十九曲目 ポケットとティーセット
私はSPを使い切りながらも勇者がここから立てる準備をした。
きっかけは………アルケットが家族に逢いたいと言った事だな。
『えいしょう』の話から城に居る魔導師の話、神聖騎士の話、そして家族の話へと移り、最後にポツリと言った言葉だ。
その言葉はアルケットが意識して発した物では無いのだろう。
ここには居ない者を見るような遠い目をしたアルケット。
家族。
あぁ、私にも地球で生きていた頃に大切な家族は居た。
興味本意で研究すれば世紀の大発見レベルの成果を出す祖父祖母。
高名な芸術家の両親。
格闘技で人類最強とまで言われた兄。
高い家事能力で食べていけるだろう姉。
他にも従兄弟や従姉妹、叔父叔母………
誕生日や大会優勝、祝い事がある毎に集まって祝い祝った愛すべき家族。
私の歌の能力を知ってなお、強い友情で結ばれた心友。
アルケットの、勇者の半生を【真実の瞳】で映像として見た私にはアルケットの家族に逢いたいという強い気持ちが手に取るように分かった。
幼い頃に家族から切り離され勇者としての訓練漬けの日々。
そして連日の怪物との戦闘を繰り返し、魔王という者を倒した。
その間に家族には一度も逢えていない。
彼女からは言葉を教えてもらった。
アルケットは歌を知らない。
しかし、歌に似ている『えいしょう』とやらを私に教えてくれた。
アルケットからは『えいしょう』とやらを実際に聞けた訳ではないが借りを受けたな。
借りは残さないのが私の主義だ。
よって、回復してきたSPを全て使い切る形で『アルケットの家族の元に帰る』という目的の補佐をした。
龍殺しの騎士の続きの歌以外にも、叩けばお菓子が出てくるポケットの歌、気が狂ったお茶会の歌を歌った。
これでアルケットは鎧、盾、槍と言った騎士の歌から現れた装備を纏っている。
インナーには叩けば焼き菓子が出る不思議なポケットも無理矢理くっ付けた。
周囲には宙を気ままに浮いている無限にお茶が出てくるティーセットがある。
これで道中、飢えや渇きの心配は無いだろう。
地球とは大分、私の歌による影響が違うようだが、そこは考えなくとも今は良いだろう。
そしてダメ出しに駆け抜ける者の歌を残り少ないSPで歌いきった。
これを地球で聞いた人はどれだけ走っても疲れないという耐久性を一時的に得るという影響を与えたがこの世界ではどうか分からない。
しかし、無いよりは良いだろう。
最初の観客が帰ってしまうのは寂しいが他の観客を引き連れてくれる事を確定だろう。
私の歌をこの勇者サマが広めてくれるだろう。
『そろそろ邪魔だ。
帰れ』
なけなしのSPでアルケットに伝える。
「え!?
邪魔だったの!?
いや、その前に離そうよ。
この状態じゃ動くに動けないよ」
………私がアルケットを膝枕をしたまま頭をガッチリと持っているからな。
私が何をしたいのか同じ私でさえ良く分からん。
家族の話をしている途中で私が勝手に動き出したのだからな。
私と同じように説得してみるか。
私、アルケットは家族の元に帰りたがっている。
だから帰すぞ。
………
無視か。
第一、私は私の行動原理を理解してないからな。
私は強くなりたいという言葉をはっきりと言っていたから分かったのだがな。
『勇者だろ、自力で抜け出せ』
ここはアルケットに任せよう。
伊達に魔王を倒した訳ではない。
頭を抑えられたからと言って立ち上がれない訳ではないだろう。
「えっと、この体勢から立ち上がるのって難しいんだけどなぁ。
上手く力が入らないっていうか。
それに頭をしっかりと抑えられているのもあるけどサナエ、何気に力が強いよね。
ビクともしないし、正直痛いです」
私の膝の上でのたまうアルケット。
首から下は健気に立ち上がろうとしてはいるがブリッチを失敗したような体勢で崩れる。
ふむ、能力値はアルケットの方が高いから余裕で立ち上がれると思ったのだがな。
そういう訳にはいかないらしい。
『アルケット。
今の私の身体には3人の意思が入っていると教えたな』
「うん。
まだ分かったわけじゃないけど」
『今の私の行動はルシフェルという奴だ。
アルケットの死体も同然だった時の言葉に反応している。
ここの中央に運んだり、桃を口に突っ込んだり、膝枕をしたりだ。
ならば、後は分かるな。
お前の意思をルシフェルに伝えればなるようになる』
アルケットからSPを奪いながら思い付いた事をアルケットに伝える。
「えっと、それじゃあの時みたいに言えば離してくれるのかな?
コホン。
女神様の眷属様、どうか御手を離してください」
おぉ、あんなにガッチリと掴んでいたアルケットの頭を離したな。
「あ、本当に離してくれた」
アルケットは身体を起こしながら不思議そうに私を見てきた。
ほぉ、私の言うことは聞かずにアルケットの方を優先するのか。
ふん、面白くないな。
『さっさと帰れ』
「うん、色々とありがと。
あたし、行くね。
それとさ、サナエ。
また、ここに来てもいいかな。
『うた』が聞きたいからさ」
『勝手に来なさい』
「ふふ、ありがと。
それじゃ、女神様の御加護があらん事を」
そう言ってアルケットはこの荒地の広場から森の方へと走って行った。
自前にアルケットには私の歌がもたらす影響を伝えているからだろう。
気ままに浮かぶティーセットが追従する銀白の騎士が森に走って行く姿を見えなくなるまで見た。
森から聞こえる音が小さくなって聞こえ難くなっていく。
そして完全に聞こえなくなったところで私は森の開拓を始めた。




