其の十七 イタズラ妖精との再会
場は落ち着き、建物一階の中央。
丸テーブルを、ハカセを含む四人で囲んで座っている。
周囲は入口と階段の所以外は本棚で敷き詰められており、本に囲まれているという表現がうってつけであった。床はたくさんの資料やゴミで散らかっていて、まさしく杜撰な研究者という感じである。
その異様な光景の中。一輪の美しいチューリップが植木鉢に飾られていることが、また異色だった。
ハカセは体の煤をタオルでふき取りながらも、未だ怯えながらナニワ達を見つめている。少し遠い距離で座り、体も縮こまっていた。
細身の体にローブ。大きなトンボ眼鏡を掛けている。牛乳瓶の底のような分厚いレンズで、少しゆがんだ形。端正な顔立ちがうかがえたが、その怯えた様子と格好ではあまり様にならなかった。
「お願いですから、そんなに怖がらないでください。アタシ達は何もしませんよ」
デカチョーがそう言うが、彼の態度は変わらない。
「き、君たち。誰だ? 何をしにきた……? ぼ、僕を殺しに来たのか……?」
「だから、なんでそうなんねん! ただ外から来たってだけで、臆病にも程があるやろ!」
臆病に定評があるナニワでさえヒいてしまう程だった。
見ると、やはり彼も陽菜を見て、怯えているような印象だった。
「ねえ。ヒナがなんか、怖がらせるようなことしたの?」
思わず、陽菜がそう聞くと、ハカセはやや憤りながら返す。
「怖がらせるようなことだって……? な、なにをとぼけているんだ……! あ、あんな酷いことをしておきながら……!!」
「? だから、何をしたっていうの?」
陽菜は首を傾げるばかり。その様子に、ハカセも疑問を感じたようで、
「? ほ、本当に覚えてないのか……? この村を二度も、滅茶苦茶に破壊していながら……?」
そう述べた。
「め、滅茶苦茶に破壊!? と、とんでもないよ! なんでそんなことになってんの!?」
「里のみんな、そう言っている……! も、もしかして、別人なのか……!?」
と、ハカセは陽菜の顔を覗き込む。じっと凝視してから、
「……! よくみると、違う顔かも………?」
と、つぶやいた。
「なんや。ただの人違いで、怖がられとったんか」
ナニワは呆れて肩をすくめる。
道行くエルフの人達が陽菜を怖がり、従順に従ったのもそういう理由だった。
「その、村を破壊した奴と、陽菜さんの顔が似てたということですか?」
とデカチョー。
「いや……同じ服を着ていたから、てっきりまた同じヤツかと……」
ハカセはすっかり安堵した様子で椅子に腰を下ろす。
「服て……顔で見分けつくやろ」
ナニワはつっこむものの、それは無理のないことだった。
欧米人が日本人の顔を見分けにくいように、他種族の外見の見分けは、やや難しいところがある。
同じ服(セーラー服)を着ていたということは同性であるということ。ますます区別がつきにくいというものである。
「ちゅうか陽菜ねーちゃん。ハカセと知り合いちゃうんかったんかい。そうでなかったら、イキナリ大砲ぶちかまされそうにはならんかったで!」
とナニワ。慣れ慣れしく呼ぶあたり、前から交流があったように思っていたのである。
陽菜はエヘヘと笑いながら
「初対面。噂で聞いただけだよ」
と言い放った。
「すまなかったね。勝手に勘違いして、怖い目に合わせてしまった……」
ハカセはすっかり落ち着きを取り戻し、深く頭を下げる。陽菜は慌てて、
「い、いやいや。怪我はなかったし、大丈夫だよ! それに私だって、みんなが怖がってるのをいいことに、この一か月好き放題やったし……」
と返す。それなりに反省しているようだった。
「それにしても、よくアタシ達が来ることが分かりましたね。ある程度の時間が無いと、大砲なんか用意できないと思うんですけど……」
とデカチョー。ハカセは、
「ああ。僕の相棒がね。事前に知らせてくれたんだよ。空を飛んでたら偶然見かけたらしくて」
「? 空を……?」
ナニワ達は首を傾げる。
「お~い! もう大丈夫だぞ! こっちにおいで!」
ハカセは上の階に向けてそう叫んだ。すると、小さな光が階段の方からゆっくりと降りてくるのが見えた。
いたずら妖精。ミルファがおそるおそると現れた。
「あああああ!! おまえええ!!」
