十二曲目 回復魔法の練習
その人に近付けば近付くほど、その人の状態が分かってきた。
一言で言えば、虫の息。
人ってのはこんな状態でも生きられるとは知らなかった。
まず、腹部から下が無い。
そこから大腸か小腸か分からないけど長い内臓がナメクジやカタツムリが通った後の粘液のように後方に伸びていた。
常に血が流れているのか血も跡を引いている。
それと胴体と顔の右半分が半円を描くように、何かに喰い千切られたように中の断面が見える。
顔は辛うじて右目が有り、唇の半分までは無く、胴体は胸の半分、骨盤の少し上からが無く、断面はグチャグチャであり、筋肉か脂肪か骨か見分ける事も難しい。
虫の息どころか死体と言われても納得するほどの状態だ。
しかし、傷だらけだが残った左腕だけで身体を引き摺っているため、死んではいないようだ。
【真実の瞳】でゾンビではないと分かっていなかったら他のゾンビと同じ何かだと思っただろうと確信を持って言える。
………普通の人なら出血量か心臓停止で死なないか。
異世界だと違うのか。
それとも勇者だから神かなんかの加護とやらで生きているのか。
さて、私はこの人をどうするつもりなのかね。
まだゆっくりと近付いているがその距離は残り数メートルだけだ。
やっぱり、殺すのだろうか。
いや、化け物となったからには人を殺す事も避けられないとは思っていた。
しかし、しかしだ。
異世界に来て初めての人殺しの対象が勇者とはな。
心友もこれには驚く………いや、嬉々として瀕死の勇者を殺してレベルアップとか、経験値ウマーとか言いながら化け物を満喫しそうだな。
「………」
うん?
勇者が何か言ったみたいだけど私の耳には言葉としては届かない。
血に染まった泡が口から出てるし、血液も出てるし、小声だし。
それに、多分だが勇者の言葉が聞こえたとしても分からないと思われる。
地球でも、地域が変われば言葉も変わる。
ましてやここは異世界。
言葉が通じるなど、聴覚を失った人にイントロクイズを出すようなものだ。
正解したとしても、それは極僅かな可能性だ。
さて、勇者と直接触れられる所まで近付いた。
勇者は私をしっかりと見て敵と認識したのか残った左腕をブンブンと振って追い払おうとしていた。
瀕死の割には元気だなぁ。
そう言えばこの距離ならば【ドレインルーム】が発動する。
HPが1の勇者なら私が近付いただけで死んでもおかしくないと思う。
だが、実際にはまだ動いている。
ふむ、【ドレインルーム】ではHPが0になるまで削る事は出来ないのか。
いや、『善神の加護』に人間に対しての攻撃が無効化されると表示してあったな。
それがこの効果なのかもしれない。
人間に対してはHPを削ったり、奪ったりはできないってことか。
あ、膨大にある勇者のSPを少しづつ削っているな。
SPは命に別状がないのだろうか。
ふむ、そう言えば今まで使っていなかった【回復魔法】というスキルが有ったな。
よし、試しにこの瀕死の勇者に使ってみるか。
………うん?
どうやれば使えるんだ?
声に関するスキルは自然と使えたが魔法とやらは初めて使うからな。
【魔力吸収】は相手のSPが欲しいと思えば使えたのだから相手を治したいと思えば使えるのだろうか。
勇者を治したい、勇者を治したい、勇者を治したい、勇者を治したい………
お!
勇者のHPが少しだけ回復したぞ。
身体の方はまだ死体に似たり寄ったりだが。
………傷は癒さないのか。
いや、まだ1度目だ。
結論を出すには早いだろう。
声に関するスキルだって自由に変えられる部分は有ったからな。
勇者は私が何をしているのか分かったようで大人しくなった。
なら、勇者には悪いが【回復魔法】練習台になってもらうか。
【魔力吸収】や【ドレインルーム】で勇者の膨大なSPを奪いながら瀕死の勇者に【回復魔法】を使っていく。
いつかは私自身にも使うかもしれないからな。
HPを回復させるだけでなく、肉体の完治もできると念じれば効果はあるだろうか。




