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僕と赤ちゃんたち

 そして翌日、僕は師匠たちの指示の通りに動き、魔王城に来ていた。


「あの、魔王城ってここであっているでしょうか?」


「そうだが、貴様は何者だ?」


 場所が間違っているとは思っていなかったけど、話すきっかけとして投げた質問に答えがきた。


「僕はえっと、その……ニトロです……」


 他に答えようがないとはいえ、この答え方として失敗したと自分でも思う。


「ほう、で何者だ、ニトロとやら?」


「えっと、それは師匠に呼ばれて……はは……」


 当然のように門番の方は疑う目つきで見てくる。

 おそらく魔狼族の方だろう。上位種の方は二足歩行ができると聞いたことがあった。


「師匠? いったい誰のこ……貴様、人間か?」


「ははっ……えっ?」


 苦笑いしていた僕が空気が変わったと感じ取った瞬間、喉元に剣が突きつけられていた。


「答えろ! 貴様、人間か?」


 冷たい刃先の感覚とは逆に汗がたらりと流れ落ちる。

 ここは正直に言うのが正解だと本能が伝えていた。


「いえ、人間ではありません。混じってはいますが……」


「そうか……いや、だろうな。そうでなければ我の鼻が最初から気づく」


 誤解は解けたようだけど、剣の位置は変わらない。


「何をしに来た……出来損ないの人間風情が」


「し、師匠に会いに来ました」


「師匠とは誰のことだ?」


「それは……」


「私のことだ」


 聞きなれた声に視線だけ後ろ側に向けると、白虎師匠が立っていた。


「なぜ貴様がここにいる」


「私が幼馴染に会いに来たら悪いか?」


「幼馴染だと? 魔王様をなんだと思っている!」


「私の……いや、私たちの幼馴染だ。

 それより剣を下ろせウォーレン、そいつは私の弟子だ」


 どうやらこの魔狼の方の名前はウォーレンというらしい。


「……出来損ないの人間風情を魔王城に入れると言うのか」


「出来損ないだが、私の弟子だ。何か文句あるのか?