ナニワは思わず立ち上がり叫ぶ。
「えへえへ……また会ったね」
ミルファは少し気まずそうに、そう返した。
「? なんだ。知り合いだったのか。それなら、なんでその事を言わなかったんだ。ミルファ」
ハカセが訊ねると、ミルファは「いや~」となんともはっきりしない言葉を発するのだった。
その対応に、ハカセは察して。
「……もしかして、また悪戯かい? あれだけ過剰に警戒させておいて、大砲まで使わせるなんて……冗談じゃすまされないぞ」
と、やや厳しい口調で言う。ミルファはシュンとしょげかえってしまった。
前もってナニワと交流があり、その危険性も低いことは分かっていたはず。それをハカセに伝えておけば、過剰に怖がられることも無かったように思える。
妖精気質のイタズラ心は、厄介極まりなかった。
「こら妖精! トロールに囲まれるわ、大砲向けられるは、おまえのせいで寿命が10年は縮んだで!」
「まあまあ。何も無かったことだし」
いきり立つナニワを、陽菜がなだめる。
そしてミルファは
「そうよそうよ。大砲だって、ワタシが部品をちょろまかしておいたから、砲弾も出なかったのよ!」
そうカミングアウトした。
それも、彼女の悪戯だった。
「み、ミルファ! じゃあ、僕はどうなっても良かったっていうのか!」
「別に別に、いいでしょ? どうせワタシがイタズラしなくても、勝手に失敗していたわよ」
「……全く、おまえというやつは………」
ハカセは頭を抱えながら、ミルファを指す。
「改めて紹介しよう。こいつは妖精のミルファ。僕の研究の手伝いをさせているんだ。……モノを壊したり、分解したりと、イタズラされることはままあるけどね」
未だ根に持って、ジロリと睨む。ミルファは悪びれなくアハハと笑うのだった。
「そして僕の名前はランド=ラフィン。みんなからは『ハカセ』って呼ばれてる」
「何の研究ですか?」
とデカチョー。
「全部さ。植物・動物・科学や歴史。とりあえず、興味のあることは何でも調べる。ミルファにはよく、森へいってもらって、その飼料を取ってきてもらったりしているんだ」
というハカセ。周りの本の多さがその研究量を物語っている。すべての知識を求めるという所は、飛羽場と共通するものがあった。
「ところで、何か僕に用があって来たんじゃないのかい?」
「あ。はい。実は………」
デカチョーは順を追って、これまでの経緯と目的を話し始めた。
※
「ふむ……つまり、その想具というものを持っていかないと、君たちの命に関わると。そういうことかい?」
「え、ええ……まあ……」
デカチョーは罰が悪そうに、目を背ける。ナニワが少し過剰ぎみに会話に挟んでいたため、そのような曲解になってしまった。
「君たちが何者なのかはよく分からないが、なにやら深刻そうだね。僕にできることがあれば、手伝おう」
「ありがとうございます。それでは……この里で一番の宝物、大事にしているモノなど、ありますか? あれば、譲って頂きたいんですが」
「宝物……ふむ……」
ハカセは顎に手を当て、しばらく考えるが、
「……いや、思い当たらないなぁ。なにせエルフ族は豊富な知識と知力だけが取り柄の種族で、モノをつくるのはあまり得意では無い。僕も挑戦しているのだが……どうにもうまくいかなくてね」
と、彼はボロボロに大破した大砲筒を指してそう言う。
つまり、原理や仕組みを考え付く知力があっても、それを形にする器用さに欠けるということである。
ドレス然り。馬車の装飾然り。ミルファの悪戯が無くても、大砲はどうせ失敗していたという言葉も、あながちウソでは無かった。
「それこそ、ドワーフ族の得意とするものだ。ドワーフの国ならば規模も大きいし、宝物と呼ばれるほどの価値あるモノはあると思うよ。手先が器用で、造形のスキルは高い。この里にも、粗末な絵画や昔の書物、金銀財宝などという宝物なら、あるけどね……」
「いえ、アタシ達が言うのは、そのような美術品のようなモノを指しているのではなく………心の糧というか、皆が惹かれるモノがあれば知りたいんです。それでいて、今まで見たことが無いような、不思議な物体のモノを」
現代世界の日用品の大半は、この世界では異物に違いないだろう。デカチョーはそう推測して言う。
