッカリと開いてしまっている傷は深く、採取に打ち込む事で誤魔化していたがどこか空虚だった。おかげで慣れているのに森の奥地に入り込むだなんて失態をしでかした。


 冷静なときであればむざむざ命を危険に晒したりすることはない。弁えているからこそ、能力がないのに三十を越えて今も現役の冒険者をしていられる。


 わかっている。

 わかっていた。


「ここらが年貢の納め時か」


 ――それでもブレイクは冒険者だった。

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