 魔王は許しているみたいだぞ?」


 ウォーレンさんの後ろにあった扉がひとりでに動き、中への通路を開く。

 喉元にあった圧迫感はゆっくりと解放されたが、剣の持ち主は納得していないようだった。


「……この魔王城に出来損ないが入ることを許す日がくるとはな」


 悠然と中に入る白虎師匠と、おそるおそるついていく僕の後ろでウォーレンさんがポツリとつぶやいた。


「時代が変われば決まりが変わるさ……立場が変われば関係も変わるようにな……」


 白虎師匠が言った言葉はウォーレンさんへの返答というよりも自分に言い聞かせているようで、僕は初めて白虎師匠が寂しそうな声を出したのを聞いた。


 師匠たち4人は幼馴染であることを昔聞いたことがある。

 生まれた時から一緒に過ごしてきた友達あるとも。

 そして、師匠は魔王様のことも幼馴染と言った。ならきっと他の師匠たちもそうなのだろう。

 でも僕は魔王様を見たことない。やっぱりそれ(立場)が理由なのかな……


 などと、考えていると、


「ちなみに言っておくがウォーレン、こいつはお前より強いぞ」


「……えっ!? ちょ、ちょっと、師匠……」


 とんでもない発言をする師匠。

 突然のことで、瞬時に反応できずにいたが、とりあえず否定しようと思ったけれど、


「いいか出来損ない、城内の秩序を少しでも乱してみろ。そのときは俺がお前を食い殺してやる!」


 後ろから聞こえた狼特有の低いうなり声にここは早く去ったほうがいいと判断する。


「は、はい……」


 言われるまでもなく、僕が乱すようなことはしない自信がある。

 しかし、師匠たちに対しては祈るしか方法がなかった。


幕間


「へえ、そんなことがあったんだ」


「「へえ」じゃないですよ。「へえ」じゃ!」


 魔王城に入った後、白虎師匠の命令でとある部屋にむかった僕は、他の師匠と会っていた。


「とにかく、お願いしますから、騒ぎだけは起こさないでください。

 本当に怖かったんですよ?」


「ご、ごめんなさい……」


「いや、玄武師匠には言ってなくてですね……」


 4人の中で一番問題なさそうな玄武師匠に謝られて、勢いがそがれる。

 僕のほうが弟子の立場なんだからやめてほしいと以前に言ったことがあるが、本人曰くついしてしまうらしく、止めようがなかった。


「大丈夫よ。ウォーレンは確かに魔物の中でも強いほうだけど、そう簡単に負けるほどあんたをやわに鍛えてないわ!」


 玄武師匠とは対称的に4人の中で一番問題ありそうな青龍師匠が親指を立てる。

 だが僕としては、問題が起きた後の大丈夫より、問題を起こさないことの大丈夫が聞きたいと思ったのは贅沢なのだろうか。


「……僕はいったい何をすればいいんですか? 朱雀師匠は魔王様に会うっていってましたけど」


 こうなったらもう厄介事を早く終わらせるが僕が無事に明日を迎えるための最善手だ。

 幸いにも、魔王様は師匠たちの知り合いみたいだし、無茶難題をふっかけられることはな……ないといいなあ。


「それは私からお話ししましょう」


 見計らったようなタイミングで部屋に入ってきた朱雀師匠。

 その後ろに白虎師匠が入って来たってことは、おそらく白虎師匠が呼びに行ったのだろう。


「魔王様は今、とても重要かつ大変なお仕事を抱えています。あなたにはその仕事を手伝ってほしいのです」


「……その仕事というのは、戦いが含まれますか?」


「いいえ、もしかしたら避けられないこともあるかもしれませんが、主目的は戦闘ではないですよ。それはあなたがすることではないですからね」


 予想以上に真面目そうな仕事で少し安心する。

 仕事の中身はわからないが、どうやら僕のも、誰かのも命の危機になるようなものではないみたいだ。


「……まだ戦いは嫌いですか?」


「嫌い、っていうわけじゃないんですけど……怖いんです。あの日倒れていたのは僕かもしれませんから」


 今でもたまに夢に見る。

 息が絶え、地面に伏した僕とそれを見つめる彼。

 本当はそうなるのが正しかったのかもしれない光景を。


「朱雀、そろそろ時間だ。早くしないと時間切れになる」


 外に出るように促す白虎師匠。なぜか少し焦っているようにみえた。


「そうですね。ではニトロ、私たちについてきてください。魔王様のところまで案内します」


 朱雀師匠を先頭に師匠たちが前を歩き、その後ろを僕が続く。

 僕にとってはいつもの光景だった師匠たちの後ろ姿がこのときが最後になるなんて、そのときの僕にはわかるはずがなかった。


幕間


「魔王様、私です。入りますよ」


 朱雀師匠が一声いれ、とうとう魔王のいるところに足を踏み入れる。

 魔王様といえば、大きい広間の奥に椅子に座っているイメージだったけれど、連れてこられたのは意外にも執務室ぐらいの小部屋だった。


「魔王様、本日の調子はどうですか?」


「まあまあじゃな。悪くはないぞ」


 魔王様は座っているのか、僕の位置からだと師匠たちが壁になっていて姿が見えない。

 だが、声が聞こえたということは、たしかにいるようだ。


「こちらにいるのが弟子のニトロです。ニトロ挨拶を」


 魔王様との初対面。

 促されて、師匠たちの後ろから一歩前に出る。


 師匠たちのような人型とはいかなくても、仕事をする上で顔色をうかがえるような方であることを期待していた僕だったけれど、


「は、初めまして魔王様。僕はニトロといいます。師匠たちにはいつもお世話に……え?」


 目の前にいたのは宙に浮かぶ小さなゆりかごと、


「に、人形……いや、赤ちゃん……!?」


 まだ自分の足でも歩けないような年頃の赤ん坊だった。


「し、師匠……朱雀師匠……この人、いやこの子は……?」


「説明した通り、そちらにいらっしゃる方こそ魔王様です」


 何かの間違い、もしくは魔王様が揺りかごに隠れているという勘違いしているのかもと思って改めてよく見たけれど、やはり目の前には宙に浮いた揺りかごとその中から人形のような、良く言えば整った、悪く言うなら無機質な表情で見てくる赤ん坊しかいない。


「間抜けな顔してるけど、信じられない?」


「信じるも何も、こんな子が魔王様なわけ……」


「本当だ。残念ながらな」


「白虎師匠……」


 青龍師匠ならともかく、朱雀師匠、白虎師匠が嘘をつくとは思えないが、それでもやはり僕にまだしゃべることもままならそうな赤ん坊が魔王様だなんて信じられない。


「驚いたと思うけど、本当なの。さっきニトロ君も魔王ちゃんの声を聞いたでしょ」


 たしかに、さきほど聞こえた声は師匠たちの声でもなく、他に誰もいないなら、声の主は目の前の赤ん坊ということになる。

 ……個人的には、玄武師匠が魔王様にちゃん付けで呼んだことも驚いたけれど、それはどうでもいいことだろう。


「魔王ちゃん、ニトロ君にしゃべってあげて。そうすれば信じてくれるから」


 そう玄武師匠が言ったので、言葉が発せられるのを待ちながら改めて赤ん坊を観察する。

 たしかに赤ん坊にしては髪が長く、ただの赤ん坊とは思えないほど様子が落ち着いている。今は口を閉じていて見えないけど、もしかしたら歯の1本や2本生えていてもおかしくはなさそうだ。

 だけど、やっぱり言葉を理解して使うには幼すぎるのではないか、そう僕が思ったときに


「くふふふ、かはははははは」


 目の前の赤ん坊は、口の上下ともにきれいに生えそろった歯を見られる程度の口を開け、しっかりと笑い始めた。


「かはははは……ニトロといったな?」


「は、はい!」


 赤ん坊の口からおもむろに、しかしはっきりとした口調で言葉が出る。それと同時に僕はいやな汗を感じた。


「先ほど、我輩を見て『こんな子が魔王様なわけがない』と言おうとしておったな……どうじゃ、我が魔力をもっても不服というか?」


 今さら悪気がなかったでは通じないだろう。

 明らかに起こった様子の赤ん坊から発せられた魔力は、今まで感じたことのないほど強力さを見せつけ、僕の体を芯から震えさせる。


「どうした、後ろになんか下がって。もっと近くに来てもいいのじゃぞ?」


「そ、それは……」


 赤ん坊いや、魔王様を乗せたゆりかごが近づいてくる。

 僕はそれを逃げられないとわかっていつつも、それ以外の行動が封じられたようにじわじわ下がっていくように足だけが勝手に動いていた。

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