二十一曲目 谷底へフライ
森が開けた。
それは広場を巡回していると分かった。
地平線まで見えるほどこの広場は広げる事ができたから巡回する事にしたのだが、それが功を奏した。
あんなに鬱蒼と生えていた樹々がその先には無かった。
どんな町があるか、どんな人が居るか、そしてアルケットに聞いても存在を確かめられ無かった未知なる歌に私は期待を膨らませながら開けた森の方へと歩んだ。
半ばスキップで進みながら私は考える。
魔法や魔王や勇者なぞが居る世界だ。
きっと、心友が聖書と呼んでよく読んでいた本の内容に酷似しているかもしれない。
中世ヨーロッパに似た風土。
レンガや石で造られた家々。
黄金色の畑で穂を刈り取る農民。
そして、忘れてはいけないのが凶暴なモンスター。
人々の平安を脅かす存在だ。
それに立ち向かうはアルケットのような鎧を纏った騎士や命を賭けて冒険する者達。
アルケットは歌は無いと断言してはいたが収穫祭や英雄譚なんかの歌や唄はきっとあるハズ!
闘いに明け暮れるしかなかった勇者の言葉なぞ信用に値せんわ!
森の開けた場所に着いた。
アルケットが走り去った方向とは違うがそんな事はどうでもいい。
新たな町よ、新たな文化よ、そして特に未知なる歌よ!
私の前に現れろ!
そう思いながら開けた森の先を見た私は思わず、その場に立ち止まってしまった。
いや、この光景は信じられなかった。
目の前には町や人の姿は無かった。
いや、それ以前に。
大地が見えない。
そう、大地が見当たらないのだ。
ふと、地球のある場所を思い出した。
グランドキャニオンという自然が作り出した巨大な谷。
確かに前方には大地が見えない。
しかし、視線を左右に向けると崖が見えた。
落ち着いて見ると大地が割れたように裂けていたのだ。
しかし、地平線が見えないほどの谷とは不思議だ。
まるで奥には2つの山の間に道があるかのように見えてしまう。
地平線で大地が見えるハズの場所には空が見える。
不思議ではあるが、ここは異世界。
地球の常識で考えてはいけないのだろう。
しかし、この谷はどこまで深いのだろうか。
底を見ても暗闇としか言えない光景が目に映るのみ。
私が出てこないという事は目の前の谷底には敵が存在しないのだろうか。
いや、ただ気が付いていないだけかもしれない。
気になるな。
この谷底がどこまで深いのか。
山や大地の歌を歌って問答無用、容赦無く埋めてしまうのもいいが。
一度、探索する事にしよう。
暗いならば光の歌を歌えば解決する。
戻る際には空を飛ぶ鳥の歌を歌えば宙を舞う事も分かっている。
では、谷底にスカイダイビングと洒落込もうじゃないか。
もちろん、光の歌を歌いながら。
ふふ、地球ではスカイダイビングを娯楽として楽しんだ事はないからな。
必要に迫られて空に脱出した事はある。
しかし、あれは逃げるのに必死過ぎて途中で気絶してしまったからな。
少し広場の方に戻り、谷の方に駆けた。
勢いを付けた私は走り幅跳びの要領で跳んだ!
さぁ、冒険の始ま………やっぱ怖い。
悲鳴をあげたくともあげられないまま、私は谷底へと落ちていった。