「ふぅむ? いわゆるオーパーツのようなモノかな? 残念ながら、そういったものも、この里には無いな」
と、ハカセは断言する。ナニワ達はがっくりと肩を落とした。
「ここまで来て、無駄足やったっちゅうことか……」
「まあ、ドワーフの国にあるかもって事は分かったから、いいじゃないか。そこにジュウと飛羽場もいることだし」
「……でも、あの二人やで?」
三変人のうちの二人。問題児中の問題児。
ナニワとデカチョーは、彼らが協力してうまく事を進められるイメージが思い浮かばなかった。ちっとも。
「………分け方。間違えたかな」
デカチョーは思わず、ボソリとつぶやいた。
そこで
「! そうだそうだ! ハカセ! アレがあるよ!」
妖精ミルファが甲高い声を発する。
「アレ?……! そうか!」
ハカセは思い当たり「こっちに来てくれ」と三人を誘導し始めた。ナニワ達はとりあえずその後についていく。
家を出て裏の方へ回る。そこには、トンガリ屋根の小さな小屋があった。ハカセがその扉を開ける。
その中は物置のようだった。おそらくハカセが作ろうとしたモノの残骸だろう。何に使うかよくわからないような、はっきり言ってガラクタのようなものばかりだった。
「もしかしたら、この中にあるかもしれない」
と、ハカセは言う。
「あのねあのね。ここにはハカセの作ったガラクタの他にね、ワタシが森から拾ったものもたくさんあるの。要するに、研究に使えそうなモノなんだけど、もしかしたらこの中に、君たちの探し物があるかもしれないよ」
ミルファはそう言って、小屋の中を光って飛び回る。
「へえ……それがホンマの話なら、探す価値はあるかもな」
ナニワは訝しげな視線でミルファを睨む。
「今度は今度は、ホントだって~」
と、ミルファは苦笑いで返した。
「じゃあ、とにかく、この中を探してみようよ。何もしないよりはマシだし」
「一か月も何もせえへんかったヤツに言われとうないわ!」
陽菜の発言に対し、ナニワの厳しいツッコミが返ってきた。
かくして、彼ら三人は小屋の中を物色することにした。
※ ※
小屋から全てのモノを出してひとつひとつしらみつぶしに探す作業。その工程は二時間にも及んだ。
しかし、その中に想具らしきものはひとつも見つからなかった。
「ねえ~。疲れたよ~。今日はもうやめようよ~」
先立って言い出したくせに、陽菜はふてくされて文句を言う。
外はとっぷりと暗くなっている。昼から夜にいきなり変化した現象には彼らも驚いた。
このエルフの里にも時間という概念はあるようで、正確性に欠けるものの時計は存在していた。現在、ランドの家に飾られた時計は、午後10時を指している。
「そうやな……これ以上探しても無駄そうやし。今日はもう寝るか」
ナニワが大きなあくびをして言う。
彼らがこの世界に来てから、八時間が経過していた。午前八時に始まって、体感時間では午後四時頃。到底眠るような時間帯ではないが、長い道のりを歩いてきたこともあって、ナニワには大きな疲労があった。
ということで、外に出したモノを元通り物置小屋にしまい、彼らはその場を後にする。
そしてハカセ。ランドに挨拶をするその帰り際。
「ハカセさん。気になったことがあるんですが」
デカチョーは深刻そうな顔で言う。
「さっき言ってた……里を破壊した奴って、一体誰なんですか? アタシ達と同じ人間なんですよね?」
「……ああ。そうだよ。陽菜さんと同じ服を着ていて、手に不思議な武器を持っていた。光を帯びた板状のものを持っていて……恐ろしい武器だった」
ランドは震える声でそう言う。
「……まるで悪魔のような女だった」
思い出すのも辛そうに、顔をゆがめる。
動くもの全てを破壊し、焼きつくし、下卑た高笑いを上げる。老若男女関係なく傷つけた。燃え盛る炎の中、その悪魔は悠然と歩き、里中の全てを気が済むまで破壊する。
やがて、めぼしいものがなくなると、どこかへ消えていったが、生き残った村人の目には、その光景が焼き付いて離れないままだった。
そして復興が進み、元の形に戻りつつある頃に、彼女は再びやってきて、同じように残虐の限りを尽くした。
まるで、破壊を楽しむかのように。
デカチョーは眉間に皺をよせ、拳を固く握りしめる。
