五曲目 もう１人のワタシ
私は、いや。
私の身体は森から広場に入って来た何かへと駆け出した。
私の意思？
そんなの関係がある訳がないだろ！
私は歌を歌いたいのであってあんな謎の生き物には興味がない！
しかし、そんな私の意思を無視して謎の生き物と私の身体の距離は段々と短くなっていく。
するとその謎の生き物の詳細が分かりたくもないのに見えてきた。
視界が赤く染まっているため、色は分からないが子犬ぐらいの４本足の生き物だ。
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Ｌｖーーー
《ベビーアラクネゾンビ》
アラクネの幼体の死体に魔力が宿り動き出した物。
生前の頃よりも弱体化している。
ＨＰ：ーーー
ＳＰ：ーーー
ＳＴＲ：３
ＶＩＴ：２
ＡＧＬ：９
ＩＮＴ：６
ＭＥＮ：３
ＤＥＸ：７
ＬＵＫ：４
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あぁ、【真実の瞳】で謎の生き物の正体が分かった。
でも、生き物と言っていいのか？
距離が縮まる度にその姿がはっきりと見えてきたよ。
まぁ、普通の生き物ではないね。
足は確かに４本、地面に付いている。
その足は蜘蛛のような毛深く、胴体に対して細く鋭く尖っている。
しかし、その場所は対象的に生えてはいない。
有るべき場所には何かが千切れたかのような突起物が見えた。
傷だらけの蜘蛛の胴体からは人の腰の部分のみが生えていた。
腰から上はぶつ切りにでもされたかのような傷があった。
名前にもゾンビって表示されてたからな。
異形のゾンビ、か。
心友なら雄叫びを上げて石でも投げて倒そうとするのかな？
ヒャッハー汚物は消毒だ、なんて叫びながらさ。
今の私はその異形のゾンビのすぐ近くまで走って踏みつけてるけどね。
はは、私の身体は心友よりも野蛮で好戦的じゃないか。
足裏から何か硬い物と柔らかい物を一緒に踏み潰す感触を感じる。
ゾクっと鳥肌が立ちそうだ。
でも一度では異形のゾンビは動きを止めないのかビクビクと動いている。
私の身体は何度も何度も何度も異形のゾンビを踏みつけてる。
その度に何かを踏み潰す感触を味わう。
私は虫はそこまで苦手ではなかったのだけれど、どういうことなのだろうか？
この状態はなんなんだろうか？
ダンジョンマスターの本能なのか？
私の身体の動きが止まった頃には私の足元には原形を留めていないグチャグチャになった異形のゾンビだった物があった。
不思議と吐き気なんかは感じない。
強く。
うん？
いや、違う。
私は歌を歌いたいのであって。
強く、なる。
…….…これは、なんだろう。
私から聞こえる声だ。
でも、私の思いじゃない。
もっと、もっと強く、なる！
うるさい。
私は、私は歌いたいんだ！
何か知らないけれどこれは私の身体だ。
好き勝手に使うな。
敵を、倒す。
もっと、強くなる。
強く、なる！
…..…私はどうなったんだ。
多重人格にでも芽生えてしまったのだろうか？
確かに一度死んで異世界に転生したのだ。
その心への負担は大きいかもしれない。
強く、なる！
倒す、倒す、倒す！
………演劇で多重人格の役を演じた人を観た事があるけど、多重人格ってのはその人の望んだもう１つの姿らしい。
私は、好戦的な私を望んでいる？
まるで悪魔に取り憑かれたような気分だよ。
分かった。
もう１人の私の存在を認めよう。
名前は悪魔憑きから取って悪魔の王、サタンにする。
私が歌姫になるんだ。
それ相応の名前が欲しいじゃないか。
心友もここに居れば絶対に賛成するだろう。
そして、色々な設定を嬉々として考え出すのだろうな。
視界が元の色を取り戻し始めた。
身体も私の意思通りに動くようになった。
名前を付けたからサタンが引っ込んでくれたのだろうか？
いや、単に広場に敵が居ないからだろうね。
それにしても、元異形のゾンビのコレをどうしようか。
あ、ダンジョンの機能でダンジョン内の物質を魔力に変換して吸収する事ができるんだった。
早速、発動させた。
異形のゾンビは草も生えていない大地に沈むように消えていった。
今のＤＰ量は………５か。
ふーん。
まぁ、０よりはマシか。
えっと、ＳＰは………あれ？
能力が上昇してる？
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姫川 早苗
Ｌｖ１
《アンティーク》
古い物に魂が宿って誕生した者。
パーツによって使えるスキルが増える。
『名も無きダンジョンマスター』
名も無きダンジョンのマスター。
ＨＰ：１／１
ＳＰ：３０／５０１
ＤＰ：５
ＳＴＲ：４
ＶＩＴ：３
ＡＧＬ：１０
ＩＮＴ：７
ＭＥＮ：４
ＤＥＸ：８
ＬＵＫ：５
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レベルが上がると能力値も上がるとは分かってたけど、なんで？
あ、【勝者の理】の効果かな。
倒した敵の能力を一定の割合の能力値を奪うって効果だったから。
さっきの行為でベビーアラクネゾンビを何度も倒した事になって能力値を限界まで奪った訳なのかな。
それは嬉しい誤算だね。
ＤＰを消費しなくても能力値が上げられるのは良い事だと思うし。
それよりも、サタンに身体を好き勝手に使われている間にＳＰが３０も回復してる。
これなら、【死者の呻き】や【絶叫】なんかを試しに使える。
とりあえず、練習がてらに鎮魂歌でもハミングしようかな。
さっきの異形のゾンビの供養として歌って上げておこう。