「……きっと、そいつもアタシ達と同じ目的だったと思う。だからって、そんなひどいことを……!!」
おそらくは、同じく想具を狙う挑戦者。
ランドの心情を察して、または彼女の信条が、彼女自身を突き動かす。
そして言い放つ。
「……アタシ、許せない。そいつは絶対、アタシ達が捕まえてやる!」
その言葉に、ランドとミルファは少し驚いた様子だった。ナニワと陽菜も同様だった。
「お、おいおいデカチョー! 俺も一緒かいな」
「当たり前だろ!」
両腕を腰に、あくまで強気な姿勢だった。
それこそ、彼女の正義だった。
「……どうやら君たちは、同じ種族でも、あの悪魔とは全く違うようだね」
ハカセは小さく微笑む。彼ら人間に対する恐怖心は、すでに消えていた。
「でも、無理しないでくれ。その気持ちだけで、十分だから」
彼は、そう言葉を紡ぐ。しかし、デカチョーの気持ちは変わらないままだった。
彼女の胸に熱い闘志が湧きあがっていた。
※
一同は、もとの村屋敷へと帰還。空き部屋をひとつ借りて、全員がそこで眠ることにした。
各々、本日二度目の風呂につかり、着替えて床に就く。
ふかふかのベッドの上。仰向けながら、今までのサバイバルな冒険に比べ、今回はやや恵まれているようにナニワは思った。
ふとんの中で、今日一日を振り返る。
体感時間にして約8時間。7時間眠るとして、目が覚めれば15時間というところ。
現実世界では3時間弱経過する計算になる。門限までに帰るには、活動時間はあと30時間程が限度というところだろう。
「……そういえば、結局、もう一人の女子高生って誰だったんだろうな」
ナニワの左のベッドに横たわるデカチョーが、誰ともなくそう言った。ドワーフの国で捕まっていたという人物の事である。
「そうやな……さっき言ったように、クイズのおっちゃんが追加で送ったもう一人の女子高生か、別の挑戦者か、もしくは…………紛れ込んでしもうた人かも……」
最後の言葉だけ、ナニワは少し気まずそうに言った。
デカチョーの兄。武町正義がまさしく、そうだったからだ。
「………」
デカチョーは、やや悲しげな表情で押し黙る。
そこで陽菜。
「もしかして、その子が例の『暴走少女』だったりして……この里を二度も襲ったっていう……」
ポツリと、つぶやく。
その子は、陽菜と同じ服を着ていたという。
つまり、同じ女子高生だということ。可能性はあった。
それに対し、ナニワは
「ま、まさかぁ……」
冷や汗を流す。動揺は隠せなかった。
「……とにかく明日、ドワーフの国に行ってジュウ達と合流しよう。例の縄跳びを使えば、辿りつける。実際にその人と会ってみれば分かるよ」
「せ、せやな。そこに想具があるかもしれんしな」
デカチョーの決意めいた言葉に対し、ナニワは弱々しくそう言った。
里を一度つぶしたという悪魔のような女子高生。なるべくならば出会いたくない。
「……ねえ。思ったんだけどさ」
「? なんや?」
改まったように陽菜。そして、肝心重大なことを口にする。
「想具見つかったら、私とあなた達、どっちのモノになるの?」
「あ………」
全く考えていなかった。
その後。彼らは喧々諤々とした議論を、一時間に渡って行うことになってしまった。
※ ※
結局、最終的には、最初に想具に触れた人のモノにするということになった。
「そうなったら、負けないからね! なんのためにここまで来たのか、分からなくなるもん! アルバイト代10万円は絶対ゲットする!」
口論の末。陽菜はそう息巻いた。
「……奇遇やな。そっちも10万円なんか……」
と、ナニワがぼそりとつぶやいた。
片や10万円稼ぐため。片や10万円から逃れるため。大きな違いである。
「10万円でどうするんですか?」
と、デカチョーが訊くと。
「そんなの、遊ぶ金に決まってんじゃーん♪」
軽々に、陽菜はそう答えた。
「「………………」」
やがて疲れ果てて、彼らはやっと寝床についた。
明日はドワーフの国。例の悪魔のような少女に畏怖しながらも、その国の情景を想像し、胸が躍るのをナニワは感じた。
瞼を閉じて、眠る。
願わくば、その少女に出会わないように。そして、ジュウと無事に再会できるように祈りながら。
しかし、無情にも。
最悪の想像が、現実に訪れた。